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『夜明けの寄り鯨』作・横山拓也×演出・大澤 遊、対談

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同時代を生きる日本の劇作家の新作を上演するシリーズ「未来につなぐもの」第二弾は、関西発の演劇ユニットiakuの代表で劇作家・演出家の横山拓也が登場。かつて鯨漁で栄えた和歌山の架空の港町を舞台に、二十五年の時を往還しながら、ひとりの女性の心に深く刻まれた「出来事」を解きほぐしていく。精緻な会話劇を演出するのは、新国立劇場の「こつこつプロジェクト」第一期に参加するなど、真摯な創作姿勢と戯曲を深く読み込む演出に定評のある大澤遊。二人は戯曲のアイデアを交換するところから意見を交わし、執筆の過程も共有してきた〝はじめまして〟の二人の間に今、生まれつつあるものとは?



インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)




今、自分たちが生きている時間は
かつてから見た〝未来〟



─タイトルの「寄り鯨」とは、浜辺に座礁・(死んで)漂着した鯨を指すそうですが、横山さんは以前から関心をお持ちだったのですか?

横山 以前からニュースなどで目にしては、「(鯨が浜に打ち上げられる)この現象は一体何なのか?」という興奮と、大きな謎を突き付けられたような気分になっていたんです。それで、大澤さんと「今何に興味があるか」を話した折に「座礁鯨に興味があるんですが」と伝えました。


大澤 受け取った僕は、鯨界隈の話題に興味を持ったことがなかったので(笑)、むしろ「全く違う感性の方と一緒に仕事ができる」とワクワクし、自分でも鯨に関してアンテナに引っかかれば横山さんに伝えることにしました。


─題材選びから劇作家と演出家が共有できる、豊かなスタートですね。

横山 しかも、初見で僕は「大澤さんとは無理な押し引きをしなくていい、波長が合う」と感じられて。「巨大な鯨のオブジェを舞台美術にしては?」とか「環境問題も関わりそうです」など、雑談レベルのやり取りから楽しんでいました。


大澤 僕も第一印象から「安心して一緒にモノづくりができる方」だ、と。最初の打ち合わせの後、二人で「(この組み合わせで)良かったですね」と言い合ったくらいですから(笑)。


―微笑ましいです(笑)。一方、稿を重ねた戯曲は鯨漁の文化や歴史とそれを反対する人々の軋轢、鯨を巡る身近な人同士での感情的な対立、心の病やセクシャリティなど複数の問題提起が時空を超えてなされる構造になっています。

横山 劇作家として執筆するだけの場合、僕は演出について考えず自由に、ある意味無責任なほど発想を広げて書いてしまう。まして"相性良し"の感触が最初にあったので、大澤さんには何を書いても受け止めていただけるはずだと、時空を往還するなど、いつも以上に奔放な書き方になったのかもしれません。


大澤 以前、演出家・宮田慶子さんに言われたのですが、「演出家は執筆中の劇作家の背中を見守り、応援することしかできない」と。今回はまさにそれで、書く人間でない僕には応援と待つことしかできなかった。でも届いた第一稿は素晴らしいものでしたし、さらに演出の意見も交えていただき稿を重ねたことで、重層的な戯曲になったと感じています。


横山 改稿したことで、自分たちの「今」が二十五年前から見た「未来」という捉え方と、登場人物たちが「この先、生きるであろう時間を見つめる」という終幕が多層的に組み上げられました。今、自分たちが生きている時間が、"かつてから見た未来"だというのは劇的ですよね、日常では気づきにくいことですが。


―確かに、自分にとって「未来」だった「今」を生きる、時間の流れに絡め取られているのが私たち人間です。同じ哺乳類ながら、大きさからコミュニケーションの方法、体感しているであろう時間まで異なる鯨は、今作の象徴にぴったりかと。

横山 そんな風に時間の概念と、人と鯨が象徴的に結びつけばいいのですが。その表現は、大澤さんにお任せです(笑)。


大澤 地球上最も大きな哺乳類と人間との対比が、この作品の持つ時間の流れとリンクすると面白いとは思うのですが、見せ方などはまだ考え中。横山さんとも夢のような話をいくつもしています。第一稿では過去と現在のエピソードが独立して描かれる形でしたが、改稿の際に横山さんに「主人公である三桑の視点で両者を貫いてはどうか」と提案しました。そのほうが劇中の時間の往還に、より説得力を持たせられると考えたからです。


横山 三桑は僕自身と生まれ育ちが近い世代に設定したのですが、それは様々な「過渡期」を経験してきたという自覚があったから。環境問題、ジェンダーを巡る議論、精神や心理的な病の顕在化など問題が次々に起こり、それらについて発した言葉や行いで誰かを傷つけたかもしれないという悔いや痛みを、うっすらと自分の中に持っている世代だと、自分も含め僕は考えているんです。僕自身が解決できず抱え続けているそんな後悔を三桑に託し、舞台上に問いを立てたいという気持ちは強くありました。


大澤 「平成は三十年以上あったのに印象が薄い」と言われたりもしますが、振り返れば僕にとっても、横山さんが挙げてくださったような社会的変化は大きなもので、それなりに激動の時代だったと思える。しかもジェンダーや環境、精神的なケアに関することなどひとつも問題は解決しておらず、"一瞬も落ち着いた状況にいられなかった世代"と言ってもいいのではないか、と。


