『骨と十字架』作者・野木萌葱、インタビュー

演劇2018/2019シーズンの掉尾を飾るのは、新国立劇場初登場となる野木萌葱の新作『骨と十字架』だ。自身の劇団「パラドックス定数」の作品はもとより、外部提供の戯曲も史実や実在の人物を材に取りつつ、強靭な想像力でその枠組を超えて新たなドラマを見晴るかし、緻密な会話で構築する手腕が高く評価されている野木。今回の主人公はキリスト教がいまだ進化論を否定していた20世紀初頭に、古生物学者として北京原人の頭蓋骨を発見したフランス人神父ピエール・テイヤール・ド・シャルダン。信仰と学問の狭間で己の真実を見出すべく揺れる、男たちの硬質な会話劇、佳境の執筆現場とは?

インタビュアー:尾上そら( 演劇ライター)



小川さんに会って感じた

自分と同じ「匂い」

 年齢は一つ違い、学生時代から演劇に触れていたなど共通項もあるが、野木と演劇部門芸術監督・小川絵梨子との間に、今作以前に遡っての接点はなかった。

 「だから、最初にお声がけいただいた時は『誰かと間違われているのでは?』と本気で思ったんです(笑)。私自身も、小川さんの演出作で拝見していたのは新国立劇場での『OPUS /作品』(二〇一三年)だけでしたから」(野木)

 だが、初年度の年間プログラムを話し合う場で、自身が演出する書き下ろしを依頼する劇作家として野木の名が挙がった時、小川は野木の戯曲が手元にあると言い、オファーは即決したという。自身で翻訳も手掛け、海外の戯曲を演出することの多い小川は日本の、同時代の作家との仕事がまだ数えるほどしかない。その中で小川が野木作品に注目し、既に手に取り読んでいたことには何らかの「縁」があるとしか思えない。

 「連絡をいただき、実際に小川さんとお会いして最初に思ったのは、"感覚的に自分とソックリなところがある方だ!"ということ。なんというか......私は創作の場などで"好き"という気持ちを持つと対象に激しく情熱を注ぎ、集中すると周りのことが何も気にならなくなるタイプで、僭越ながら小川さんにも同じ匂いを感じたんです。こんなことを言うと、怒られてしまうかもしれませんが」と笑うあたり、野木も同じ「縁」を感じたのではなかろうか。



「ディストピア」を追求して出会った

フランス人司祭テイヤールの生涯

 初ミーティングで小川が出したキーワードは「ディストピア」。直訳すれば反理想郷、SF などでは人間を管理・抑圧する社会体制や終末的な世界観を指す言葉だ。

 「目の前に置かれたその言葉を見つめてはみたものの、それが世界観なのか事象なのかに悩み......でも、"そんな大きな話じゃなくて、誰かのユートピアが他の誰かにはディストピアにもなり得るのでは?"とご提案をいただいて。とは言え、思いつくまま何度か書き出してはみたものの、自分の中でしっくり来るものがなく、結果悩んだ時には足を運ぶことにしている自宅近くの図書館に行ったんです。幽霊のように本棚の間をさまよう中でみつけたのが、ピエール・テイヤール・ド・シャルダンについて書いた本でした」(野木)

 本のタイトルは「神父と頭蓋骨―北京原人を発見した『異端者』と進化論の発展」。自身も統計学の博士号を持つアメリカのサイエンスライターの、アミール・D・アクゼルによる、テイヤールの波乱の生涯を描く科学ノンフィクションだった。野木作品は上演時の当日パンフレットに、数冊の「参考文献」の記載があることが多い。膨大な資料を渉猟するというより、作品の核となる出来事や人物と出会う鍵となる書籍が何冊かあれば、執筆の燃料になるというのが野木のスタイルなのだ。

 「意識的に"探す"のとは違うんです。人気(ひとけ)のない棚をカニ歩きしながら本の背をぼんやり目で追い、"来い!"と念じる。すると、ふとピントが合う本があるんです。でもすぐには飛びつかず、"焦って騙されてないか?"と自問自答した末、ようやく手に取ってページを開く。今回はこのまま戯曲に転用したいくらい、書名も抜群でした(笑)」(野木)

 戯曲はテイヤールが書いた論文の内容が取りざたされ、イエズス会総長と検邪聖省に属する司祭から査問を受けるところから始まる。信仰を巡り、立場を異にする者たちの間で火花を散らす言葉と論理を武器にした闘いは、序幕から野木節炸裂といった緊張感と熱をはらむ。

