高校生のためのオペラ鑑賞教室 甘美な愛と哀しい運命と・・・蝶々夫人 Madama Butterfly Giacomo Puccini

From conductor 指揮者からのメッセージ

蝶々夫人を振る!指揮   三澤 洋史

オペラを指揮するということは、普通のコンサートの曲を振るのとは全く違う。オペラにはドラマがあるので、指揮者は作曲家が音楽の中に盛り込んだドラマの流れを追っていって、“音楽的なドラマの世界”をそこに構築しなければならないのだ。それは決して簡単なことではない。でも『蝶々夫人』のような作品は、ドラマと音楽とが本当に良く融合しているので、あまり努力しなくても物語にのめり込むことが出来る。いや、のめり込み過ぎて困るのだ。細かい感情のひだを指揮棒に乗せて表現する時、しばしば僕の指先は泣いている。こんな作品は『蝶々夫人』以外にはない。
 蝶々さんは、偽りの結婚をしたピンカートンのために全てを失う。 「見棄てられ……たったひとりで……でも、しあわせよ。」 彼女がこうつぶやく時、ピンカートンには彼女のせっぱ詰まった状況が理解出来ない。美しい愛の二重唱は、こうして2人の気持ちの断層を孕んでいる。これを指揮している時、僕の胸はつぶれそうなのだ。
 第2幕。蝶々さんはもう3年もピンカートンの帰りを待っている。周りの反対の声に全く耳を貸さない蝶々さんだが、仲人ゴローの中傷に絶望的になった瞬間、港から大砲の音が轟く。震える手で望遠鏡を取り、確認しようとする蝶々夫人。 「アメリカの星条旗……名前は……アブラハム・リンカーン……あの人の船……帰ってきたのよ!」 「奥様、泣いていらっしゃいますの?」 「いいえ、笑っているのよ。」 それまで何があっても決して泣かなかった蝶々さんが、この時初めて泣くのだ。この箇所では、指揮棒を持っている僕も、いつも思わずもらい泣き。
第2幕第2場。ピンカートンは来た。本国から妻を連れて。蝶々さんは、絶望の中で自害を決心する。その時、彼女のピンカートンとの間に生まれた子供が駆けてくる。思わず抱きしめる蝶々さん。 ああ、もうこの瞬間は駄目なんだ! 我慢できない。プロとして恥ずかしいが、指揮しながらワンワン泣いてしまうよ。
 僕が指揮した鑑賞教室を見終わった女子高生の言葉。
 「あそこまで一途だと、馬鹿だなあと思うどころか、気がついたら感動して泣いていた。ああ生きられたらうらやましいとも思った。」