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「十九歳のジェイコブ」稽古場からスペシャル・レポート

来週水曜日(6月11日)にいよいよ開幕する「十九歳のジェイコブ」。

演劇ライターの尾上そらさんから白熱した稽古場を伝えるスペシャル・レポートが届きました!



『十九歳のジェイコブ』 Report.1============


稽古場のドアを開け、まず目に入ったのは寸断された桟橋のようなものだった。シーソーのごとく左右どちらかに緩く傾いたそれらの断片は、程なく始まった稽古で、すぐその正体を現す。俳優たちはこの桟橋を、前後左右自在に組み合わせ、場面ごとのアクティング・エリアを形づくるのだ。


『十九歳のジェイコブ』。


自身のルーツ、血の呪縛を神話的世界にまで押し広げ、比類ない小説世界を構築した中上健次の小説が、世代は違えど、日本の演劇シーンを更新し続ける二人、劇作:松井周(サンプル)、演出:松本雄吉(維新派)で舞台化される。これは間違いなく「事件」と言えるだろう。


John_Coltrane_1963.jpgカンパニーがこの時間に取り組んでいたのは冒頭、ジャズ喫茶の場面からの稽古だった。高低差をつけた桟橋は椅子とテーブルになり、室内を大音量のジャズが満たす。雄叫びを上げるテナー・サックスの奏者はジョン・コルトレーン。ジャズ・ミュージシャンにして作家でもある菊地成孔が音楽監修を手掛けるのも今作のトピックのひとつだが、その菊地が選んだ一曲目がこの、コルトレーンの「Olé」なのだ。


音楽とドラッグ、セックス、暴力と革命。自らの生と性が身の内で暴れ、生み出す、若さゆえの御しがたい衝動に煽られるまま破滅的な日々を送る、4人の若者を演じるのはジェイコブ=石田卓也、ユキ=松下洸平、キャス=横田美紀、ケイコ=奥村佳恵の面々。


既に薬でラリった状態の彼らは、現実と虚構、自分と他者の境い目もおぼろげになっているかのよう。音と薬で現実から遊離する理由は、それぞれ違うように見えるが、彼らの中心にいるのがジェイコブなのは間違いない。


演じる石田は精悍な体躯の持ち主。言葉は少ないが、内面に熱く濃密な情念をたぎらせるジェイコブの只ならぬ気配を、既に身にまとい始めているようだ。


対する松下は、理念を掲げて革命を夢想するユキの情熱と孤独、次第に増していく狂気を、一場ごとに自分のものにしていくかのように見える。


女子高生ケイコとシャブ中のチンピラ吉の恋人ロペを演じる奥村は、陽と陰、小気味良い切り替えで対照的な二人の女性を演じ分ける。


野生動物のように本能のままに生きるジェイコブを強く慕うキャスを、横田はその可憐な容姿を裏切る度胸の良さでジワジワと攻略中、というところか。幼ささえ感じる表情、その口もとから挑発的な言葉がポンポン飛び出す様子には、何か禁じられたものを覗き見る時のような、背徳の喜びが身内を駆け巡る。


ドラッグで飛んだ状態の彼らの体は、日常の仕草を越えて不意にシンクロしたり、急に弛緩したりする。言葉や身体を記号化し、音楽に溶け込ませる松本マジックは、ここでも効力を発揮。また自分以外の周囲、世界を黙殺するかのように内面に深く沈んでいくジェイコブの心象は、映像や字幕を使って表現され、何層にもなった複雑な劇世界が眩暈のように観るものを引き込んでいく。


わずか四場、1時間ほどの稽古を経てスタッフ、キャストは夕食のための長めの休憩に。席を立った瞬間、全身を奇妙な虚脱感が襲う。作品に入り込み過ぎて、体の一部分を劇中に置いてきてしまったかのような。中毒性の高い作品になりそうだ、と、期待感がいや増した。 



                                       Text by SORA Onoe

*3回連載予定です。 公演詳細はこちらから!