 「参考にした本から浮かび上がるテイヤールは、非常に優等生で同時にズルい人。キリスト教の教義やあり方についてサラッときわどいことも言うのですが、それが自分の意志を押し通してのことでなく、"上からの命令に従った、誰かのためにそうしている"というような、ある種の保険がかかっている感じがするんです。そんなテイヤールの言葉に"本当にそう思ってるの? もっと主張したいことがあるんじゃない? 抵抗しろよ!"とツッコミながら書き進んでいる感覚です、現状は。私の場合、箱書きをつくって戯曲の構造や展開をあらかじめ決めることはなく、登場人物と書き出しさえ決まれば、あとはキャラクターたちが喋り出し、それを追うように書き留めていくのがいつもの手順。私の意志で、勝手に彼らを動かしてはいけないんです。だから今はラストに向け、まだモヤがかかって聞き取り切れない彼らの声に、必死に耳を澄ましているところです」(野木)



小劇場の空間に影響を受け

これまでにない広大な風景の戯曲に

 キャラクターたちと同じ地平に立ち、その目に映った風景を眺め、彼らの発する声を聞く。作中の人間たちと、どこまでも対等な関係に身を置くのが野木流のようだ。そんな彼女が生み出す役を担うキャストには、テイヤールを演じる田中壮太郎をはじめ、近藤芳正、小林隆、伊達暁、佐藤祐基と世代を越え、色彩はそれぞれながら、渋めの魅力がにじみ出ている俳優たちが集まった。

 「近藤さんは、二・二六事件を題材にした劇団作品『昭和レストレイション』(二〇一四年)にも出ていただいたので、出演してくださると伺ってとても心強く、嬉しく感じました。それに劇団出身の方が多い座組なので、頼もしいなと思っています」(野木)

 また自身の劇団公演では作品ごとに、小劇場ながら二階ギャラリーを備えた施設や倉庫のような空間、貸し会議室など「場所」を吟味し、上演に臨んできた野木に新国立劇場の小劇場の印象を聞くと「空の状態を見せていただいたので広がりに圧倒され、ちょっと怖いと思いました。でも同時にとても美しく、非常に好みの空間です」とのこと。「空間に影響されたのか、これまで書いたことのない広大な風景を戯曲に書いてしまったんですよね。小川さんがどう演出してくださるか、楽しみにしています」と続けた。

 「宗教と信仰の問題に加え、時代を大きく変える戦争などにも触れる内容ですが、重く暗い作品にはならないと思っているんです。登場人物たちはテイヤールを筆頭に、強く『信じるもの』を持っていますが、そこに必要以上に引きずられたりはせず、抜きどころやユーモアを交えながら考え、言葉にする。思ったことをそのままに語れないぶん、婉曲な表現や皮肉を駆使し、それでも"ヤベっ、本音が出ちゃった!"という瞬間があれば、お客様に笑っていただけば良いですし。もちろんその前にしっかり書き上げ、小川さんにバトンを渡さなければ、なんですが」と恐縮しつつも、作家・野木の思考ははや物語の世界へと飛んでいるように見える。無比の想像力が新たな演出家、俳優たちとの出会いを経て、多くの観客をドラマの彼方へ連れ去る時が待ち遠しい。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 4月号掲載

<のぎ もえぎ>

日本大学芸術学部演劇学科劇作コース(第1期生)卒業。 中学2年の時に観た映画をきっかけに劇作に目覚める。高校進学後も演劇部にて劇作・演出を担当し、そのまま日大へ進学。大学在学中の1998年「パラドックス定数」をユニットとして旗揚げ。2007年『東京裁判』初演時に劇団化する。史実や実際の事件を枠組みとして用い、大胆な想像力で物語を創造。濃密な人間関係より生まれる緊張感のある会話劇を得意とする。2016年ウォーキングスタッフプロデュースにて上演された『三億円事件』が第24回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した。



***********************


『骨と十字架』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2019年7月11日(木)~28日(日) (プレビュー公演:7月6日[土]・7日[日])

作:野木萌葱

演出:小川絵梨子

出演:田中壮太郎 小林 隆 伊達 暁 佐藤祐基 近藤芳正

公演詳細はこちら

◆チケットのお買い求めは......

⇒ ボックスオフィス 03-5352-9999

⇒ Webボックスオフィスはこちら