演劇公演関連ニュース

『夜明けの寄り鯨』演出・大澤 遊×美術・池田ともゆき、対談

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「今」を生きる日本の劇作家の書き下ろしを、旬の演出家に委ねて新たな創造世界を拓く2022/2023シーズン演劇のシリーズ「未来につなぐもの」。その第2弾は、現代社会のさまざまな問題を題材にしつつ人間の複雑さに深く切り込む劇作家・横山拓也の『夜明けの寄り鯨』だ。舞台はかつて鯨漁で栄えた架空の港町で、横山は和歌山県太地町をイメージして書いたという。25年前に行方の知れなくなった大学の同級生と、彼を巡る感情と記憶の迷路に囚われた人々。謎めいた戯曲の劇世界を立ち上げるため、太地町を訪ねたという演出家・大澤遊と舞台美術家・池田ともゆきに、創造に臨むビジョンを聞いた。



インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)




「土地の空気を知る」
太地町で見た巻物から舞台美術へ


─大澤さんは4月末、池田さんは6月にそれぞれ今作の舞台となる町、そのモデルである和歌山県太地町に行かれたと聞きました。


池田 僕は関西出身で、仕事の拠点も最初は関西。バイクが好きであちこちツーリングする中、太地町も行ったことはあったので今回が二度目でした。


大澤 海岸線など、気持ちよく走れそうな土地ですよね。


池田 そうなんですよ、ただ天気がとても変わりやすいので、今回も急な雨に降られてびしょ濡れになったりもしました。それもまた、バイク・ツーリングの醍醐味ですが(笑)。


─取材で訪れたことで、太地町で目に入るものも変わりましたか?


池田 その旅に前後して、作家・吉村昭の『破船』という小説を読んでいたのですが、それは日本の沿岸部の寒村が、どうやって生き残ってきたかを資料に当たりつつ書いたもの。作中に出てくる山地からいきなり海にぶつかる、田畑にできる平地がほとんどない土地の描写が太地の町にも重なるんです。今でこそ埋め立て地に新しい住宅街ができたりしていますが、鯨の骨の鳥居を構えた神社など、昔の町の痕跡を辿る町歩きは楽しかったし発見も多くありました。


大澤 目的のない町歩きは楽しいし、意外な出会いももたらしてくれる。地元の漁協が運営するスーパーで、並んだ商品や総菜を眺めつつ地域の暮らしぶりを感じるのが面白かったです。鯨やイルカの刺身含め、とにかく多種多様な魚とその加工品が並んでいて、劇中に出てくる"町で唯一の商店"もこんな感じかなあと考えたり。


池田 関西圏だと普通の家の食卓でも、たまーに鯨肉が出てきたりはしていたけれど、個人的にはそんなに熱中して食べた覚えはありません(笑)。


大澤 あと僕には、太地の町はどこか時間が止まっているように感じられて。「太地町立くじらの博物館」など、旅行客が集まる場所は別ですが、町中を歩いていても人の姿をあまり見かけないし、地元の人となかなか行き会わない。二泊目の夜、スーパーの店員さんの紹介で居酒屋に行き、やっと地元の人と交流できたくらいで。


池田 警戒はされませんでした?9月の、イルカの追い込み漁が始まると町では緊張感が増すらしいですよね?


大澤 漁が終わったばかりの時期で、反対運動の関係者やマスコミへの警戒が薄い時期だったのだと思います。


池田 僕が行った時も人気がありませんでしたが、イルカを追い込む小さな入り江があって、漁期にはそこを反対派がぐるりと囲んですごい騒ぎになると聞きました。


─特徴ある実在の土地・地域を舞台にした戯曲と、全く架空の世界を舞台とする戯曲とではプランナーとしての向き合い方も変わるのでしょうか。


池田 今作の場合、戯曲の冒頭一行目に太地町の名前が出てくるので、これは絶対に避けて通れないなと(笑)。検索すればいくらでも太地町に関する報道や記事が見つかりますが、誰かの視点で書かれたものからの先入観に囚われないためにも、現地に行くしかないと思いました。


大澤 戯曲が描き出す「土地の空気」を知ることは、作品に新たな息吹を送り込まねばならない演出家として重要なこと。だから演出家としては可能な限り、舞台となる土地に行く必要があると思っています。

 あとはやはり、作中で大きいのが鯨の存在。池田さんとも最初期から、「(舞台美術の中で)鯨をどう扱うか」を話し合ってきましたよね?


