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【インタビュー】『ドンジョヴァンニ』タイトルロール ヴィート・プリアンテ
愛した女性は2000人以上の稀代のプレイボーイ。しかし最後は石像に手を引かれ、地獄へ―
『ドン・ジョヴァンニ』のタイトルロールを演じるのは、ナポリ出身のバリトン、ヴィート・プリアンテ。2021年『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵を歌って以来、5年ぶりにオペラパレスに帰ってくる。
欧米の名歌劇場にてモーツァルトのオペラを数多く歌うプリアンテが考えるドン・ジョヴァンニ像について語っていただいた。
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター) クラブ・ジ・アトレ誌1月号より
「愛」がそうであるように ドン・ジョヴァンニは常に行動しています
―プリアンテさんの音楽との出会いを教えてください。
プリアンテ 私が音楽と出会ったのはヴァイオリンを通じてでした。ヴァイオリンが大好きで、買ってほしいと両親にせがんだのです。そして9歳か10歳のクリスマスにヴァイオリンをプレゼントしてもらい、習い始めました。弓のアップダウンなどに工夫を凝らすのが大好きでしたね。一方、私は歌うことも大好きな少年でした。ヴァイオリンの勉強をしているうちにオペラの曲に出会い、やがてオペラの世界に惹かれていったのです。
―音楽を好きになったのはご家族の影響ですか?
プリアンテ いいえ。家族にはクラシック音楽のプロも愛好家もいませんでした。父はクラシックの素養はありましたが、家で音楽を聴くことはあまりなかったです。私は、好きになったクラシック音楽のカセットやオペラのビデオを自分の小遣いで買って聴いていました。私の音楽への情熱は自発的に、誰からの影響もなく生まれたものだったのです。17歳ぐらいから声楽の勉強も始めました。それまでも家で毎日歌っていましたが(笑)。
―プリアンテさんはナポリ出身だそうですが、ナポリで音楽院に通われたのですか?
プリアンテ 音楽はプライヴェートで先生について勉強しました。ナポリの大学でフランス文学とドイツ文学を学ぶかたわら、声楽は北イタリア在住のフランス人の先生に師事していました。人文学系の勉強に興味がありましたし、オペラ歌手になれるという保証もありませんでしたから、他の可能性も残しておきたかったのです。大学生だった21歳の時にフィレンツェ歌劇場合唱団で歌い始めて、その後ソリストとして活動するようになりました。
―これまでバロック・オペラとモーツァルトで活躍されてきた印象があります。
プリアンテ キャリアの初期にはバロック・オペラをたくさん歌いました。その分野のエキスパートだった指揮者のアラン・カーティス氏に認められて、多くのコンサートや録音などに起用していただきました。そしてその後、モーツァルトがレパートリーの中心になりました。
―モーツァルトでは『フィガロの結婚』フィガロ、『ドン・ジョヴァンニ』レポレッロなどを経て、最近は『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵、『ドン・ジョヴァンニ』は題名役を歌っています。役柄によってどのような違いがありますか?
プリアンテ ダ・ポンテの台本はどの役も本当に良く書かれています。伯爵とドン・ジョヴァンニは貴族で、フィガロとレポレッロは市民、労働者階級なので性格は演じ分けねばなりませんが、言語としては大きな違いはないんです。声楽的には貴族の2人がより長いフレーズを使ったノーブルな表現があるのに比べて、フィガロとレポレッロは話すことにより重点を置いた歌い方です。伯爵に大きなアリアがあるのと比べて、ドン・ジョヴァンニは短いアリアをいくつか歌いますがどれも素晴らしい曲です。ドン・ジョヴァンニはつねに行動しています。「愛」がそうであるように、彼はいつも動きの中にあるのです。彼が止まっているのは窓辺でマンドリンを弾きながら小唄を歌う時だけですが、これも短い間です。彼は、捕まえることが不可能な「愛」そのもののような存在なのです。そういう意味ではドン・ジョヴァンニはカルメンに似ています。カルメンがハバネラで「恋は野の鳥」と歌っているように、「愛」は捉えどころがないのです。私にはカルメンはドン・ジョヴァンニの女性版のように思えるのです。この2人の人物は「愛」について真実を語っている。自由な愛、形を持たない愛、自発的な愛です。
ドン・ジョヴァンニは「理想」の擬人化なのです
―プリアンテさんのドン・ジョヴァンニは、カルメンのような性格の持ち主、ということでしょうか?
