オペラ芸術監督 大野和士


新国立劇場を支えてくださる皆様、全てのオペラファンの皆様へ。

2024/2025シーズンプログラムのお知らせを申し上げます。今期は新制作プロダクションを3作品お届けいたします。

冒頭を飾りますのは、べッリーニ作曲の可憐なオペラ『夢遊病の女』。悲劇的な『ノルマ』とは対照的な作品です。村の娘アミーナは裕福な村の若者エルヴィーノと恋仲で、超絶技巧の二重唱で結婚の歓びを歌います。そこに現れたのがロドルフォ伯爵で、エルヴィーノはアミーナをロドルフォ伯爵に取られてしまったと誤解し、繊細な美しい高音で嘆きますが、実は“夢遊病”のために夜な夜な村を彷徨っていたアミーナが、エルヴィーノの前に現れます。
アミーナには、METを始めとする世界中の劇場で美声を轟かせるローザ・フェオーラ、エルヴィーノには、驚異的な歌声に加え、特別な演劇的表現で観客に深い印象を与える、アントニーノ・シラグーザ。ロドルフォ伯爵には、我が国の誇るスター、妻屋秀和。指揮者は、巨匠ベニーニ。演出家は、自身女優としても活躍している、バルバラ・リュック。これ以上の組み合わせがあるでしょうか。

続いての新制作は、ロッシーニの最後のオペラとなるグランド・オペラ『ウィリアム・テル』(ギヨーム・テル)です。彼は速筆の作曲家でしたが、この作品だけは、半年にわたる時間をかけています。原作はシラーのドイツ語ですが、オペラ台本はフランス語で書かれ、今回は、そのオリジナル台本で演奏します。有名な序曲を除いて、全曲お聴きになった方はなかなかいらっしゃらないかもしれませんが、4幕からなるオペラには、オーストリア・ハプスブルク家の支配から解放されたいと格闘するスイスのテル親子と総督ジェスレルとの葛藤が描かれます。スイスの長老メルクタールの息子アルノールは、なんとハプスブルクの皇女マティルドと熱い恋に陥っていましたが、スイスの独立のためそこから身を切り離し、戦いに向かうのです。
テルにはこの役で名声を博している、若くして威厳に満ちたゲジム・ミシュケタ、アルノール役はルネ・バルベラ。2021年、新国立劇場の『チェネレントラ』のドン・ラミーロで、高音の輝かしさと弱音の美しさに思わず息を呑んだ方も多いことでしょう。また、マティルド役のオルガ・ペレチャッコは、今や世界を駆け巡るソプラノ歌手。高音の魅力の美しさはいうまでもなく、最近は中声部の充実も大変魅力的です。
演出は、ヤニス・コッコス、2021年の『夜鳴きうぐいす/イオランタ』ではフランスからリモート演出を行い、作品の叙情を見事に描き出しました。

さて、もう一つの新制作は、日本人作曲家シリーズの第3弾。細川俊夫さんの新作オペラがいよいよ登場します。ドイツ在住で世界的に評価される作家の多和田葉子さんの台本とのコラボレーションです。
新作の題名は『ナターシャ』。ナターシャ(ソプラノ。イルゼ・エーレンス)はウクライナ人で、日本人のアラト(メゾソプラノ。山下裕賀)という若者と出会い、第3の謎めいた“メフィストの孫”(バリトン。クリスティアン・ミードル)によって現代の地獄に誘われます。そこで彼らの眼前に現れるのは、私たちの時代の数多くの身の毛もよだつ現象。しかし、二人はそれらを経験するごとに、お互いになかなか通じない言語を通して意思疎通していたのが、やがて不思議なことに言葉の共有が図られるようになっていきます。さて、どのような未来が彼らの前に現れてくるのでしょうか。
この新しい世界を演出するのは、クリスティアン・レート。演出家であると同時に装置デザイナーでもある才人です。この作品にさまざまな視点からのアプローチをしてくれることでしょう。