池田 そうそう、最初は太地の博物館から、鯨の尾などの部分をオブジェ的に舞台上に置くプランを考えたりもしました。


大澤 そこから何案もご検討いただき、現状は鯨漁を描いた絵巻物をもとにした鯨の絵を、"角度によって客席から見える"くらいの位置に配することになったのですが、その虚実のあわいにあるような鯨の存在感が、作品の世界観とリンクして素晴らしい美術プランだと僕は思っているんです。


池田 ありがとうございます、上手く機能すると良いのですが。舞台美術家は、作品ごとにどんな資料と出会えるかが重要で。今回で言えば、太地の博物館に収蔵された鯨漁を描く古い巻物を見られたことが大きかった。漁に使う銛の形から漁法まで、全部が詳細に描かれていたんですが、その"鯨漁の全てを描いて次の世代に残さねば"という当時の人の想いの強さ、執念のようなものを感じ、そこからのインスパイアが今回のプランにとっては大きかったですね。


大澤 舞台に配されるのは漁の様子ではなく、鯨が泳いでいる姿じゃないですか。それが"目に見えなくても、何か大きなものが息づいている町"という、この劇世界を的確に表現していると思えました。


池田 巨大な鯨を手漕ぎの小船で取り囲み、漁師たちは銛一本で挑みかかる。急所を外せば鯨が立てる波に巻き込まれて命を落とすこともしばしばで、でも一頭仕留めればいくつもの村が潤う豊かな恵みがもたらされる。そんな、命懸けの漁とそれに見合う理由が巻物にしっかり残されていることに感銘を受けました。


大澤 さっき池田さんがおっしゃったような、田畑にできる土地がない過酷な環境では、命を繋ぐため鯨漁の他に方法がなかったんですよね。映画にもなっていましたが、インドネシアなどでは同様の古式な方法で鯨を獲る人たちが今もいる。その知恵と覚悟、生まれた土地で生きていくため積み重ねてきたことに対し、外野からは安易な物言いはできないと思います。


池田 その土地で生きていくために他に方法がなく、"そうせざるを得なかったこと"を「文化」と呼ぶ場合もあるんですよね、きっと。もちろんそれは、時代が変わるとともに変化する可能性はあるのでしょうけれど。

~太地町を訪ねて~

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恵比須神社
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漁協スーパー
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民宿

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くじらの博物館外観
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くじら浜海水浴場


舞台美術プランは
"公園をつくる"イメージ


─そんな根源的な"生きるための選択"と、現代の、個人が抱える繊細な苦悩が重ねて描かれるのが今作の奥深い魅力に思えます。

池田 確かにそうです。舞台美術のプランニングにはいろいろな方法がありますが、書かれた風景をリアルに起こさないと成立しない戯曲もあれば、今作のように、作品を置く「場所」をつくることが重要な場合もある。僕には、舞台美術プランを考える時"公園をつくる"イメージがあって。その公園の空間に、演出家や照明家、衣裳家、音響家などと俳優たちが一緒に飛び込んでもらい、「さて、どんな遊びができますか?」とやり合うのがすごく楽しいんです。「造形」ではなく、いわば「造空(間)」かな。そのためには、大澤さんがおっしゃる通り町や土地の空気を知る必要があるんですよね。


大澤 なるほど。あと、今回の美術プランに僕は、能舞台のような印象も抱いていて、それも池田さんが戯曲から引き出したものなのかなと思っていたんですが。


池田 いや、それは大澤さんに指摘されて気づいたことで、その後に戯曲を読み直し「そうだったか」と改めて気づかされたところです(笑)。夢幻能の構造ですよね、この戯曲は。過去のシーンに登場する、ヤマモト君の存在が特に象徴的ですが。


大澤 そうなんです。今回の舞台は飾ることよりも、シンプルな空間と表現、そんな能的なもののほうが作品に合っている気がする。きっと俳優の皆さんが立ち上げ・動かすものが多くなると思うので、大いに力を貸していただかなければ、ですね。

