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『夜明けの寄り鯨』出演・小島 聖、池岡亮介、小久保寿人 インタビュー

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自身のユニットiakuでの創作に留まらず、新劇団から大規模プロデュース公演にまで戯曲を求められる劇作家・演出家、横山拓也。待望の新国立劇場初登場は、同時代の劇作家による書き下ろしを上演するシリーズ「未来につなぐもの」の第2弾だ。横山が以前から興味を持っていたという、入り江などに漂着する鯨が題材の核となる『夜明けの寄り鯨』は、かつて鯨漁で栄えた架空の町を舞台に、記憶の迷路に囚われた人々の、心の旅と再生を描く物語。手書きの地図の中に消えたかのような青年を巡る不可思議なドラマについて、演じる3人の俳優に作品に臨む想いを聞いた。



インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)



小島 聖

一見シンプルな戯曲

でも読むうちにジワジワと増える謎



―小島さんは数多く新国立劇場作品に出演されています。

小島 前回は二〇一八年の『誤解』で、『夜明けの寄り鯨』が七作目です。演出の大澤遊さん、劇作家の横山拓也さん共にはじめましてなので、どんな稽古になるのか楽しみにしています。


―戯曲を一読した印象をお聞かせください。


小島 ここ最近は量子物理学の不確定性原理が軸にある作品や、大きな喪失感を抱えた人物など、複雑な要素のある海外戯曲に続けて出演したので、『夜明けの寄り鯨』は最初"シンプルな戯曲"と思えました。でも何度か読むうちに過去と現在の往還や、不在の人物を巡る葛藤などジワジワと良い意味で謎が増えていって。稽古の中で気づき、見つけることがたくさんあるのではと思います。何より作品の核でありながら姿が見えないであろう「鯨」の、大きな存在感を自分の中にきちんと持って演じられたらなと今は考えています。


―小島さんは趣味で登山もされるそうですが、自然に対して強い関心をお持ちなのでしょうか。


小島 山や大きな自然の中に入っていくと、翻って自分の心と体に向き合える感覚になることがあります。登山は自然に触れると同時に、自分を見つめ直したり、仕事を続ける中で溜まっていた何かを発散する行為でもあるのかな、と。

 実は、海や生き物にはこれまであまり関心を持ったことがなかったのですが、友人に自然や祭礼などをテーマにする写真家がいて話を聞いたりもするので、この舞台を機会に自分の興味を広げられたら、と思っています。


―演じる三桑役については、現状どんなイメージをお持ちですか?


小島 まだ、わからないことだらけです(笑)。手書きの地図を片手に、二十年以上前の学生時代に訪れた海辺の町を再び訪ね、彼女は何をどうしたいのか......。そこは皆さんと一緒に、稽古をしながら探っていければいいと思っています。それと劇中の、過去のパートにだけ登場する三桑たちと旅する大学の同級生=ヤマモト君は、作品世界のどこかに居ると私には思えるんです。人間の記憶は、時が経つと都合よく書き換えられたりするもの。そんな記憶の不思議さ、切なさも味わえる作品になるのではないでしょうか。


―今作は、学生時代のグループ旅行が発端にありますが、小島さんの「記憶に残る旅」と言えばどんなものですか?


小島 アラスカの大自然には何度行っても感動します。道もないのでヘリで氷河の上に下り、次の迎えが来るまで戻れないような旅だったり、産卵のために川を遡上する傷だらけのキングサーモンの群れに見惚れたり、何もかもが圧倒的で。その旅行中、現地で食べた冷凍前のサーモンは最高に美味しかったです(笑)。


<こじま・ひじり>

1989年、大河ドラマ『春日局』でデビュー。99年、映画『あつもの』で第54回毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。情感あふれる演技力と存在感で、映画、舞台、ドラマなど幅広く活躍中。著書に『野生のベリージャム』がある。

【主な舞台】『Heisenberg ハイゼンベルク』『ラビット・ホール』『もしも命が描けたら』『往転』『この熱き私の激情』『海の風景』『GS近松商店』『正しい教室』『夜中に犬に起こった奇妙な事件』など。新国立劇場では『誤解』『温室』『アルゴス坂の白い家―クリュタイメストラ―』『やわらかい服を着て』『二人の女兵士の物語』『ゴロヴリョフ家の人々』『なよたけ』に出演。



