2010年10月8日
喜劇より抒情、情景は洗練
新国立劇場の新シーズンがR.シュトラウス「アラベッラ」で開幕。指揮はウルフ・シルマー。演出・美術・照明に「光の魔術師」フィリップ・アルロー、衣装に森英恵を起用した布陣は強力だ(2日)。
没落貴族の娘アラベッラと求婚者たち、男装の妹ズデンカをめぐるこの「抒情的喜劇」は、ハプスブルク帝国末期の爛熟したウィーンが舞台。「ばらの騎士」を彷彿とさせる設定だが、会話を中心とした音楽の構成も、純真な姉妹の定説と献身を描く物語もずっと庶民的。滑稽味も強い。
ところが、時代を両大戦間に移した今回の演出は「喜劇」より「抒情」を優先した。全幕、スカイブルーから藍色まで、モダンな装置や衣装を青の諧調で染め上げた情景は洗練の極み。降りしきる雪と澄んだ青の照明はしっとりした歌唱にぴったりだ。娘時代に別れを告げるアラベッラ(ミヒャエラ・カウネ)のモノローグや、自己犠牲を厭わず、愛する人にすべてを捧げる妹(アグネーテ・ムンク・ラスムッセン)との二重唱も、高潔な精神を表象する青が歌の情感を引き立てた。
だが、第2幕の舞踏会のらんちき騒ぎやベッドシーンを意識した第3幕の濃密な前奏曲には、青がクールすぎる。喜劇的な場面にもなじまない。舞踏会のマスコット役で声の妙技をきめた天羽明恵やお調子者のパパ伯爵役の妻屋秀和は、歌がいいのに自慢の演技が際立たず。破格だったのはマンドリカ役のトーマス・ヨハネス・マイヤー。田舎地主の泥臭さも自暴自棄の嫉妬もド迫力で表現。とりすました雰囲気を吹き飛ばした。
尾高忠明が新監督として采配をふるった第1弾、少し気取った「アラベッラ」ではあったが、まずまずの好スタートである。
(白石美雪・音楽評論家) 〜2010年10月6日(水) 朝日新聞(夕刊)beアートより転載〜
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