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【インタビュー】『エレクトラ』演出 ヨハネス・エラート
オペラの2025/2026シーズンを締めくくるR . シュトラウス『エレクトラ』。演出を担うのは新国立劇場オペラパレス初登場のヨハネス・エラートだ。大野オペラ芸術監督とは2017年にフランクフルト歌劇場『Der Mieter』世界初演で共演し、2025年「インターナショナル・オペラアワード」演出家部門ファイナリストに選出された気鋭の演出家。『エレクトラ』への思いをうかがった。
クラブ・ジ・アトレ誌5月号より インタビュー・文◎榊原律子 〈音楽ライター〉
私の芸術的な「信条」――それは「目で聴き、耳で見る」ということ
―エラートさんはもともとヴァイオリニストだったそうですね。ライナー・キュッヒルに師事し、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団アカデミーやウィーン・フォルクスオーパーで演奏していたとのことですが、演出家になった経緯を教えてください。
エラート 子どもの頃、私はオーケストラ、できればオペラのオーケストラに入りたいと思っていました。昔から舞台に魅了されていたからです。でも当時住んでいたシュヴァルツヴァルト地方では、劇場へ行く機会はあまりありませんでした。
ヴァイオリンを学ぶためウィーンへ行ってまもなく、私は舞台の助演としてウィーン国立歌劇場の舞台に立つようになりました。夜に仕事がないときは、オペラの立ち見席にいるかコンサートを聴いているかでした。当時の私は、舞台かオーケストラピットか、どちらかを選ばねばならないと思っていました。
ウィーン・フィルのアカデミー生としてシノーポリ指揮でブラームスの交響曲第四番を楽友協会で演奏したり、ヴァイグレ指揮でウィーン・フォルクスオーパーにて『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を演奏したことは忘れがたい感動的なひとときでした。しかし舞台への思いはますます強くなり、ついにはヴァイオリンを手放してパリ・シャトレ座で演出助手として研修を受ける決断をしたのです。そこで私は完全に心を奪われました。そして突然すべてが正しく感じられ、様々な出来事が次々と起こりました。あっという間に著名な演出家たちのアシスタントとなり、やがて自分自身の演出も任されるようになりました。
振り返ってみると、音楽と舞台への深い愛をひとつに結びつけるという幸運に恵まれたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。そこからおそらく、私の芸術的な「信条」が生まれました――それは「目で聴き、耳で見る」ということです。
―大野監督とはフランクフルト歌劇場での『Der Mieter 』で仕事をしたとのことですが、そのときのやりとりで印象に残っていることはありますか?
エラート 大野さんは並外れた音楽家であり、その存在は献身と敬意に満ちあふれています。徹底的に細部にこだわりながらも、全体を見失うことがありません。忘れられないのが、舞台転換の技術的なリハーサルのために、大野さんはオーケストラ・リハーサル時間の半分を私に譲ってくれたことがありました。これはなかなかないことで、この心遣いこそ大野さんのすべてを物語っています。
―『エレクトラ』の演出を依頼された際に、大野監督からなにかリクエストはありましたか?
エラート ブリュッセルでの最初の打ち合わせは、とても温かく心に響くものでした。大野さんは私に全面的な信頼を寄せ、「全権委任」を与えてくれました。それは大きな名誉であり、心から感謝しています。
―演出される『エレクトラ』は、ギリシャ悲劇を題材にした復讐の物語です。エラートさんはどのような物語だと考えますか?
エラート この物語の起源は「アトレウス家の呪い(あるいはタンタロス家の呪い)」であることを忘れてはなりません。タンタロスは自ら殺した息子を神々に食事として振る舞い、ギリシャの神々の怒りを買いました。後の世代も次々と残虐な行為に関わっていきます。アトレウスはテュエステスの子どもたちを殺し、アガメムノンはトロイア戦争のために娘イピゲネイアを犠牲にし、クリテムネストラは夫アガメムノンを殺し、オレストは母クリテムネストラを殺します。この一族は「宿命」を背負っているのです。
ある意味で、クリテムネストラの怒りを私は理解できます。戦争のために娘を犠牲にした夫が、トロイアの王女カッサンドラを連れて戻ってきたのですから。しかし殺人は解決にはなりません。復讐はなおさらで、内なる平穏を得られることはありません。
オペラの中心にいるのは明らかにエレクトラで、母と妹、オレストと亡き父、それぞれの関係のセンターに存在しています。登場する三人の女性はそれぞれ異なる形でジレンマから逃れようとします。妹クリソテミスでさえ一種の「イデー・フィクス(固定観念)」に囚われています。しかし誰一人として、人生を自らの手で切り拓くことができません。心理学的に見れば、三人はそれぞれのパターンに囚われ、自らの悪魔や復讐の女神エリニュスに追われ続けているのです。この古代的な題材は、今なお「人間の在り方」について非常に多くのことを語っています。