池岡亮介

観劇後にたくさん話がしたくなる

そんな作品になれば



―劇作の横山さん、演出の大澤さんと池岡さんとの間に接点はあったのでしょうか。

池岡 横山さんとは初めてご一緒させていただくのですが、大澤さんの演出は二〇二〇年の『まじめが肝心』という舞台で受けています。物腰柔らかく、俳優に自分の意見を押しつけるようなことはしないのに、作品や稽古の全体をしっかり掌握して創作を進めてくださる。互いを信頼できる環境を作って俳優の心を開かせ、個々の個性を役や作品と上手く結びつけてくださる演出家さんだと思います。


―現時点では、戯曲をどのように捉えていますか?


池岡 鯨が時折、入り江に迷い込んだり座礁してしまうことは知っていましたが、それを指す「寄り鯨」という言葉は初耳でした。僕は愛知県出身で給食でこそ食べていませんが、鯨は日常的な食物として家族で食べる機会も多かった。でもある時から、シーシェパードのように捕鯨に対し過激な抗議行動をする組織が注目され、ニュースなどで見聞きするたび「僕はいけないことをしていたの?」と思わざるを得なくなりました。その時に感じた後ろめたさに近いやりきれない気持ちを、戯曲を読んで思い出しました。

 他にも劇中には、捕鯨や鯨食に加えLGBTQ や精神的なケアについてなど、繊細かつ微妙なことがいくつも織り込まれていて。俳優として取り組み甲斐があると同時に、手強くもある戯曲だと今は思っています。


―演じる相野役について今考えていることと言えば?


池岡 他の登場人物たちの間には血縁や大学の同期であるなど、何らかの関係性がありますが、僕が演じる相野だけはその外側に居る人間。なのに冒頭から行きずりの三桑さんに話しかけたり、勝手に彼女についていって自らことに巻き込まれていく。僕、自分ではコミュニケーションが苦手だと思っているにも関わらず、旅先で出会った人に親切にしてもらったり、近所の飲食店で知り合った方が舞台を観に来てくださるようになったりなど、出会いや対人関係に恵まれていて。自覚とは別に人懐っこい印象を持ってもらえるところは、相野という人を演じる時に役立つかなと思っています。あと相野は水族館職員という設定ですが、僕も水族館は大好きで、旅先などにあれば必ず立ち寄ります。


―既にご自身と役の間に接点があるのは心強いですね。


池岡 でも大切なのは稽古をしながら見つけることですから、やはり今はゼロの状態。話し合いながら考えなければいけないことが山盛りの戯曲なので、そこは共演の皆さんともしっかり共有しないといけないし、その先には、舞台をご覧くださったお客様同士も、観劇後にたくさん話がしたくなるような作品になればいいな、と思っています。

<いけおか・りょうすけ>

2009年『第6回D-BOYSオーディション』で準グランプリを受賞。主な出演に映画『東京リベンジャーズ』『1/11じゅういちぶんのいち』、ドラマ『パーフェクトワールド』『グランメゾン東京』『獣になれない私たち』『グッド・ドクター』などに出演。

【主な舞台】『NARUTO―ナルト―』『The Pride』『かがみの孤城』『ぼくのメジャースプーン』『愛しのボカン』『マーキュリー・ファー』『4』『魍魎の匣』『ゆびさきと恋々』『熱海殺人事件』『まじめが肝心』『CHIMERICA チャイメリカ』『火星の二人』『関数ドミノ』など。



小久保寿人

会話が非常にリアルな戯曲

無駄な言葉がどこにもない

―戯曲を最初に読まれた時の印象はどのようなものですか?

