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2013年6月28日

読売新聞に演劇「象」紹介記事が掲載されました。
演劇「象」は7月2日からの上演です

6月18日付けの読売新聞(大阪)夕刊にて、来月公演の演劇「象」紹介記事が掲載されました。その内容をご紹介いたします。


 
2010年の公演より(撮影・谷古宇正彦)
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「象」 いま捉え直す 悲劇のシンボル
人間の関係性で真実表現


 劇作家・別役実の戯曲「象」は、黒いこうもり傘を差した「男」の独自で始まる。

 男 みなさん、こんばんは。私は、いわば、お月様です。お空に、まんまるの……。

 男は傘を開けて空の方を見上げる。

 男 あるいは……。あるいは、おさかなです。いわば淋しいおさかな。例えば、私はよく涙を流します。まるで、とめどもなく……。つまり、私にとってみれば、哀しい時に、涙を流さないなんて、万が一にも考えられないのです。私の涙は、細い白い糸の様に、暗い深い方向へ、私をサカサマにする方向へ、流れています。だからもしかしたら、私は涙にブラ下ったおさかなです。


 1962年、演出家・鈴木忠志らと結成した劇団自由舞台(後の早稲田小劇場)の旗揚げ公演として初演された。当時、若い演劇人の間では「現実世界を細密に写し取り、階級の葛藤に収斂させるリアリズム演劇の時代は終わった」という確信と、目指すべき方向を見いだせない欲求不満が募っていた。
 そんな時、別役はフランスの劇作家サミュエル・ベケットの不条理劇「ゴドーを持ちながら」に衝撃を受ける。2人の男が、ゴドーという正体不明の人物をただ待つだけの筋書きに「舞台の緊張感と人物の存在感が厳然と見えてくる不思議な感覚」を覚えた。
 「リアリズム演劇は言葉によって人間の真実を伝える。言葉そのものではなく、言葉を交わしている人間同士の関係によって真実を表現する不条理劇は新しかった。リアリズムから抜け出す手がかりが見つかった」
 別役は写真家・土門拳の作品を通して、ケロイドを見せ物にしていた被爆者の存在を知る。この人物をモチーフにまず散文詩を執筆。読んだ鈴木が「芝居にしよう」と乗り気になったため、戯曲に改訂した。3年後の再演で帽子姿にステッキを持った2人の通行人がナンセンスな会話を繰り広げる場面を挿入したのも、ベケットの影響だ。
 後に別役の文体はモノローグ(独白)か対話語形式に変化していく。

 2010年3月、東京・新国立劇場。別役は自作の決定版に出会う。「極め付きだ。新しい『象』が生まれた」。演出したのは、大阪の劇団桃園会を主宰する深津篤史。
 男は、入院中の叔父「病人」を見舞う。広島で被爆した病人は、背中のケロイドを街頭で見せ、喝采を浴びた記憶が忘れられない。男も被爆者で原爆症の兆候におびえていた。
 舞台に4トンもの色とりどりの古着が積み上げられた。焼け野原に横たわる死体のイメージが、風景として別役の眼前に浮かび上がる。それは原爆の犠牲者のみならず、ナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所に累々と積み上げられた靴や髪の毛をも連想させた。

 病人 (暗く)あの原水爆禁止大会があってからいけなかった。俺は気が付いたんだよ。奴らが本当は何を見たがっているのかという事をね……。眼を見るんだ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。俺の眼を…… 。背中のケロイドよりも俺の眼をのぞきこもうとするんだよ。

 再び街頭に立つ計画を練る病人に男は懇願する。

 男 もう、何もかもやめて下さい。何もかもです。大きな声も立てないで、大きく動くこともしないことです。感激したり、涙を流したリ、笑ったり、そんなことも一切しないんです。ただ黙ってるんです。そうして、ここにじっ一と寝てるんです。それしかないんですよ。それしかないじゃないですか。


 別役は、男に自身にもある小市民的な事なかれ主義を投影した。深津は「男は忘れられた原爆に無関心だが、病人はみんなに突き付けるべきだと考える。初演時の観客は感覚的に男に近かったのでは」と推察する。その上で「現代の観客は男からも遊離している。病人と男の対立軸では成立しない。病人、男と2人を取り巻く医師や看護婦らとの関係性で見せていくべきだ」との処方箋を具現化した。

 初演から半世紀。別役は「象」を上演する意味に言及する。「60年代、我々は核兵器を人知を起えた悪魔の所業と恐れた。病人がケロイドを見せるのは地獄の存在を知らせるシンボリックな行為だった。核保有国が増えた現代、核兵器は通常軍備の延長線上にある大型兵器という程度の感覚に変わった。だからこそ今、ケロイドを桁違いの悲劇のシンボルとしてもう一度、捉え直してほしい」
 深津版「象」は、7、8月、東京、大阪、山形で再演される。

2013年6月18日 読売新聞(大阪)夕刊
(読売新聞社の許諾を得て掲載しています)
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演劇「象」は新国立劇場小劇場にて7月2日(火)から公開予定です。


★公演情報は下記をご参照ください★
演劇「象」公演ページ