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オペラ「ルチア」演出 ジャン=ルイ・グリンダ インタビュー

新国立劇場で15年ぶりに上演する、ベルカント・オペラの傑作、ドニゼッティの『ルチア』。

新たなプロダクションの演出を担うのは、モンテカルロ歌劇場総監督のジャン=ルイ・グリンダだ。クラシカルなスタイルの中に新たな解釈のエッセンスを織り込むというグリンダの演出で、どのような『ルチア』の世界があらわれるか。

美術家リュディ・サブーンギにも同席いただき、演出プランについてうかがった。

<ジ・アトレ16年10月号より>


音楽とストーリーには忠実で、モダンな視点を組み込む
それが私たちの演出スタイル


ジャン=ルイ・グリンダ

――待望のベルカント・オペラの新制作ということで大きな注目を集めている『ルチア』ですが、グリンダさんが総監督を務めるモンテカルロ歌劇場との共同制作とのことですね。

グリンダ(以下G もともとは共同制作ではなかったのですよ。新国立劇場から『ルチア』の演出の依頼をいただき、新国立劇場のためのプロダクションの制作を進めていました。その結果、とても美しく興味深い演出になったので、こんなに素晴らしい舞台を東京でしか上演しないのはもったいない、モンテカルロで上演できないだろうか、と考えたのです。モンテカルロ歌劇場と新国立劇場ではステージの大きさもほとんど変わりませんので。そして、新国立劇場で初演したあと、2019年11月、モナコの建国記念日にモンテカルロでも上演することになりました。モンテカルロ歌劇場には三つの劇場がありまして、年間を通じてオペラを上演する劇場〝ガルニエ〞、コンサート専用の小劇場〝オーディトリアム〞、そして座席数約2000の大劇場〝グリマルディフォーラム〞があります。グリマルディフォーラムは毎年、建国記念日の11月に大規模な舞台を上演するときだけに使われる劇場でして、そこで『ルチア』を上演します。記念日にふさわしい素晴らしいプロダクションになることでしょう。

 モナコと日本がオペラを共同制作するのは、おそらく今回初めてだと思います。とても意義深いことです。私にとってもリュディ(・サブーンギ)にとっても『ルチア』を手掛けるのは今回初めてで、かつ、初めての新国立劇場で上演できることを、私たちはとても誇らしく思っています。

――さっそくですが、どのような演出になりますか。

G 『ルチア』を演出するにあたって最も大事なのは時代設定です。ウォルター・スコットの原作は、17世紀に起こった事件を18世紀初頭の出来事と設定して、19世紀に書かれました。そしてドニゼッティは1835年にオペラにしました。1830〜40年のヨーロッパではロマンティシズムが流行り、芸術が上手く融合している時代でもありました。そこで我々はロマン派の時代設定で『ルチア』を描こうと思います。

サブーンギ(以下S 新国立劇場からは「あまり読み替えのない、クラシカルなスタイルの舞台を」というリクエストがありましたが、その希望をいただいたとき私たちの構想はすでに固まっていて、舞台模型もできあがっていたんですよ。幸い、新国立劇場の希望と私たちの構想はぴったり合っていたので、とても安心しました。

G 偶然にも、私たちがやりたい『ルチア』が日本のお客様の好みと合致していたのです。私たちが常に心掛けていることは、音楽とストーリーに忠実でいながら、その中に私たちのオリジナルな視点を入れることです。一見クラシカルな舞台に見えるけれど、中を開けてみると、新しい解釈のエッセンスが織り込まれている、というのが私たちのやり方です。

S 仮に今回、日本でなくドイツの劇場から『ルチア』のオファーを受けたとしても、私たちは同じ提案をしたことでしょう。私たちの仕事のやり方、視点の持ち方は、「クラシカルな窓を通して、近代的な新しい視点で景色を見る」といえばわかりやすいでしょうか。

G どの作品でもクラシカルなスタイルを基本に、でもその中にモダンな視点を組み込みながら、自分たちの演出を作り上げていきます。私は、新しい自分の視点を、驚かせるような乱暴な形で見せることはしません。繊細にさりげなく見せるように心掛けます。今回も詩的な部分とドラマティックな部分に私の視点を加味しようと思います。


