2009年3月30日
『シュート・ザ・クロウ』出演 平田満インタビュー
世代の異なる四人の男が、手ではタイル貼りの仕事をし、口では愚にもつかない話をし、
頭の中では今の生活を打破する方法を考えている。でも全員が少しずつ抜けていて──。
「シリーズ・同時代【海外編】」第二弾の『シュート・ザ・クロウ』は、緩いユーモアを交えながら、
仕事を通して、より良く生きることを考えるヒューマンドラマだ。
最年長で定年間際の役を演じる平田満は、そんな男達にシンパシーを感じていると言う。
インタビュアー:徳永京子(演劇ライター)
会報誌The Atre 4月号掲載
落語の登場人物のような
会話が続く魅力――この戯曲は今回初めて日本で上演されるものですが、どういった点に魅力を感じて出演を決められたのでしょうか。 男が四人、それもどちらかと言ったら格好よくない男が(笑)、ただグタグタ喋っているという何でもない感じに惹かれました。作家は北アイルランドの方だそうですが、舞台でも映画でも、政治的なテーマが絡んでくるイメージがあるじゃないですか。そういうハードな話でないなら、恋愛が絡んでドラマチックになったりしますよね。これはそういう事件がほとんどなくて、ただ喋っている。落語の登場人物みたいなところもあって、とてもおもしろいと思いました。
――平田さんが演じるディンディンという役は、戯曲の設定では六十五歳で、実年齢よりひと回りほど上ですが。 若いときに老け役をやったことは何度かありますが、言ってみれば「やれ」と言われたからやっただけのことなんですね。最初から自分とはかい離してますから、開き直れるし、むしろ実年齢の役をやるよりも、楽しいと言うとおかしいけど、しっくり来て評判がいいこともある。若いときって、どんな役をやっても未熟なんでしょうけど、逆にどんな役もできる強みもあるんです。でも今ぐらいの年齢になると、逆に怖さが出てくる。一般の人達も、ある年月を生きてこられると、仕事だったり家庭だったり、それぞれの環境がもたらす存在感が出てきますよね。特に漁師さんとか農家の方とか、長く肉体を使ってきた方には、はっきりと年輪が出てくる。年齢を重ねて、それが年輪になる素晴らしい役者さんもいますけど、僕なんかは垢が溜まってくるだけなので(笑)、ディンディンの持つ年輪を出そうと思っても、シビアに考えたら、これがなかなか難しいですよね。
――若いときには考えなくてもよかったリアリティですね。 まぁ、自分で「俺、嘘ついてるな」と思わずに済むところまで行ければいいんですけどね。この年になっても決して物事をわかっちゃいないんですけど、経験分、慎重になるところが出てきます。そこは稽古で、共演者の方や演出家と「俺たち、恥ずかしくないよね? やってもいいよね?」というコンセンサスを取りたいと思ってます。
これからは、裏寂しい男の
ドラマが流行るかも?――この舞台は役者さんが実際に作業しながら進行していくということで、タイル貼りの練習をかなりすると聞いています。憂慮されている"仕事をしてきた身体"の説得力は出せるのではないですか。 それがね、僕がまたすごく不器用なんですよ。台詞そっちのけで、そっち(タイル貼り)で精一杯になりそう(笑)。
――ディンディンのキャラクターはいかかでしょう? 国籍も職業も年齢も違いますが、共感するところはありますか。 稽古前の今からこんなことを言うのは生意気ですけど……。初老の男の孤独と言いますか、その部分はとってもシンパシーを感じます。これは国も階級も性別も関係なく、きっとどんな人にも訪れるものでしょうね。
――老いて感じる孤独に対して、ディンディンはあまりジタバタしていませんね。静かに受け入れているように感じます。 そこも共感するとこですね。歴史って、理想を掲げる人がいて、その通りに動く人がいて、それで大きく動いていくんでしょうけど、僕はそこにちょっと遅れてくる人達が好きと言うか。チェ・ゲバラの前や後で撃たれた人は、誰も今、憶えていませんけど。
――そういう名もなき人達がいてこそ、生活が営まれて時代が進んでいく。 その名もなき人達の、おかしみとか悲しみ、喜びみたいなのがあって、そこは、そこだけは「俺がやってもいいかな」という気持ちはあります。
――この戯曲が北アイルランドで初演されたのは97年だそうですが、最近の経済状況を考えると、この話はむしろ今のほうが…… 身につまされますよねぇ。これからはこういう、ちょっと裏寂しい男の話が受けるかもしれません(笑)。この話は、それをユーモアを交えて語っていますしね。
――演出を手がける田村孝裕さんはご存じでしたか。 以前から存じ上げてます。お芝居も、全部ではありませんけど観ています。僕もそうですけど、たぶん田村さんの方も、そんなに緊張せずに稽古が進められるんじゃないかと思うんですけど。お会いした時の印象は、おじさんに優しいな、と(笑)。「どうしてこの役を僕に?」という話をしても、ちゃんと礼を尽くして、それでいて自然体で話してくれます。何事も、そういうところから始めるのがすごく大切だと思うんです。だからそういう意味では、人としてとても信用できますよ。
――ラストシーンは印象的ですよね。 ええ、この役のように役者として一生、生きられたら本望です!