横山 僕らが学生時代に見ていたテレビ番組と今の番組では、それら問題の描き方がまるで違いますよね。コンプライアンスや忖度などいろいろ言われていますが、いまだ正解は見えていません。

―二十五年前の場面では、同性愛や心療内科に通うことなどについて強めの言葉で語られたりもします。

横山 あれは学生時代の自分と周囲の会話を思い返して、登場人物たちの言動に反映させた部分です。


大澤 そんな問題の描き方や台詞の言葉ひとつひとつが本当に繊細なんです、この戯曲は。だからこそ、それらタブーを恐れずに紐解いていくことが戯曲を立ち上げるため最も難しく、かつ重要かと。そのうえで、横山さんが戯曲に込めた想いに、僕と俳優の皆さんの想いを上手く重ね、化学反応を起こすことが目標でしょうか。



「つながる」機会の多い演劇のありようを
今作を通し、いつも以上に考えられたら



―三桑役の小島聖さんに、幅広い舞台作品で活躍する池岡亮介さん、新国立劇場『あの出来事』にも出演した小久保寿人さん、関西小劇場界を代表する俳優・楠見薫さん、荒谷清水さんが演じるなどキャスティングも魅力的です。

横山 楠見さん、荒谷さんの配役に一番驚き、恐れ緊張しているのは僕です(大澤笑)。荒谷さんは大学の大先輩ですし、楠見さんは大学在学中に結成した劇団に客演してくださるなど、若い頃からお世話になっていますから。


大澤 荒谷さんは僕が熱望しました(笑)、本当に皆さん信頼できる方ばかりで。はじめましての方もいますが、お話ししただけで安心して横山戯曲に飛び込める仲間が集まってくれたと実感でき、頼もしい限りです。


横山 「未来につなぐもの」というシリーズタイトルを聞いた時、劇作家として生きる以上、こんな息苦しい時代だからこそ未来をみつめ、道を開くような作品を書かなければいけないと思っていることに改めて気づきました。大澤さんや座組の皆さんは、そんな僕の想いを汲んで作品を立ち上げてくださると信じています。

大澤 四十代そこそこの僕や横山さんはきっと、仕事や世代間の様々なことを"繋ぐ役割"を担っているんじゃないでしょうか。そんな僕らが創作することが、過去をみつめることにも、次代にバトンを繋ぐことにもなる。このシリーズには、そんな意味合いがあると思えてなりません。

横山 そうですね、僕が新国立劇場に新作を書き下ろすことが、関西だけでなく地域で創作活動をする幅広い方々へのエールにもなる。今作を通し、いつも以上に「つながる」機会の多い演劇のありようを考えられたらいいですね。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 10月号掲載

ものがたり

和歌山県の港町。手書きの地図を持った女性が25年ぶりに訪れる。女性は大学時代、この港町にサークルの合宿でやってきて、たまたま寄り鯨が漂着した現場に居合わせた。まだ命のあった鯨を、誰もどうすることもできなかった。
ここは江戸時代から何度か寄り鯨があって、そのたびに町は賑わったという。漂着した鯨は"寄り神様"といわれ、肉から、内臓、油、髭まで有効に使われたと、地元の年寄りたちから聞いていた。
女性が持っている地図は、大学の同級生がつくった旅のしおりの1ページ。女性はその同級生を探しているという。彼女はかつて、自分が傷つけたかもしれないその同級生の面影を追って、旅に出たのだ。地元のサーファーの青年が、彼女と一緒に探すことを提案する。

<よこやま たくや>

1977年生まれ。大阪府出身。劇作家、演出家、iaku代表。緻密な会話が螺旋階段を上がるようにじっくりと層を重ね、いつの間にか登場人物たちの葛藤に立ち会っているような感覚に陥る対話中心の劇を発表している。繰り返しの上演が望まれる作品づくり、また、大人の鑑賞に耐え得るエンタテインメントとしての作品づくりを意識して活動中。【受賞歴】第15回日本劇作家協会新人戯曲賞『エダニク』、第1回せんだい短編戯曲賞『人の気も知らないで』、第72回文化庁芸術祭賞新人賞〈関西〉ほか。

<おおさわ ゆう>

日本大学芸術学部演劇学科卒業。演劇ユニット「空っぽ人間〈EMPTY PERSONS〉」を主宰、すべての作品で構成・演出を手掛けるほか、フリーの演出家として活動。主な演出作品として『あん』『BIRTHDAY』『ダム・ウェイター』『君がいた景色』『まじめが肝心』『かもめ』『少年Bが住む家』など。平成28年度文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員としてイギリスのDerby Theatreにて1年間研修。新国立劇場では「こつこつプロジェクト」の第一期の演出として参加、『スペインの戯曲』を1年かけて取り組んだ。

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『夜明けの寄り鯨』


会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年12月1日(木)~18日(日)

作:横山拓也
演出:大澤 遊

出演:

小島 聖、池岡亮介、小久保寿人
森川由樹、岡崎さつき、阿岐之将一
楠見 薫、荒谷清水

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