 また鯨を巡る種々の問題や価値観、個人個人の違いをいかに理解・共有するかにも慎重に向き合わないと。繊細な問題がいくつも織り込まれた今作を共につくるためには、カンパニー全員で話し合いを重ねることもとても重要だと思いますし、劇中の、登場人物たちの迷う姿が、これから作品に臨む僕らにも、最終的にはご覧いただくお客様にもリンクするようになればいいですね。


池田 おっしゃる通り、是か非か、善か悪かでは到底二分できないことばかりが今作には書かれていますから。本当、横山さんの戯曲には良い意味で痛い目に遭わされます(笑)。有名な絵画や芸術作品に攻撃を仕掛けてメッセージする、「エコテロリズム」などの報道も最近よく見聞きしますが、そんな風に自分の主張を迷いなく表明できる人はそうはいない。そんな悩ましさや葛藤を抱える人にこそ、演劇のような多様な表現は必要なのでは、と今ふと考えました。


大澤 本当に、僕らはモヤモヤしたことを抱えながら考えたりつくったりが常態ですからね(笑)。僕はこれまで海外戯曲を演出する機会が圧倒的に多く、それらは往々にして構造的かつ論理によって組み立てられていますが、横山さんの作品を含め、日本の劇作家の戯曲は理屈ではつかみにくいのに、立ち上げてみると自然に伝わることが多々ある。僕にとっては非常に大きな挑戦になりそうですが、そこからの発見も多いと信じて、まずは池田さんの作った「場所」に戯曲を介して飛び込んでみようと思います。


池田 その「場」でどんなドラマが展開し、ラストへと繋がるのか僕自身もとても楽しみにしています。



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『夜明けの寄り鯨』舞台美術デザイン画 池田氏が、美術打ち合わせで提案したプランのひとつ。
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捕鯨船
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街のくじらモニュメント
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梶取崎灯台
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漁港




新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 12月号掲載

ものがたり

和歌山県の港町。手書きの地図を持った女性が25年ぶりに訪れる。女性は大学時代、この港町にサークルの合宿でやってきて、たまたま寄り鯨が漂着した現場に居合わせた。まだ命のあった鯨を、誰もどうすることもできなかった。
ここは江戸時代から何度か寄り鯨があって、そのたびに町は賑わったという。漂着した鯨は"寄り神様"といわれ、肉から、内臓、油、髭まで有効に使われたと、地元の年寄りたちから聞いていた。
女性が持っている地図は、大学の同級生がつくった旅のしおりの1ページ。女性はその同級生を探しているという。彼女はかつて、自分が傷つけたかもしれないその同級生の面影を追って、旅に出たのだ。地元のサーファーの青年が、彼女と一緒に探すことを提案する。

<おおさわ ゆう>

日本大学芸術学部演劇学科卒業。演劇ユニット「空っぽ人間〈EMPTY PERSONS〉」を主宰、すべての作品で構成・演出を手掛けるほか、フリーの演出家として活動。主な演出作品として『あん』『BIRTHDAY』『ダム・ウェイター』『君がいた景色』『まじめが肝心』『かもめ』『少年Bが住む家』など。平成28年度文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員としてイギリスのDerby Theatreにて1年間研修。新国立劇場では「こつこつプロジェクト」の第一期の演出として参加、『スペインの戯曲』を1年かけて取り組んだ。

<いけだ・ともゆき>

モノをつくることに飢えていた1998年、縁があり小劇場の舞台空間をデザインし、芝居の空間を作る面白さに目覚め、舞台美術家として活動を始め現在に至る。新国立劇場では『私の一ヶ月』『貴婦人の来訪』『どん底』『誰もいない国』『消えていくなら朝』『赤道の下のマクベス』『月・こうこう、風・そうそう』『海の夫人』『三文オペラ』『アルトナの幽閉者』『像』『アジアの温泉』『温室』『屋上庭園/動員挿話』などを手掛ける。


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『夜明けの寄り鯨』


会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年12月1日(木)~18日(日)

作:横山拓也
演出:大澤 遊

出演:

小島 聖、池岡亮介、小久保寿人
森川由樹、岡崎さつき、阿岐之将一
楠見 薫、荒谷清水

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