アガメムノンこそオペラ『エレクトラ』が存在する理由
―今回の演出を考える上で、軸となった場面や音楽などを教えてください。
エラート 『エレクトラ』はあらゆるオペラの中でも比類のないほどの爆発的な力を持っています。しかし、オレストが登場した瞬間、音楽の様相が一変します。まるでまったく別の現実へと放り込まれたかのように――それは超現実的な夢の世界、あるいはエレクトラの願いが叶ったような世界で、彼女は「私に与えられた夢のような光景よ、どんな夢よりも美しい」と歌います。
オレストはどれほどリアルな存在なのでしょうか?彼は「家に男がいてはならない」という理由で、幼い頃に遠縁の親戚のもとへ隠されていました。ギリシャ神話では、復讐を遂げられるのは男子の後継者だけ。そのためエレクトラは彼の帰還を待ち続けます。彼女の「待つ」という行為は一種の儀式でもあります。実際は、一人の少女が、亡き父の帰還を待ち焦がれているのではないでしょうか。
復讐という思考は、父の死を受け入れられないことへの代償行動なのかもしれません。エレクトラの悲しみは、怒りの中に閉じ込められたままなのです。彼女の「その時は私は生きてきたよりも幸せに死ぬでしょう。」というフレーズから続く間奏は、言葉にできないほどの内面性と深い悲しみに満ちていて、冒頭の激しく怒るエレクトラの姿を一瞬忘れてしまうほどです(なおシュトラウスが音をつけなかったホフマンスタールのテキストに、以下の一節があります――「死よりも辛いものは何か?」という問いと、それに対する答え「死にたいと願いながら生きること」です)。この音楽的な瞬間こそが、私にとって『エレクトラ』の秘められた真髄なのです。深く傷ついた少女が、自分らしい人生を歩んでこなかったことに気づき、それを恥じている。復讐は満足感、あるいは救いをもたらすはずでしたが、そのせいで彼女は人生を見失ってしまった。しかし悲しいことに、復讐こそが彼女の人生に意味を与えることになるのです。
シュトラウスのオペラでは物語の重要人物が登場しない作品がいくつかあり、『エレクトラ』のアガメムノンがまさにそうです。姿は現しませんが、音楽では強烈な存在感を示すアガメムノンをどう捉えますか?
エラート アガメムノンこそがオペラ『エレクトラ』が存在する理由です。オペラは彼のモチーフで始まり、彼のモチーフで終わります。私はアガメムノンの不在を視覚的に見せる必要があると考えています。しかしそれは、音楽と視覚表現を対等にしようなどという思い上がったことをするためではありません。そうではなく、偉大な音楽のための空間を作り出すことが目的です。音楽は、私たちが視覚的に表現できるあらゆるものを凌駕しています。音楽は言葉で表せない領域であり、それ自体が奇跡なのです。
―お客様に『エレクトラ』をどのように観てほしいですか?
エラート 先入観を持たずにオペラに身を委ねてほしいと願っています。そうすることで、驚き、感嘆し、心を動かされ、時には戸惑うこともあるでしょう。それこそが私たちがオペラを観に行く理由ではないでしょうか。歪んだ感情に居場所を与えるために。たとえ一瞬であっても、そこには永遠の何かが宿っているのです。
ヨハネス・エラート Johannes ERATH
ウィーン・フォルクスオーパーとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のアカデミーでヴァイオリン奏者として活躍後、演出家を志す。初期の演出作品に、2008年ゲッツ・フリードリヒ賞を受賞した『サンドリヨン』がある。ケルン歌劇場『オルフェオとエウリディーチェ』『アイーダ』『マノン』『ファウスト』、ハンブルク州立歌劇場『椿姫』『利口な女狐の物語』、グラーツ歌劇場『ルル』『ドン・ジョヴァンニ』『エレクトラ』『ローエングリン』『死の都』(15年オーストリア最優秀作品受賞)を演出。フランクフルト歌劇場には 09年『エンジェルス・イン・アメリカ』でデビュー後定期的に登場し、『オテロ』『ジュリオ・チェーザレ』『オイリアンテ』『Der Mieter(借家人)』『ロジェ王』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を演出。『フィガロの結婚』はザクセン州立歌劇場、サヴォンリンナ音楽祭で、『ホフマン物語』はザクセン州立歌劇場、フィンランド国立オペラ、バレンシアで上演された。最近ではローマ歌劇場『外套/青ひげ公の城』、フランクフルト歌劇場『アルチーナ』、バイエルン州立歌劇場『仮面舞踏会』『群盗』、オランダ国立オペラ『キューバのカルーソー』、ブレゲンツ音楽祭『ラインの黄金』などを演出している。24年ペーザロ・ロッシーニ・オペラフェスティバルで演出した『エルミオーネ』がイタリアで最も権威あるアッビアーティ賞を受賞。24/25シーズンベルリン州立歌劇場『Fin de Partie(エンドゲーム)』、ウィーン・フォルクスオーパー『チャールダーシュの女王』によりインターナショナル・オペラアワード優秀演出家賞にノミネート。新国立劇場初登場。
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