
スティーブン・ソンドハイムによる、奇妙で、危険で、どこかいびつな男女の関係を、官能的な旋律の楽曲で彩ったミュージカルがある、と聞いた時の、胸躍る感覚を今でも覚えています。特徴のある、ときには戸惑うような不協和音さえ織り混ざったメロディによって、人間の深い心の機微や、愛憎や、葛藤までをも描き出すソンドハイム作品は、聴くものの心を掴んで離しません。 誰かをただひたすらに愛するその姿が、美しいものなのか、あるいは愚かなものなのか。 愛することの本当の姿を問いかけるドラマとともに、ソンドハイムの世界に身を委ねたいと思います。

イタリア映画「パッション・ダモーレ」(愛の情熱)をオリジナルとするこの作品「パッション」は、愛の強さ、脆さ、愚かさ、尊さなど様々な愛の側面を描き、まさに「愛」に彩られている。ただ登場人物それぞれの愛の形には隔たりがあり、一筋縄ではいかない。物語が進むにつれて、表面に見えていたものとは別の表情が浮かび上がり、最後には固定観念、先入観、そして自分の気持ちすら覆されている。そのさまは鮮やかな裏切りの感覚に満ちている。 ソンドハイムの美しくも複雑な旋律が、さながら愛の迷宮にさまよう男女の心象風景のように、どこか危険な、抗うことのできない魅力で突きつけるように迫ってくる。 愛を求め、愛に翻弄される人間の姿が、時に可笑しく、時に愛しく描かれているこの作品を最初に読んだ時、なんだか少し心がざわついた。愛することの本質について、考えさせられたからかもしれない。愛の情熱という劇薬がボディブローのように効いてくるこの作品の、魅力的な毒気を是非楽しんでいただきたい。
『Passion』――私たちは試される
愛とは何か。 私たちは、その真実を、或いはその意味を、 死ぬまで探し続ける存在なのかも知れない。
『Passion』の第一稿を初めて読み通した時、私は不覚にも泣いてしまった。愛というものの<理不尽さ、愚かさ、やり切れなさを、これでもかと描いた脚本にいつのまにか翻弄され、その痛切さに思わず胸を突かれて。そして、自らの未熟さに気づかされると共に、壮絶な人間の生き方、その思いに心打たれて。
愛とは何か。そのひとつの姿を、このミュージカルは崇高なまでに<愚直に描き出す。この愛は理解できるか。醜いか。愛おしいか。それとも、狂っているか。現代ミュージカルの巨匠ソンドハイムが導く、究極の世界へようこそ。『Passion』――この作品に、私たちは試される。
竜 真知子