オペラ「ファルスタッフ」タイトルロール ゲオルグ・ガグニーゼ インタビュー

ヴェルディ最後のオペラ『ファルスタッフ』のタイトルロールを務めるのは、ドラマティック・バリトンとして世界の名歌劇場で活躍する、ゲオルグ・ガグニーゼ。
ガグニーゼにとって今回の『ファルスタッフ』は、新国立劇場デビューでありファルスタッフ役デビューとなる。
大役ファルスタッフに挑む現在の心境、そしてバリトン歌手の極意についてうかがった。



<下記インタビューはジ・アトレ7月号掲載>  

ヴェルディのバリトン役は「歌う役者」であることが不可欠です

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     ゲオルグ・ガグニーゼ

─ガグニーゼさんは、2013年にミラノ・スカラ座日本公演でリゴレットを歌い、日本のオペラ・ファンのあいだで大きな話題となりました。あれが初めての来日だったのでしょうか?

ガクニーゼ(以下G) いいえ、初来日は2007年です。マエストロ・マゼールが指揮するトスカニーニ交響楽団とともに札幌、横浜、東京で『椿姫』のジェルモン役を演奏会形式で歌いました。このときヴィオレッタを歌ったのは、自分にとって大きな転機となった2005年の「ヴェルディの声」コンクールで第二位になった日本人歌手(編集部注: 木下美穂子さん)でした。日本のお客様は音楽をとても良く勉強してから聴きにいらしているようで、本当に驚きました。遠い東洋の国という漠然としたイメージしかなかったので、これほど西洋音楽が根付いているとは思ってもみませんでした。反応もとても良く、気持ちよく歌うことができました。どんな環境でもベストを尽くすのがプロですが、歌手も生身の人間ですから、客席の雰囲気が良いと調子も俄然上がるものです。

─2005年の「ヴェルディの声」コンクールでガグニーゼさんは優勝したのですね。そのとき審査員にホセ・カレーラスさんがいたそうですが、彼からどのような評価を得ましたか?

G 「君は正真正銘のヴェルディ歌手だ」と言われました。その後、マゼール氏にも「イタリアの往年の名歌手を彷彿させる声」と褒めていただき、育てていただきました。

─ジョージア(旧国名:グルジア)のご出身ですが、オペラ歌手になったきっかけは?

G 民謡の合唱がとても盛んな国で、父もアマチュアの合唱団で歌っていました。技術者で専門学校の校長だった歌好きの父の影響があったのかもしれません。しかし、母は化学の先生だったので、私も自然と理系の道を歩み、自動車修理工になる勉強をしていたので、歌手になろうなんて全く考えていませんでした。でも歌は好きで、趣味で友人とよく歌っていましたよ。そんな仲間の一人に偶然紹介されたトビリシ音楽院のオリンピ・ケラシュヴィリ先生に見初められたのが、音楽の道に進んだきっかけです。でもすでに17歳になっていて音楽教育は全く受けていなかったので、正直、先生の言葉を信じていいものか半信半疑でした。楽譜もロクに読めなかったのですからね(笑)。ただ、ちょうどその頃、パヴァロッティが歌うネモリーノをテレビで観てオペラに魅了されていたので、「とにかくやってみるか」と大急ぎでソルフェージュやピアノを勉強して、21歳でトビリシ音楽院に入りました。ケラシュヴィリ先生は、名バス歌手パータ・ブルチュラーゼを育てた名教師で、私は4年間師事しました。

─デビューはどのような形で?

G これも偶然が重なったというか。大学三年のときにトビリシの国立歌劇場から出演依頼を受けて、『トスカ』のアンジェロッティ役でデビューしました。歌劇場の指揮者が私の声を大学で偶然聴いて、声をかけてくれたのです。それが好評で、引き続き『椿姫』のジェルモン役も頼まれ、その流れで端役から大役まで歌わせてもらえるようになりました。もともと人並み以上に声量があって音域も広く、まだ学生だったからギャラも安くて済むし、便利だったのかもしれません(笑)。でもおかげでレパートリーを実践的に学ぶことができました。育ててくれた故郷の劇場と指揮者にはとても感謝しています。

─リゴレット、スカルピア、道化師、シモン・ボッカネグラなどを得意とするガグニーゼさんですが、バリトンとは「歌う役者」だと語っていたことがありますね。ご自身の役へのアプローチの仕方とは?

G 歌手を目指す前に趣味で演劇をやっていたことがあるので、個性的な役柄の多いバリトン歌手になった今、舞台上での動き方、役の解釈、表現方法など劇団で学んだことが大いに役立っています。テノールやソプラノは高い声だけで人の印象に残りやすいものですが、低い声は「歌う役者」でないと駄目だというのが私の信条です。テノールは高音を成功させて拍手喝采されるけれど、バリトンが低音を成功させて拍手を浴びることはないでしょう? 声量だけでは、あの輝くハイC音には太刀打ちできませんからね!(笑) 特にヴェルディのバリトン役には不可欠な要素で、ティート・ゴッビのような歌手が理想です。


ファルスタッフは運命に必死に逆らおうとしている男
リゴレットと共通点があります

─12月、『ファルスタッフ』で新国立劇場に初登場されますが、ファルスタッフは初役だそうですね。

G はい。難しい役です。まだ時期尚早な気もするのですが、いつも練習をみてくれているコレペティトゥールの先生に「そろそろ挑戦しても良いのでは」と常々言われていたので、新国立劇場からオファーをいただいたときは嬉しかったです。今、少しずつ自分の中でファルスタッフ像を形成しているところです。

─あなたの代表的な役であるリゴレットは、道化師でありながら、その内面は屈折し、苦悩と激しい憎悪の感情を持っている人物です。そんなリゴレットとファルスタッフは、対照的に感じます。

G 全く異なるタイプの人物ですが、自分の行動の正当性を信じきっているという共通点があり、どちらも置かれている状況を受け入れようとせず、運命に必死に逆らおうとしています。ファルスタッフは自分を男として魅力的だと信じているし、高齢なリゴレットも、いつ道化としてお役御免になっても不思議はないのに、「笑い」を「憎悪」に変えて必死に公爵の気を引こうとしている。どちらも哀しい人物です。『ファルスタッフ』は「喜劇」ですが、当人は自分を滑稽な人間だとは全く思っておらず、大真面目です。そこにある「笑い」はロッシーニのオペラ・ブッファとは本質的に違う、哀しい「笑い」です。

─『ファルスタッフ』は、アリアにあふれるイタリア・オペラの伝統とは一線を画したアンサンブル・オペラだと思います。ヴェルディはなぜこのようなスタイルで作曲したのだと思いますか? 

G 老いてもなお、新しい作風を生み出せる力があることを証明してみせたかったのでしょう。それまでの彼の作品とは違い、特定の歌手をイメージして書いたのではないので、ソリストを際立たせる派手なアリアはないけれど、歌詞を語るように歌わせながら物語のリアリズムを浮かび上がらせていきます。のちのヴェリズモ・オペラの時代を先取りしている斬新な作品です。

─最後に、あなたのファルスタッフを待望する日本のオペラ・ファンにメッセージを。

G 『アイーダ』のアモナズロ役を初めて歌ったのもメトロポリタン歌劇場でしたし、重要な初役をいきなり大劇場で歌うことはこれまでにも多々あったのですが、正直、今回の『ファルスタッフ』は若干緊張しています(苦笑)。自分ならではのファルスタッフ像をしっかり創って、共演者や指揮者とのアンサンブルでさらに練り上げていきますので、楽しみにしていてください!

 

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