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2011年3月1日

新国立劇場オペラ研修所Web特集 『「外套」「ジャンニ・スキッキ」に向けて』
〜第4回 演出家デイヴィッド・エドワーズ氏に聞く〜

この2作品は、「修道女アンジェリカ」と合わせて、「三部作」として作曲されたもので、ご存じのとおり、プッチーニ自身が完成させた最後の作品です。私は、この「三部作」を、プッチーニの最高傑作だと思っています。楽譜を丹念に読むと、プッチーニの姿勢が、それまでの彼の作品に対するものとは明らかに異なるのを感じます。

デイヴィッド・エドワーズ「三部作」が作曲されたのは1910年代の半ばですが、この時代、ヨーロッパには大きな変化が起こっていました。社会的には第一次世界大戦がおこり、ロシア革命がありました。文化的にも、美術においてはフォーヴィズムやキュビズムが提唱され、いわゆる現代美術が生まれ始めた時期でした。音楽でいえば、シェーンベルクやストラヴィンスキーがその新しい手法で活躍を始めた時期に当たります。 ストラヴィンスキーの「春の祭典」が、1913年のパリでの初演時にスキャンダルを巻き起こしましたが、プッチーニはまさにその時、パリに滞在していました。プッチーニは、その人生の後半に、このような社会的にも文化的にも激動の時代を生きていたわけです。

プッチーニは、今となってはいわゆる現代音楽の作曲家に分類されることはありませんが、この時代の大変化に大きな影響を受けたはずです。プッチーニは「三部作」の創造において、この新しい時代に、いわゆる「伝統的なオペラ」とは決別した、かつプッチーニならではの、新しいスタイルの作品を生み出そうとしたと感じます。「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」以降スランプに陥っていたのも、「トゥーランドット」の作曲に苦労を重ね、ついに完成することができなかったのも、この「新しいオペラ」を作ろうとしながらも、それがさまざまな理由で許されなかったことが一因と思います。その意味で、「三部作」は、プッチーニが求めた境地が具現化した、プッチーニの最高傑作だと思うのです。

この「三部作」にはいわゆる「独立したアリア」というものがほとんど見られません。例外は「ジャンニ・スキッキ」のラウレッタのアリア「私のお父さん」くらいでしょうか。それ以外の独唱はほぼすべて、「独白」の形を取っています。音楽は濃密なドラマを表すことに奉仕し、旋律自体を聴かせるような、ロマンチックな甘さは廃されています。その分劇性は強められ、緊張感に満ちています。楽譜を読めば読むほど、「プッチーニが本当に書きたかった音楽は、このような音楽だったのではないか」と感じます。彼が描きたかったのは、「ラ・ボエーム」「トスカ」ではなく、このような作品だったのではないかと。

ワーグナーの影響も強く表れています。それぞれの人物のテーマが折り重なって、絡み合い、タペストリーを作り上げて、ドラマを描いています。面白いことに「トリスタンとイゾルデ」から引用した和音進行が各所に見られます。音楽史において「トリスタンとイゾルデ」は重要な転換点とされる作品ですが、プッチーニもこの「三部作」を、そのような作品にしたかったのではないでしょうか。

このプッチーニの「三部作」は、イタリア語では「Trittico」と呼ばれています。これは、キリスト教絵画でみられる、三幅対とよばれる三枚連なった形の絵を指します。三面鏡と言い換えても良いかもしれません。その三面の両端の面が「外套」と「ジャンニ・スキッキ」というわけです。この2作品は非常に対照的な内容ですが、それぞれ、お互いを映しあう存在です。「外套」は終始暗く、抑圧され、貧しい人々を描きます。「ジャンニ・スキッキ」は、明るく、強欲で、自己主張の強い人々を描きます。対照的ながらもコインの裏表のような、関連するイメージを具現化したいと思っています。

新国立劇場の研修生は、非常に優秀な若い歌手がそろっています。彼らの先輩たちは、すでに海外で活躍をしている人も、新国立劇場の大舞台に立っている人もいます。今回、この「外套」「ジャンニ・スキッキ」に出演する若い歌手の中にも、数年先には先輩に続き、すばらしいキャリアを築く人もいるでしょう。そんな彼らの今を、ぜひご覧ください。

デイヴィッド・エドワーズ

 

デイヴィッド・エドワーズ
ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学で古典文学を学ぶ。卒業後、英国ロイヤル・オペラに演出スタッフとして在籍し、ゲッツ・フリードリヒ、エライジャ・モシンスキー、ジョナサン・ミラーなど著名な演出家とのコラボレーションで腕を磨く。同歌劇場では主に再演演出と英国外への引越し公演を担当し、97年に独立。以来フリーの演出家として国際的に活躍。新国立劇場オペラ研修所では02年3月公演モーツァルト『魔笛』、07年3月公演ブリテン『アルバート・ヘリング』、10年3月公演ヴェルディ『ファルスタッフ』で大好評を博す。最近演出した公演にサンフランシスコ・オペラ『シモン・ボッカネグラ』、シンガポール・リリック・オペラ『フィガロの結婚』『セヴィリアの理髪師』『カルメン』などがある。
http://www.davidedwardsopera.com