小久保 八月半ば、プレ稽古として本読みをしたんです。全員は揃っていなかったのですが、スキルの高い方ばかりで充実した時間になりました。その時に感じたのは、登場人物全員が未完成で、迷いを抱えているようだということ。水彩画のように、はかなくにじんだ輪郭のキャラクターが多く、それぞれに満たされないものを抱えているため、過去と現在を往還する心の旅を必要としているのかな、と思いました。


―演じる「ヤマモト」については、どんなイメージを持たれたのですか。


小久保 迷子のような登場人物たちの中でも、一番自分のことをわかっていないのがヤマモトかな、と。僕は蜷川幸雄さんが作った「さいたまネクスト・シアター」出身で、役の造形や解釈など「コレでどうでしょう!」と自分なりに決めたことを蜷川さんに見せるところから稽古を始めるのが常でした。でも今回はなるべくフラットに稽古に入り、本番まで時間をかけて共演の皆さんと探りながら役に近づくような、これまでとは真逆の作り方ができたらいいなと思っています。


―蜷川演出作品はシェイクスピアやギリシャ劇などスケールの大きいものが多く、今作とは対照的な世界観でした。


小久保 なので僕は同時代の市井の人々を描くようなドラマを、舞台で演じる機会がこれまであまりなくて。二〇一九年に新国立劇場に出演させていただいた、『あの出来事』も複数役を演じる特異な作品でしたし。

 観客としては現実と地続きの作品も好きで、この夏に拝見した横山拓也さん主宰のiaku の公演『あつい胸騒ぎ』も、「舞台でこんなに笑い、心動かされたのは久しぶり」と思うくらい堪能させていただきました。横山さんの戯曲は会話が非常にリアルなうえ、無駄な言葉がどこにもない。そんな緻密な戯曲で、初めてのことに挑戦できるこの機会にワクワクしています。


―劇中、捕鯨や鯨を食べる習慣について議論されますが、小久保さんご自身は鯨にまつわる体験をお持ちですか?


小久保 僕は愛知出身で、子どもの頃はスーパーなどで普通に鯨肉を売っていましたし、家族で食べる機会もありました。でも鯨の保護運動や、捕鯨に関する国際間の協議などニュースで大きく取り上げられるまで特別に意識したことはなかったです。

 劇中では鯨についてだけでなくジェンダーに関することなど、登場人物たちが議論する場面が何度かあり、容易に答えの出るようなことではないけれど、僕自身その言葉の往還の中で気づかされることがありました。この作品をご覧いただくお客様にも観劇後、考えたり身近な人と話したりする機会にしていただけたら嬉しいですね。

<こくぼ・としひと>

さいたまネクスト・シアター第1期生。蜷川幸雄演出作品に多数出演し『オイディプス王』ではタイトルロールを務めた。主な出演に映画『モエカレはオレンジ色』『恋い焦れ歌え』『騙し絵の牙』『花束みたいな恋をした』『検察側の罪人』、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』『西郷どん』『花燃ゆ』や、ドラマ『妖怪シェアハウス』『半沢直樹』『君と世界が終わる日に』『やすらぎの刻~道』などがある。

【主な舞台】『ジハード―Djihad―』『カリギュラ』『盲導犬』『オイディプス王』『火刑』『ハムレット』『美しきものの伝説』など、新国立劇場では『あの出来事』に出演。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 11月号掲載



ものがたり

和歌山県の港町。手書きの地図を持った女性が25年ぶりに訪れる。女性は大学時代、この港町にサークルの合宿でやってきて、たまたま寄り鯨が漂着した現場に居合わせた。まだ命のあった鯨を、誰もどうすることもできなかった。
ここは江戸時代から何度か寄り鯨があって、そのたびに町は賑わったという。漂着した鯨は"寄り神様"といわれ、肉から、内臓、油、髭まで有効に使われたと、地元の年寄りたちから聞いていた。
女性が持っている地図は、大学の同級生がつくった旅のしおりの1ページ。女性はその同級生を探しているという。彼女はかつて、自分が傷つけたかもしれないその同級生の面影を追って、旅に出たのだ。地元のサーファーの青年が、彼女と一緒に探すことを提案する。

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『夜明けの寄り鯨』


会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年12月1日(木)~18日(日)

作:横山拓也
演出:大澤 遊

出演:

小島 聖、池岡亮介、小久保寿人
森川由樹、岡崎さつき、阿岐之将一
楠見 薫、荒谷清水

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