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2012年4月2日

オペラ研修生によるフラッカーロ・インタビュー
“サンティから伝授された歴代オテロ歌いたちの技法は家宝です”

2011/12シーズンの開幕『イル・トロヴァトーレ』マンリーコ、現在上演中の『オテロ』タイトルロールを演じて、万雷の拍手喝采を浴びているヴァルテル・フラッカーロに、新国立劇場オペラ研修所第12期生西村圭市ほか3名(高橋洋介、山田大智、後藤春馬)がインタビュー。世界を舞台に活躍するフラッカーロからオペラ歌手としての心構え、テノール歌手について、役作りなど貴重な話のあと、将来同じ舞台を踏む同僚としてのエールを受け取りました。

 
 
左より:
山田大智(バリトン)後藤春馬(バス)フラッカーロ、
西村圭市(バリトン)高橋洋介(バリトン)
オペラ研修所第12期生は2012 年3月14日に
修了式を終え、プロへの道を歩みだしました。
 
聞き手代表:西村圭市(バリトン)

F(フラッカーロ):皆さんはオペラ研修生として勉強しているのですね。オペラ歌手として生きていくのは簡単なことではありません。短時間でキャリアを積む人もいるでしょうが、私の場合は、デビュー後18年かけて、自分の声質や個性に注意しながらテクニックを身につけてきました。大切なのは自分の最高の状態を知る“インテリジェンス”です。公演後、歌い終えた自分を振り返るのですが、具体的にここでいい声が出たとか音を外したというのではなく、自分が出演した公演全体を見て欲しいのです。それから体は疲れていても開演前と同様のフレッシュな声で歌えるかどうかを試してみる。自分の状態を知る秘訣です。

N(西村):世界を飛び回っていらっしゃるからには体調管理にも気を使っていらっしゃるのですね。
F:私は、オペラ歌手の標準タイプではないと思います。大切なのは、昨日今日の話ではなくて、規則正しい生活の積み重ねです。11時には就寝、起床は6時から遅くても9時で、ジムに行って体を動かす。乾燥にも気を付けて、声帯を痛めずバランスの良い食事とワインをちょっぴり。ドイツの劇場だとゲネプロ(最終舞台稽古)が朝の10時開始なので、5時半に起きて10時半からフルボイスで歌っています。世界を移動する時の時差対策も同じです。

 
N:相手役の突然のキャスト変更では、どのように対応しているのですか?
F:『イル・トロヴァトーレ』でも『オテロ』でもキャスト変更がありましたが、METのゲネプロで急病のためにキャスト変更になったこともあるし、一昨年は衣裳合わせでフィレンツェ歌劇場に行ったらその日の夜の『トスカ』公演でキャストの具合が悪くなって急遽出演することになったり、自分自身も18年のキャリアの中で3回キャンセルしなくてはならなかった事があります。私たちは常にこういったことへの準備を怠らず、心構えを持っていなくてはなりません。音楽的に完全に理解した状態でリハーサルに臨み、演出家の意向をくみ取り理解して役に入っていれば相手役が変わっても問題はありません。私たちは、落ち着いてオペラの幕を開け、開いたら終わらせなければならないのです。新国立劇場ではカバー歌手の方たちも準備万端ですね。
 

 
N:『イル・トロヴァトーレ』のマンリーコは70回以上、難役オテロも数多く出演なさっていますが、どのように役に入り込むのですか?
F:実は私はとても臆病でシャイなのです。ですから、リハーサルでもしばらくシャイなのですが、舞台にいくとスイッチが入るのです。これをマジックと呼んでいます。昔から、スイッチが入るとお客も見えなくなり、衣裳をつけてメイクをつけたら自分はフラッカーロではなく、ラダメスやオテロになりきり、終わるとスイッチが切れて自分に戻る。ゼッフィレッリやファッジョーニ、デフロといった演出家たちも、大変ありがたいことに私を理解し信じてくれていました。歌詞の意味を理解して役になりきると、音楽は自然についてくるものなのです。たとえば『リゴレット』で、娘が連れて行かれる父親の心境をきちんと理解していれば、迫真の演技をしながらかなり楽に歌えるはずです。
指揮者との出会いに恵まれていたことも幸運でした。若い頃からグアダーニョ、バルトレッティ、メータ、マゼール、ムーティといった優れた指揮者たちと一緒に仕事をする機会をあたえられたことで、オペラ歌手として鞄一杯の知識を収めることができました。念願叶ってネッロ・サンティ指揮『オテロ』に出演できた時は、50年ものキャリアを誇るサンティから、デル・モナコのブレスや、それまで彼が共演した名だたるオテロ歌いたちのテクニックやポイントを教えてもらいました。金庫に入れて家宝にするくらい大切な財産です。偉大な歌手は偉大なマエストロによって初めて生かされるといいます。

 
N:具体的に『オテロ』ではどういう準備をなさいましたか?
F:私は、他のレパートリー作品同様、ロールデビューの時に役柄を十分身につけてあるので、ニースでの『イル・トロヴァトーレ』を終えてからイタリアの自宅でスコアを見直すくらいです。実は、『イル・トロヴァトーレ』の最後の歌のフレーズは、『オテロ』の冒頭の音楽と似ているので作品にとても入りやすいのです。劇的なストーリーも近いものがある。先程もお話しましたが、リハーサルを進めながら少しずつ演出家が考えるキャラクターを見つけていきます。オペラのテノール役は『アイーダ』のラダメスにしても『トスカ』のカヴァラドッシも、ずるがしこいバリトンと違って猪突猛進でクレージーな役が多いから、私もオテロ役になりきっていると、演出家と喧嘩になることもあるんですよ。

それから、イタリア語のレパートリーを歌うならイタリア語をマスターすること。母音のアエイオウをきれいに発音できるようになれば音も音楽的に改善されるはずです。強い声を出す際にも非常に助けになると思います。信じてやってみて下さい。

いつか世界のどこかの劇場で皆さんと仕事ができることを祈っています。
オペラを愛する人が大勢いる日本で歌えるあなたたちは、とても幸運だと思います。
よき同僚として、皆さんのキャリアに幸あれ!!
(2011年10月)

『オテロ』公演舞台写真
新国立劇場2011/2012シーズンオペラ「オテロ」公演舞台写真
  
公演情報ページは下記をご参照下さい。
新国立劇場2011/2012シーズンオペラ「オテロ」ダイジェスト動画付き特設サイト