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『どん底』出演・立川三貴、インタビュー

この秋、2019/2020シーズン演劇のオープニング作品として、五戸真理枝の演出のもと、上演されるゴーリキーの『どん底』。木賃宿を舞台に、貧困に喘ぎつつ生きる人々の姿を活写した名作で、貧民たちを見守る巡礼者ルカを演じるのは、立川三貴。かつて、若手俳優としてこの戯曲に取り組んだこともあるという彼に、三十数年を経て、ふたたびこの作品に出会った印象、あらためて見いだされた魅力、新プロダクションへの期待を聞いた。

インタビュアー:鈴木理映子( 演劇ライター)










『どん底』は本当に新しい


─立川さんは、以前にも『どん底』に出演された経験をお持ちだそうですね。


立川 そうなんです。僕が二十代の終わりくらいだから、今から三十四、五年前かな。佐藤信さんの演出で、日本の明治時代に場所と時代を移してね。着物着て雪駄はいて、ペーペル役をやりました。今でも覚えてるのは、第一幕で森塚敏さん演じる宿屋の亭主が、僕とおかみさんとの密会を疑って部屋にやってくる場面。扉が障子になってるんだけど、信さんが「拳で障子破って手だけ先出そうか」って。面白いなぁと思って。「新劇に対するアンチテーゼ」なんて言われたりもしましたね。ペーペルがわりと直情的な役だったこともあったし、僕自身はあまりそういう意識はしなかったけど、確かに戯曲のイメージをひとつ破ったものではありました。新鮮で、刺激的でした。


─今回は巡礼者のルカ役を演じられます。同じ戯曲に、長い時間を経て、ふたたび向き合うことについて、今、どんなふうに感じていらっしゃいますか。


立川 歳はとってみるもんだなぁと思いました(笑)。それに、久しぶりにこの本を読んでみたら、「本当に新しいな」と感じたんですよね。たとえば、今度の座組で芝居をやって、その背景に渋谷のスクランブル交差点の風景やテレビのニュースが流れたりしても、なんの違和感もない。ここに描かれた、混迷する時代の中での個人の不安は、そのくらい現在性を持っている。だから『どん底』にくっついてる「近代の古典」だとか、古くて暗いイメージは、消していきたいですよね。


─立川さんが感じていらっしゃる『どん底』の今に通じる魅力、新しいイメージとは、どういうものでしょう。


立川 タイトルは『どん底』なんですが、なにしろ人間が生き生きしているんです。この本が書かれる前の十九世紀のロシアって、王政打破の運動があったりして大混乱していた時期ですよね。飢饉が起こって何百万人が餓死したりもした。そんな状況の中、この宿には、田舎から都会に逃れてくる人もいれば、反対に田舎に去っていく人もいて、言ってみれば、ここに描かれているのは混沌だし、ディストピアです。でも、出てくる人物はそれぞれに個性を持っていて、融合するのでもなく、ぶつかり合い、オーケストラのように響き合っている。テンポもよくて、面白いんです。ゴーリキーは天才ですね。また、時代の沼地にいな がら、それぞれが「ここから出たい」と願っているのも、人間らしくていい。第一幕で、病気で死期の近いアンナが「また一日が始まったんだね!」って言いますけど、「あぁこれが人間の日常だな」と感じます。



ルカは不思議な存在であり「複雑な人」


─立川さんが演じるルカは、そんな貧困や病気にあえぐ木賃宿の人々を見守り、励ます役どころですが、流浪する「巡礼」でもあり、どんな人物で、何を考えているのか、少し謎めいたところもありますね。


