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2010年11月9日

バレエ「ペンギン・カフェ」公演レビュー(朝日新聞)

優雅とシニカルの融合

新国立劇場バレエ団の芸術監督に就任したデヴィッド・ビントレー。その初仕事にセンスが光った(10月27日)。

フォーキンの「火の鳥」で20世紀の舞踊の革新を告げ、「シンフォニー・イン・C」で、ダンス・クラシックをアメリカ的な機能美に昇華したバランシンを見せる。後者はパ・ド・ドゥを中心に数十人のダンサーが複雑なパターンを作る相当な難物だが、一糸乱れぬ美しさにダイナミックなスケール感が加わり圧倒された。このバレエ団の比類のない成長を物語る。

最後の注目作品、ビントレーが1988年に作った「ペンギン・カフェ」は、技術に加えて洒脱な表現力が求められる。ペンギンの被り物を着けたさいとう美帆がカフェのウェーターの役回りを闊達にこなしているし、他のダンサーも軽妙な表情をリズムにのせる。サイモン・ジェフスのミニマルな音楽は、オーケストラの音色を波打つように繰り出して魅力的だ。

心躍る幕開けの後、オオツノヒツジ、カンガルーネズミが踊り、豚鼻スカンクにつくノミまでが登場して、イギリス伝統の民族舞踊モリスダンスのステップを踏む。アップテンポの楽しさ。老若男女を引き込まずにはおかないユーモアやウィット。

ただし、本作には伏線がある。登場する生き物は絶滅種、あるいは絶滅の危機に瀕した種なのだ。ケープヤマシマウマが踊る時には、同じシマ模様の衣装のモデルのような女たちが背景で冷たくポーズをとる。頭には動物の頭蓋骨。動物を搾取して成り立つヒトの社会を感じずにはいられない。「熱帯雨林の家族」という親子も登場するが、彼らは行き場を失ったかのように悲しくたたずむだけである。背景に投影されるノアの箱舟は、ヒトと動物の共存への切ない祈りのあらわれか。

視覚にも聴覚にも上質なエンターテインメントに込められたメッセージは、20年以上経過した今、色あせるどころか、ますます深刻さを増している。アシュトン、マクミランに続く英国バレエの担い手と期待されるビントレーは、今ある世界と舞踊をどうリンクできるかという目配りを失わない。それでいて説教臭さは皆無。優雅でシニカルなエンターテイナーのまなざしがそこにある。

(石井達朗・音楽評論家) 〜2010年11月5日(金) 朝日新聞(夕刊)be evening より転載〜

※新聞社および評論家から、記事使用の許諾を得て掲載しています。