ノルウェー

ナショナル・シアター(国立劇場)を中心に、世界各国の劇場の概要をシリーズでお届けします。第1回は、イプセンを生んだ国、ノルウェーです。

国家建設にも重要な役割を果たした国立劇場

現在、ノルウェーにはどういう種類の国立劇場があるのか。この問いへの答えは、“国立”という言葉をどう定義するかで変わってくる。ノルウェーには国や地域が運営する19の劇場機関に加え、私営の劇場や独立の劇団も数多く存在し、文化全般、とりわけ舞台芸術に大きな影響を及ぼしている。これら多数の劇場のうち名称、所有者、資金提供元、ミッションなどの点から国立だと考えられるものは、オスロにあるナショナル・シアター(Nationaltheatret)、同じくオスロのノルウェー・シアター(Det Norske Teatret)、南西部沿岸の港湾都市にして文化都市のベルゲンにある国民舞台(Den Nasjonale Scene)、北部のカラショークにあるサーミ・ナショナル・シアター(Beivvas Sami Theatre)、そしてノルウェー・ツアー・シアター(=リクス<移動劇団>、Riksteatret)の5つだ。

このうちノルウェーを代表する傑出した劇場と見なされているのが、1899年に設立されたオスロのナショナル・シアターだ。ただしベルゲンの国民舞台の方が歴史は古く、1876年の劇場設立後、1905年にノルウェーがスウェーデンから独立するに先立って運動の旗印のような役割を果たすなど、国家建設においても重要な役割を果たした。今も国民舞台では連日演劇が上演されている。ほかのノルウェー・シアターは1912年、ノルウェー・ツアー・シアターは1968年、そしてサーミ・ナショナル・シアターは1981年の設立。ノルウェー・シアターはノルウェー語の確立・発展を企図して、またサーミ・ナショナル・シアターは北部の先住民サーミ民族のニーズに応えるために開設されている。

オスロのナショナル・シアターは、ノルウェーが主権国家としての独立を目指して苦闘していたころ、民間投資家たちによって設立されたが、現在は文化省の直轄となり資金提供を受けている。この劇場には舞台が5カ所あり、うちの3つはオスロ中心部の建物に、ほかの2つはオスロの東にあるトルショヴという街の別館にある。同シアターは専属の劇団を有し、レパートリー作品の公演を常時行うレパートリー劇場で、世界で知られる古典作品から国際演劇シーンでも最先端の現代作品まで多様な作品を上演。特にトルショヴの舞台(Torshovteatret)は、役者が活動の枠を広げ、新しい芸術形態を生み出す実験的な作品を取り上げるステージとして認められている。また、ノルウェーを代表する劇作家であるヘンリック・イプセンの作品は、1899年の劇場開場以来もちろんレパートリーに入っており、こけら落としの夜にはイプセン自身も臨席のうえ、彼の作品である“Sigurd Jorsalfar”(『十字軍王シーグル』)の公演が行われた。そしてこのナショナル・シアターでは1990年以来、彼の名前を冠した演劇フェスティバル、国際イプセン・フェスティバル(International Ibsen Festival)を隔年ごとに実施している。

次代へつなげる国際イプセン・フェスティバル

国際イプセン・フェスティバルは、世界各国の劇団によるイプセン作品の上演にとどまらず、シンポジウムや学術会議、さらにイプセンにまつわるコンサートや展示会といった関連イベントも行われるなど、世界でも類のない催しとなっている。なかでも重要なものの一つが、1996年以来シェーエン市(イプセンの生誕地、オスロから約100キロ)との協力で開催され、全ノルウェー国の高校生がイプセンに刺激を受けた作品を上演するイプセン・リレー・レース。各地で参加者を募り、準決勝がシェーエンで、そして決勝に残った作品がオスロのナショナル・シアターで上演される。

常に多数の観衆を集め、国内はもちろん海外メディアでも盛んに報道されるこのイベントは、ナショナル・シアターの芸術的な特徴を明らかにする重要な機会にもなっている。同シアターは20年以上、11回にわたる開催を通じてイプセン作品を世に問うことでヨーロッパの演劇の歴史にしっかりと根を下ろした存在となるとともに、イプセンに学ぶことで現代演劇の側面を発展させてきた。またイベントの性格としては、ノルウェーの演劇愛好家との継続的な対話により現代社会に密着した方向性を目指している。これは国立劇場として必須の動きであろう。

国際イプセン・フェスティバルでは、この20年間、世界各国からの多様な演出によるイプセン作品が上演されてきた。その経験を通じて実証されたのは、イプセンの伝統を守りながら現代そして未来の新たな演劇を開拓するには、演出家の存在がいかに重要であるかということだ。ノルウェーの劇場で今後イプセン作品がどのような発展を遂げていくかは予測できないが、ここ数年はフェスティバルの影響もあり、演出家と役者の間に新たな開放性と創造的なやり取りが育ちつつあることは間違いない。創造的で優れた演出家の存在が、優れた演技と同様に重要であることは広く認識されている。そして演出家と役者、またデザイナーや音楽家、文芸顧問、さらに当然のことながら観衆との間のやり取りも同じく重要であるというのも周知のことだ。こうしたインタラクションがあってこそ、魂を目覚めさせるような新たな舞台芸術が生まれる。この法則はイプセンの作品にも当てはまるものだ。

バー・クレメトセン[ノルウェー・ナショナル・シアター フェスティバル・ディレクター]

<2010.9.17発行『へッダ・ガーブレル』公演プログラムより>