立川 ルカは不思議な存在です。なんだかふわふわしながら全体を俯瞰しているかと思えば、グッと誰かに寄っていったり。職業とか社会的な地位で人を見るんじゃなく、その人の魂に触れるように会話をし、そのことが自分をも変えていくというような根源的なあり方を感じます。「巡礼」っていうと、当時はやっぱり、身体の不自由な人や病人といった、都会の外へ追いやられた人々を託されたような存在で、ルカもそういう役割を果たしていたと思います。ただその一方で、特に彼自身が自分の人生の終着点や目的を考えたり、「これをせねばならない」というような強い使命感を持っていたような印象はない。だから、彼のことを「複雑な人」と表現している資料もあって、そこが新たな解釈の鍵にもなってくる気がします。人間としての複雑さを加味して、あんまり、説教くさく、胡散臭くならないように。それが、演じる上でのひとつのテーマになるんじゃないかとも思います。


─ルカは、みんなを救済する聖人でもないし、かといって、偽りの希望を与えるペテン師でもないと。ただ、この宿に集う人々にとって、異質で特別な存在だったことは確かですよね。


立川 そうです。みんなが確実に影響を受けているし、「あの人は何もかもお見通しだった」なんて台詞も出てきます。僕もね、年齢的に宗教とは何かみたいなことを少しは考えるようになってきたんですよね。で、かつては、神は天上にいると言われていたのが、地動説によって覆され、といって科学の発達や啓蒙主義を信じたところで、戦争が起き、それも信じられなくなってしまう......そういう流れを経て、今はやっぱり、どこかに神さまがいるというふうに設定しないと生きていけないと感じる人も増えていると感じているんです。特定の宗教のことじゃなくて、日本的にいえば、自然に神が宿るというような感覚。で、そういうことは、『どん底』に出てくる人たちの中にも共有されているんじゃないかと思います。


─演出の五戸真理枝さんとは、初顔合わせになりますね。


立川 演出家としては初めてですが、演出助手として、同じカンパニーでご一緒したことはあります。その時から、ものをつくるという過程にいる、その佇まいがいいなと感じていました。稽古の代役なんかもうまいんです(笑)。ですから、こうしてご一緒できるのは、ラッキーですね。聞くところによると、結構、刺激的な挑戦もされるけど、決して奇をてらうためのものじゃない。これも嬉しいことです。今の演劇では、いろんな異種格闘技が行われていて、それぞれに理由もあるわけですが、僕が興味を持つのはそこじゃないですから。


─今回のキャスティングの軸のひとつは、俳優の年代をできるだけ若くリアルにして、登場人物たちが、私たちと同じように、社会の現役であると伝えることにあったようです。


立川 いいですね。演劇だからって、その中で起こっていることを特別に考える必要はないんです。むしろこの作品で取り上げられているのは普通のことなのかもしれない。それをこんなにドラマティックにできるなんて、やっぱりゴーリキーはすごいよね、とも思うけど。ちゃんと台詞を覚えられるかなぁって不安もありますが(笑)、もう、前向きにいくしかない。演出家も俳優も、それぞれがどんな文脈を持って作品に臨むのかは、やりながらわかっていくものですし、だから新しい作品をつくるのってワクワクするんですよね。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 9月号掲載

<たちかわ みつたか>

1975年、演劇集団円の創立に参加。2019年春退団。舞台のほか、映画『その後の仁義なき戦い』、ドラマ『怪人二十面相と少年探偵団』『十三人の刺客』などに出演。声の出演では、映画『スパイダーマン』ほかのJ・K・シモンズの吹替えをはじめ、アニメ『NARUTO疾風伝』などで活躍。舞台『あわれ彼女は娼婦』『壊れたガラス』『誤解』にて演出も手がける。 [最近の主な舞台]『どうぶつ会議』『アマデウス』『紙屋町さくらホテル』『1789 バスティーユの恋人たち』『奇跡の人』『スウィーニ-・トッド』『死と乙女』『兄帰る』『ワーニャ伯父さん』など。新国立劇場では『ヘンリー五世』『ヘンリー四世』『リチャード三世』『ヘンリー六世』に出演。



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『どん底』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2019年10月3日(木)~20日(日)

作:マクシム・ゴーリキー

翻訳:安達紀子

演出:五戸真理枝

出演:立川三貴 廣田高志 高橋紀恵 瀧内公美 ほか

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