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2008年5月15日

「鳥瞰図―ちょうかんず―
渡辺美佐子 インタビュー

気鋭の若手劇作家と経験豊富な演出家がタッグを組む「シリーズ・同時代」。
渡辺美佐子は、その第一弾で、早船聡脚本、松本祐子演出の
「鳥瞰図―ちょうかんず―で主演を務める。
輝くキャリアを誇るベテラン俳優が、答えが未知数の競演に参戦することに驚くが、
本人はむしろ、大いに胸を躍らせている。


 

素晴らしい言葉に出会える喜び

──率直な感想ですが、一部で高い評価を受けていてもまだ知名度は高くない劇作家の方の書き下ろし作品に渡辺さんが出演されることに驚きました。「シリーズ・同時代」は非常に意義のある企画だと思いますが、コンセプトに賛同されたのでしょうか。

 若い作家の方がどんどん出ていらっしゃるのは嬉しいですし、そういう方のために、こうして新国立劇場の門が開かれるのはとてもいいことだと思います。それに私はこれまでも、ほとんど日本の書き下ろしの芝居をやってきているので、まったく抵抗がありません。むしろ「シェイクスピア」や「チェーホフ」など、世界の名作に出演したことがないんですよ。

──それはとても意外です。

 俳優座の卒業生ばかりを集めた「新人会」というところで、初めて日本にブレヒトを紹介された千田是也先生演出の「家庭教師」が初舞台です。3本ほどブレヒトやドイツの作品が続きました。でもそのあとは、田中千禾夫先生、福田善之さん、井上ひさしさん、斎藤憐さん、永井愛さん、坂手洋二さんと、現代作家の方の新作ばかり。ですから、どういうものが出てくるのかまったくわからないところで待つのは、慣れているといいますか、わりと平気なんです(笑)、というか、それが楽しみ。今回も、ドキドキしながら早船さんの本を待っているという状態です。

──そうした、新作ばかりを演じてこられたことには、何か積極的な理由もおありになると思いますが。

 初めて(田中)千禾夫先生の「マリアの首」に出会ったとき、心底、日本語って素晴らしいと感動しました。あの作品は長崎弁でしたけれど、独特の訛りが何とも言えず、柔らかくてきれいなんですね。「詩劇」というタイトルが付いているくらいでしたし、日本語の美しさに圧倒されました。そういう出会いですよね。今日に至るまで千禾夫先生、福田善之さん、井上ひさしさんのお書きになる台詞にどっぷり浸かって随分と鍛えられましたよ。だからよくない台詞は私、すぐにわかります(笑)。

──今ここに作家さんがいたら、緊張で震え上がるかもしれません(笑)。

 作者の思いがこもった台詞を自分の心体を通してお客様に伝える瞬間こそ至福の時だと思います、俳優にとって。

 

時代で変わる言葉のボリューム

──新作戯曲は、基本的にその時代の最新の言語感覚が反映されると思います。近年の戯曲と30年前、40年前の戯曲では、どういった変化をお感じですか。

 今年の1月に、福田さんの「オッペケペ」をリーディングでやったんです。久しぶりに本を読んだら、何が違うって長さが違う。ひとつのセンテンスが、今の若い作家の方の何倍もあるんじゃないかしら。書かれたのが1960年代の日本の激動の時代でしたから、福田さんの言いたいことが山のようにあったわけですよね。それが奔流のようにほとばしって、なかなか止まらない。俳優にも観客にも共通の思いがあった時代ですから、すべてが熱かった。
 今回、新国立劇場からお話をいただいて、まず早船さんのご本を送っていただいたんですね。「片手の鳴る音」(2007年4月)という作品の。台詞は短いんですけれども、無駄がなくて、おもしろく読ませていただきました。それまでは申し訳ないですけど、知らなかったんです、早船さんのこと。その後、「ライン」(2007年11月)という作品を下北沢の小さい小屋で見せていただきました。ちょっとおかしいんだけど、ちょっと怖い。少し毒のあるところがおもしろかった。このよどんだ時代に芝居を創るのってとても大変なことですよねえ。だからこそやりがいがあるのかも。

──輝かしいご経歴があり、たくさんのファンも持つ渡辺さんのような方が、こんなふうに若い作家の方と組まれたり、「新作、待ちますよ」とおっしゃるのは、劇作家の方や演出家の方をとても力づけると思います。

 そういうふうに言っていただくと、逆に私が元気づけられます。つまり、私みたいに何十年も仕事を続けていると、もう変化は求めていないだろうと思われがちなんですよね。むしろ作家や演出家の方に飽きられたら怖いですし、新しい役を書いていただけるのは、とても幸せなことだと思います。

──演出の松本さんとも初仕事ですか。

 ええ。まったく初めてなので、すごく楽しみです。今回の顔ぶれでお仕事を一緒にしたことがあるのは、浅野和之さんだけ。浅野さんとは、永井愛さんの「日暮町風土記」(二兎社、2001年)でご一緒して、フシギな方でしたから、久しぶりに共演できるのはうれしいです。

──共演者や演出家など、初めての人が多い座組みは苦手だという役者さんも少なくありませんが、渡辺さんは?

 まったく(笑)。いいですね、初めてって。この年になるとドキドキすることは少なくなりますけど、こうやって仕事でドキドキできるのは幸せです。大体、私ね、賭け事が大好きなんですよ。マージャンも大好きだし、パチンコもしますし。

──勝負運はお強いんですか。

 ものすごく強いとも言えませんけど、でも今までの仕事で「引き受けなきゃよかった」と後悔したものはひとつもないんです。ですから、弱いってこともないんじゃないかしら。

(会報誌The Atre 4月号掲載)