この3つの新制作のほか、新国立劇場が誇るレパートリー作品を、素晴らしい歌手、指揮者とともにお送りします。
モーツァルト『魔笛』の指揮者は、チェコ人のトマーシュ・ネトピル。オペラ、コンサート両方の世界で、素晴らしい活動を続けています。タミーノは若い頃からモーツァルトのオペラで席巻しているパヴォル・ブレスリック、夜の女王には名コロラトゥーラ、安井陽子さん。
ワーグナーの『さまよえるオランダ人』には、『ボリス・ゴドゥノフ』の際来日できなかった、ロシアの巨人エフゲニー・ニキティンに再びタイトルロールを歌ってもらうことに加えて、何回もお声をかけていた日本人名バス歌手の松位浩氏の招聘が叶いました。指揮者には私自身も個人的によく存じ上げており、洗練されたワーグナーを操るマルク・アルブレヒトが新国立劇場初登場。
ツェムリンスキーとプッチーニのダブルビル『フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ』の指揮には、初演でこのプロダクションを指揮していただいた沼尻竜典さんに再びご登場を願いました。トーマス・ヨハネス・マイヤー、ピエトロ・スパニョーリという独、伊の大歌手たちとの共演が楽しみです。
ビゼーの『カルメン』はガエタノ・デスピノーサの指揮。カルメンは、若手で急速にスター街道を歩み始めたサマンサ・ハンキー、『ばらの騎士』のオクタヴィアンなどでも大変な評判の彼女が、カルメンをどのように演じてくれるでしょうか。対するドン・ホセ役は21世紀のスターと言われているアタラ・アヤン。彼のMETデビューでは「彼はまさに、今発見された」と評された逸材。二人は『カルメン』のドラマをひたすら、取り返しのつかない運命的なものへと導いていくでしょう。
プッチーニ『蝶々夫人』は、我らが小林厚子さんのタイトルロール。日本人離れした、真のバタフライの声を持つ彼女が、音楽一家に生まれ育ったエンリケ・マッツォーラの指揮で、どのように震える感情を伝えてくれるか、大変楽しみです。
ロッシーニ『セビリアの理髪師』の指揮者コッラード・ロヴァーリスには23年2月に『ファルスタッフ』を指揮していただいたばかり。今では幅広いレパートリーを誇る彼ですが、バロック音楽にも精通しており、それが彼の音楽作りに深く反映しています。その彼と、イタリア音楽の真髄をここまで深めている脇園彩との共演には興味が尽きません。

新国立劇場の多彩なプログラムは、近年、オペラの本場ヨーロッパでも評判になり、イギリスの音楽雑誌「Opera」の表紙を『シモン・ボッカネグラ』の名シーンが飾るなど、世界のオペラ界の注目を集めております。皆様もぜひ、新国立劇場の音絵巻をお楽しみいただければ幸いです。ご来場を心よりお待ちしております。
大野和士


オペラ芸術監督 大野和士


新国立劇場を支えてくださる皆様、全てのオペラファンの皆様へ。

2024/2025シーズンプログラムのお知らせを申し上げます。今期は新制作プロダクションを3作品お届けいたします。

冒頭を飾りますのは、べッリーニ作曲の可憐なオペラ『夢遊病の女』。悲劇的な『ノルマ』とは対照的な作品です。村の娘アミーナは裕福な村の若者エルヴィーノと恋仲で、超絶技巧の二重唱で結婚の歓びを歌います。そこに現れたのがロドルフォ伯爵で、エルヴィーノはアミーナをロドルフォ伯爵に取られてしまったと誤解し、繊細な美しい高音で嘆きますが、実は“夢遊病”のために夜な夜な村を彷徨っていたアミーナが、エルヴィーノの前に現れます。
アミーナには、METを始めとする世界中の劇場で美声を轟かせるローザ・フェオーラ、エルヴィーノには、驚異的な歌声に加え、特別な演劇的表現で観客に深い印象を与える、アントニーノ・シラグーザ。ロドルフォ伯爵には、我が国の誇るスター、妻屋秀和。指揮者は、巨匠ベニーニ。演出家は、自身女優としても活躍している、バルバラ・リュック。これ以上の組み合わせがあるでしょうか。

続いての新制作は、ロッシーニの最後のオペラとなるグランド・オペラ『ウィリアム・テル』(ギヨーム・テル)です。彼は速筆の作曲家でしたが、この作品だけは、半年にわたる時間をかけています。原作はシラーのドイツ語ですが、オペラ台本はフランス語で書かれ、今回は、そのオリジナル台本で演奏します。有名な序曲を除いて、全曲お聴きになった方はなかなかいらっしゃらないかもしれませんが、4幕からなるオペラには、オーストリア・ハプスブルク家の支配から解放されたいと格闘するスイスのテル親子と総督ジェスレルとの葛藤が描かれます。スイスの長老メルクタールの息子アルノールは、なんとハプスブルクの皇女マティルドと熱い恋に陥っていましたが、スイスの独立のためそこから身を切り離し、戦いに向かうのです。
テルにはこの役で名声を博している、若くして威厳に満ちたゲジム・ミシュケタ、アルノール役はルネ・バルベラ。2021年、新国立劇場の『チェネレントラ』のドン・ラミーロで、高音の輝かしさと弱音の美しさに思わず息を呑んだ方も多いことでしょう。また、マティルド役のオルガ・ペレチャッコは、今や世界を駆け巡るソプラノ歌手。高音の魅力の美しさはいうまでもなく、最近は中声部の充実も大変魅力的です。
演出は、ヤニス・コッコス、2021年の『夜鳴きうぐいす/イオランタ』ではフランスからリモート演出を行い、作品の叙情を見事に描き出しました。