プリアンテ そうですね。女性を利用したりせずに女性を愛するだけ、という意味において。今日はある女性を愛し、明日は別の女性を愛するのです。私は、ドン・ジョヴァンニは特別な人物だと思っていて、それは彼に対する世間一般のイメージとはかなり違うものです。私が思うにドン・ジョヴァンニは深い失望を味わっている男です。女性に対してだけでなく、人間全般や社会に対してです。彼は愛を信じていますが、どのような女性と出会っても彼女らに失望させられるのです。例えばドンナ・エルヴィーラ。エルヴィーラは信じやすいたちで、彼女の愛は所有欲の愛です。ドン・ジョヴァンニは成熟した関係を求めているので、利己的なエルヴィーラから遠ざかってしまいます。それにツェルリーナ。結婚式当日に貴族に口説かれて夫を捨てるような女性です。ドンナ・アンナも、あの夜に自分が誰と一緒だったかを本当はよく知っているのにドン・オッターヴィオに厚顔な嘘をつきます。私はドン・ジョヴァンニは人間ではないと思っています。彼は「理想」の擬人化です。全ての神話がそうであるように、ドン・ジョヴァンニもある観念、あるひとつの理想を表現しているのではないでしょうか。従者レポレッロの「カタログの歌」は、このオペラの中でも白眉というべき傑作アリアだと思いますが、そこにはドン・ジョヴァンニが人間ではなく、「愛」を表す神話なのだとわかる描写があります。レポレッロはドン・ジョヴァンニが見境なくどんな女でも愛する、と言っています。容貌や体型、年齢を問わず。「愛」は誰のところにも宿るのです。全ての人に「愛」する権利はあるのですから。
―ドン・ジョヴァンニを歌うには、声楽的にも成熟が必要だと思いますか?
プリアンテ ドン・ジョヴァンニを演じるために成熟が必要だというのは確かにあると思います。人物像を掘り下げて演じるためにも。面白おかしいだけのお芝居ではありません。哲学的な内容が表現されています。それは声によっても表現されるべきです。
―ドン・ジョヴァンニというキャラクターについて、役柄を構築するために、過去の名演を参考にすることはありますか?
プリアンテ チェーザレ・シエピ、サミュエル・レイミー、ニコライ・ギャウロフなど、素晴らしいドン・ジョヴァンニ役を歌った歌手たちの録音を聴くのは好きです。歌唱技術の面でも、声の演技という意味でも参考になります。一方、役のキャラクターを作り上げるのは自分一人で台本と向き合うのが好きです。ロレンツォ・ダ・ポンテの台本はたくさんの手がかりを与えてくれるし、二重の意味もたくさん含まれています。その中の何を強調するのかは、それぞれの演者に任された部分なのです。
―プリアンテさんは2021年2月に新国立劇場で『フィガロの結婚』のアルマヴィーヴァ伯爵を歌われました。今回はその時以来の新国立劇場へのご出演です。
プリアンテ 新国立劇場での『フィガロの結婚』は、私がコロナ前に最後に歌ったオペラからちょうど1年ぶりの出演でした。待ち焦がれていたオペラの舞台に再び立てて本当に嬉しかったです。これまで歌劇場の日本公演やコンサート出演も含めて何度か日本を訪問していますが、私は日本で仕事をすることがとても好きです。日本人の感受性と考え方が好きなのです。特に他者に耳を傾けることができるのが素晴らしさだと思います。今回も皆さんに何か新しい発見をしていただけるような舞台を務められたらと願っています。
ヴィート・プリアンテ Vito PRIANTE
ナポリ出身。ドイツ文学とフランス文学を学んだ後、2002年にフィレンツェでプロデビュー。その後、スカラ座、バイエルン州立歌劇場、ザクセン州立歌劇場、ウィーン国立歌劇場、ローマ歌劇場、フィレンツェ歌劇場、バレンシア歌劇場、シャンゼリゼ劇場、ロサンゼルス・オペラ、カナディアン・オペラ・カンパニー、ザルツブルク音楽祭、英国ロイヤルオペラ、テアトロ・レアル、シカゴ・リリック・オペラなど、世界各地の歌劇場、音楽祭に出演。最近では、モンテカルロ歌劇場『ロベルト・デヴリュー』ノッティンガム公爵、『ファルスタッフ』フォード、トリノ王立歌劇場、パルマ王立歌劇場、レッジョ・エミリア歌劇場『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロール、フィレンツェ歌劇場『放蕩者のなりゆき』ニック・シャドウ、ローマ歌劇場、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座『チェネレントラ』ダンディーニ、ローマ歌劇場、ザルツブルク音楽祭、パルマ王立劇場『ドン・ジョヴァンニ』レポレッロ、英国ロイヤルオペラ『魔笛』パパゲーノに出演。09年、スカラ座『囚われ人』タイトルロールによりアッビアーティ賞受賞。17年には『ドン・ジョヴァンニ』レポレッロでBBCミュージック・マガジン賞「オペラ賞」を受賞した。新国立劇場では21年『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵に出演。
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