キーワードは
「海」と「ルチアの脳裏」

セットプランより

――今回の『ルチア』では、どんな〝視点〞を見せてくださるのでしょうか。

G ルチアの脳裏で起きていることをお客様に伝える、これが今回のプロダクションの鍵です。ルチアの頭の中の世界に入っていくイメージの演出が実現できればと思っています。たとえば、ルチアの最大の聴かせどころの「狂乱の場」。アリアが12分も続くこの場面は、静止したままでソプラノに歌わせておしまい、という演出が多いんです。けれども今回は、アリアの歌詞にある、彼女の幻想と回想のシーンを舞台上に登場させようと思います。『ルチア』を観終わったあと、お客様の心に最も印象に残るシーンが、「狂乱の場」のルチアの〝歌〞ではなく、ルチアが作り上げた〝世界観〞になるような演出に、と考えています。

――「狂乱の場」は『ルチア』の一番の聴きどころで、当然ながら歌に注目がいくと思いますが、それだけではない舞台になさるのですね。興味深いです。

G ええ、とてもインパクトのある、ミステリアスな世界を出現させたいと思います。

 また、作品全体として〝海〞が今回の舞台のひとつのポイントになると思います。ほかの『ルチア』のプロダクションで海が登場することはほとんどありませんが、『ルチア』がスコットランドの海岸で繰り広げられるストーリーであることに着目すると、海はとても重要な要素であると考えています。

S 今回の舞台装置には、木や滝など、自然のアイテムを散りばめています。〝ルチアの島〞ともいえる岩場があり、これをどの角度からも見ていただけるような演出にします。幕開きの自然あふれる場面から、最後の墓地まで、すべて同じ自然をテーマにした舞台装置のなかで繰り広げる予定です。また、自然とは正反対のイメージで、城の中の場面は物々しい雰囲気に作りました。

――ルチアを歌うオルガ・ペレチャッコさんと一緒に仕事したことがありますか?

G あります。2015年2月にローザンヌの『椿姫』で一緒に仕事をしました。ペレチャッコさんにとって初めての『椿姫』というとても大事な舞台でしたが、私たちの演出にとても快く応じてくれました。彼女が素晴らしいのは、歌だけでなく、演技も本当に熱心に研究してくれるところ。歌と演技が融合した、素晴らしいヴィオレッタでした。彼女は、最初は「やりたくない」と言っていた演技すら、稽古を重ねてお互いに信頼関係を築くうちに、結果的に受け入れてくれたんですよ。ペレチャッコさんは素晴らしい歌手ですから、お客様にはぜひ期待していただきたいです。今回は、彼女に限らず、一流の歌手が集まってくださり、とても感謝しています。

S 『ルチア』は、ペレチャッコさんの方から、ぜひ彼の演出で歌いたいという申し出があったと聞いています。ですから、今回の演出にも積極的に協力してくれることでしょう。


オリジナル通りの上演は
演出家にとってうれしいこと

セットプランより

――「狂乱の場」は、ドニゼッティが作曲した通り、グラスハーモニカを使って演奏するそうですね。

G そうなんです。演出家としては、やはりオリジナルの楽器であるグラスハーモニカでやりたかったので、マエストロもぜひグラスハーモニカで、とおっしゃっていただけてよかったです。ドニゼッティは「狂乱の場」に、通常の楽器ではない、なにか違う色を入れたかったんでしょうね。そして、グラスハーモニカを取り入れ、アリアに新しい色を付けました。グラスハーモニカは特別な音ですから、この場面には欠かせないと思っています。

――慣例でカットされることの多い第2部第2幕最初の、塔の中でのエドガルドとエンリーコの場面を今回は上演するそうですね。

G オリジナルのままに上演できることは本当にうれしいです。そもそも、この場面をカットすることは間違いだと思います。『ルチア』のストーリーを理解する上で絶対に欠かせないシーンですから。この場面があることで、第2部第1幕終わりのコンチェルタートの壮大な場面と、第2部第2幕の「狂乱の場」の間でひと呼吸置くことができますし、結末までの物語の流れとバランスがよくなります。マエストロがぜひやりたいとおっしゃったことはうれしい驚きでしたし、テノール自身が「歌いたい」と言ってくれたことも非常に幸運でした。ここはとても難しい歌なので、テノールが嫌がることが多いんですよ。

――自ら歌うと言ったエドガルド役のイスマエル・ジョルディに大いに期待したいです。ところで、衣裳はどのようになりますか。

G 1840年代のフランスのロマン主義のものにします。ルネサンス時代のスコットランドのキルトによる〝これぞルチア〞という衣裳にはしたくありませんでした。もちろん舞台設定としてはキルトは正しいのですが、視覚的につまらないと思いましたので。キルトよりももっとパワーがあって、シルエットのラインも美しいロマン主義の時代の衣裳にします。

――舞台模型や衣裳スケッチもとても美しくて、3月が待ち遠しいです。本日はどうもありがとうございました。



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