さて、もう一つの新制作は、日本人作曲家シリーズの第3弾。細川俊夫さんの新作オペラがいよいよ登場します。ドイツ在住で世界的に評価される作家の多和田葉子さんの台本とのコラボレーションです。
新作の題名は『ナターシャ』。ナターシャ(ソプラノ。イルゼ・エーレンス)はウクライナ人で、日本人のアラト(メゾソプラノ。山下裕賀)という若者と出会い、第3の謎めいた“メフィストの孫”(バリトン。クリスティアン・ミードル)によって現代の地獄に誘われます。そこで彼らの眼前に現れるのは、私たちの時代の数多くの身の毛もよだつ現象。しかし、二人はそれらを経験するごとに、お互いになかなか通じない言語を通して意思疎通していたのが、やがて不思議なことに言葉の共有が図られるようになっていきます。さて、どのような未来が彼らの前に現れてくるのでしょうか。
この新しい世界を演出するのは、クリスティアン・レート。演出家であると同時に装置デザイナーでもある才人です。この作品にさまざまな視点からのアプローチをしてくれることでしょう。

この3つの新制作のほか、新国立劇場が誇るレパートリー作品を、素晴らしい歌手、指揮者とともにお送りします。
モーツァルト『魔笛』の指揮者は、チェコ人のトマーシュ・ネトピル。オペラ、コンサート両方の世界で、素晴らしい活動を続けています。タミーノは若い頃からモーツァルトのオペラで席巻しているパヴォル・ブレスリック、夜の女王には名コロラトゥーラ、安井陽子さん。
ワーグナーの『さまよえるオランダ人』には、『ボリス・ゴドゥノフ』の際来日できなかった、ロシアの巨人エフゲニー・ニキティンに再びタイトルロールを歌ってもらうことに加えて、何回もお声をかけていた日本人名バス歌手の松位浩氏の招聘が叶いました。指揮者には私自身も個人的によく存じ上げており、洗練されたワーグナーを操るマルク・アルブレヒトが新国立劇場初登場。
ツェムリンスキーとプッチーニのダブルビル『フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ』の指揮には、初演でこのプロダクションを指揮していただいた沼尻竜典さんに再びご登場を願いました。トーマス・ヨハネス・マイヤー、ピエトロ・スパニョーリという独、伊の大歌手たちとの共演が楽しみです。
ビゼーの『カルメン』はガエタノ・デスピノーサの指揮。カルメンは、若手で急速にスター街道を歩み始めたサマンサ・ハンキー、『ばらの騎士』のオクタヴィアンなどでも大変な評判の彼女が、カルメンをどのように演じてくれるでしょうか。対するドン・ホセ役は21世紀のスターと言われているアタラ・アヤン。彼のMETデビューでは「彼はまさに、今発見された」と評された逸材。二人は『カルメン』のドラマをひたすら、取り返しのつかない運命的なものへと導いていくでしょう。
プッチーニ『蝶々夫人』は、我らが小林厚子さんのタイトルロール。日本人離れした、真のバタフライの声を持つ彼女が、音楽一家に生まれ育ったエンリケ・マッツォーラの指揮で、どのように震える感情を伝えてくれるか、大変楽しみです。
ロッシーニ『セビリアの理髪師』の指揮者コッラード・ロヴァーリスには23年2月に『ファルスタッフ』を指揮していただいたばかり。今では幅広いレパートリーを誇る彼ですが、バロック音楽にも精通しており、それが彼の音楽作りに深く反映しています。その彼と、イタリア音楽の真髄をここまで深めている脇園彩との共演には興味が尽きません。

新国立劇場の多彩なプログラムは、近年、オペラの本場ヨーロッパでも評判になり、イギリスの音楽雑誌「Opera」の表紙を『シモン・ボッカネグラ』の名シーンが飾るなど、世界のオペラ界の注目を集めております。皆様もぜひ、新国立劇場の音絵巻をお楽しみいただければ幸いです。ご来場を心よりお待ちしております。

大野和士

プロフィール

東京藝術大学卒業後、バイエルン州立歌劇場でサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。ザグレブ・フィル音楽監督、バーデン州立歌劇場音楽総監督、モネ劇場音楽監督、トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ交響楽団音楽監督を歴任。現在、新国立劇場オペラ芸術監督(2018年~)及び東京都交響楽団音楽監督、ブリュッセル・フィルハーモニック音楽監督。これまでにボストン響、ロンドン響、ロンドン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、フランクフルト放送響、パリ管、フランス放送フィル、スイス・ロマンド管、イスラエル・フィルなど主要オーケストラへ客演、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場、英国ロイヤルオペラ、エクサン・プロヴァンス音楽祭など主要歌劇場や音楽祭で数々のオペラを指揮。新作初演にも意欲的で数多くの世界初演を成功に導く。日本芸術院賞、サントリー音楽賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。フランス芸術文化勲章オフィシエを受勲。新国立劇場では『魔笛』『トリスタンとイゾルデ』『紫苑物語』『トゥーランドット』『アルマゲドンの夢』『ワルキューレ』『カルメン』『スーパーエンジェル』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』『ペレアスとメリザンド』『ボリス・ゴドゥノフ』『ラ・ボエーム』『シモン・ボッカネグラ』を指揮している。本年3月に『トリスタンとイゾルデ』を、24/25シーズンは『ウィリアム・テル』『ナターシャ』を指揮する予定。