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2008年7月29日

近代能楽集「綾の鼓」「弱法師」出演 十朱幸代インタビュー

三島由紀夫作「近代能楽集」の中の二編を、異なる演出家・ほぼ同じキャストにより
同時上演する今企画で、十朱幸代が新国立劇場に初登場する。
前田司郎演出「綾の鼓」では、年老いた小使に想いを寄せられる謎めいた貴婦人・華子、
深津篤史演出「弱法師」では、盲目の青年の親権裁判を取り仕切る調停委員・桜間級子。
小劇場の濃密な空間で、まったくタイプの違う二役を演じることは、
キャリア豊かな彼女にとっても新鮮なチャレンジになりそうだという。

インタビュアー◎山村由美香(演劇ライター)

 

女の魔性と格闘することになりそう

――オファーを受けたときのご感想は?

 今まで拝見した三島作品の印象として、美しい言葉と、成熟した女性が出てくることに、とても憧れがあったんです。ですから最初にお話をうかがったときは、まず「嬉しい!」と感じました。でも、いざ台本をいただいて読んでみたら、台詞の量に圧倒されて。客席で聴いていると惚れ惚れするような美しい言葉の羅列で、「こんな言葉を操れたら素敵だろうな」と思っていた台詞を、ちゃんと自分のものにして伝えられるかしらと。活字で見ると、ちょっとびっくりするくらいの台詞の量でした。

――しかも二作品を続けて演じられるわけです。

 いろんな役をやらせていただいてきましたから、その役になれば大丈夫だとは思うのですが、これだけ短時間で切り替えるのは初めてなので、大変かなという気持ちはありますね。作品としても、今まで私がやってきたものとは、いろんな点でまったく違いますから。これまではどちらかというと、老若男女大勢の方に理解され面白く観ていただける作品をやってきましたので、今回はどうなるか想像つかないことが多くて、ちょっと緊張しながら向かっているという感じです。

――十朱さんが演じられる二役はまったくタイプの違う女性ですが、どちらが入りやすそうですか?

 比べるというよりは、どちらの役も、女の魔性というものと格闘することになるのかな、とイメージしているんです。もちろん分析はこれからですし、その魔性≠ェすべて前面に出てくるわけじゃないですけれど(笑)、二役とも何かそういう要素を持っている気がして。なんとも非現実的ですしね。今までやって来た芝居は日常的なものが多かったけれど、今度は人間の心のひだを深く探っていくことが求められそうな気がします。

――先ほど成熟した女性≠ニいうお話が出ましたが、確かに華子も桜間級子も、個をしっかり持った、並外れた大人の女性という感じがします。

 現代女性にはちょっとない成熟度があるし、それと品が感じられますね。あまり私のキャラクターではないというか(笑)、これまで演じてきた役柄とはかなり違うので、その意味でも勉強するところが多いだろうなと思っています。

――物語としては、それぞれどのような感想をお持ちですか?

 印象として感じたのは、今って「これ以上、科学や文明が進まなくてもいい」と思うくらいに、どんどん先を進んでいく。だからこそ一方で、スピリチュアルな世界に皆の興味が向いているところもあって。私はこの作品には、その世界にイコールする何かがあるような気がするんですよ。

 

大胆に、かつ繊細に舞台を踏めたら

――さまざまなお仕事をされている中で、十朱さんにとって舞台ならではの魅力とは?

 私は、映像も舞台も演じるということでは同じだと思っていて、どちらも好きです。今回は舞台のお話ということでいえば、映像の場合は順序がてれこになったり、カットを重ねていくから、細切れで演じることになりますよね。その点、舞台は始まったら一時間なら一時間、ずっとその人物を演じられる。そういう達成感というか陶酔感は多大です。共演者とのやりとりやお客様とのやりとりも含めて、演じるうえで、より強い意識が働くのは舞台の上といえるかもしれません。

――今回、十朱さんが小劇場に出演されるというのも、見どころのひとつです。

 三百席というのは初めてです。七百五十くらいの中劇場とか、千五百とか二千くらいの大劇場が多かったので。ただ、大きい空間だから大きく芝居するということではなくて、大きな舞台でも、とても細かなことも目立つというのは身に染みて感じてきました。だから逆に、小さい劇場だからお芝居を小さくするのではなく、思い切って大胆にやれたら・・・と思ってます。劇場に合わせてというよりも、中味から来るものを大切にしていきたいなと。大きい小さいはあまり関係ないと思っているんですが、踏んでみないと実際のところは分からないですね。

――演出家二人が小劇場系の気鋭の方というのも、新しい体験ではないでしょうか。

 はい、私自身もまだ知らない、新しい部分を引き出していただけるんじゃないかと期待しています。このチャンスに、いろいろと刺激していただきたいなと。本当に今回は、ここまで女優をやってきた自分にも想像がつかないくらいのチャレンジなんです。今、抱負としていえるのは、できうる限りしっかりと、大胆に、かつ繊細に舞台を踏めたらいいな、という思いだけですが、私も自分に期待しておりますので(笑)、皆様も期待して観にいらしていただければ嬉しいですね。

(会報誌The Atre 7月号掲載)