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『シモン・ボッカネグラ』シモン役ロベルト・フロンターリ インタビュー

ロベルト・フロンターリ
ロベルト・フロンターリ


新シーズン注目の新制作は、新国立劇場初上演となるヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』。

タイトルロールを演じるのは、ロベルト・フロンターリ。

今年5~6月の新制作『リゴレット』でタイトルロールを演じ、

心揺さぶる名唱を聴かせてくれた名バリトンが、11月、オペラパレスに帰ってくる。

シモンは何度も演じ、大好きな役だというフロンターリが、『シモン・ボッカネグラ』の魅力を語る。





インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

(ジ・アトレ誌2023年8月号より)





シモンの心理を表現するにはベルカントと演劇的な歌い方 二つの技術が必要です



― 5月から6月にかけてご出演いただいた『リゴレット』は大評判でした。フロンターリさんの素晴らしい歌と演技に客席が大いに沸いていましたね。



新国立劇場『リゴレット』(2023年5月)より



フロンターリ ありがとうございます。全ての公演でお客様から熱のこもった反応をいただき感謝しています。劇場はエネルギーを創り出す場。舞台から良いエネルギーが客席に届けば、客席からも同じだけの熱量が戻ってくる。最高の交流ができたと思っています。



―『リゴレット』では言葉に様々なニュアンスを込めていらっしゃるのに感動しました。演技も感情表現が自然で、リゴレットの悲劇が誰にでも起こりうるものに思えたのです。



フロンターリ オペラは舞台で〈台詞を歌う〉芸術です。私たちの目的は客席に言葉を届けることなのです。私は役者として演技をすることが好きですが、私にとって演技は誇張ではなく、その反対に引き算なのです。必要ないものを削ぎ落としていくことにより、人間の本質を描きたいと思っています。オペラ歌手はどうしてもジェスチャーが大きくなりがちですが、それが表現のための表現になってはいけませんから。



― 11月には同じヴェルディ作曲『シモン・ボッカネグラ』の題名役を歌われます。このオペラを新国立劇場が上演するのは初めてとなりますが、抱負はいかがですか?



フロンターリ シモンは大好きな役です。これまで何度も歌ってきました。この役には感情を強く揺さぶられますし、その気持ちが観客に届くように演じたいと思っています。ヴェルディの中では最もポピュラーな作品ではないかもしれませんが、それは有名なアリアがなかったり、25年前の出来事が原因になってストーリーが展開するなどドラマに複雑なところがあるためだと思います。このオペラでは『リゴレット』でも存在した、ヴェルディの重要なテーマである父と娘の関係が描かれています。シモンと行方不明になっていた彼の娘アメーリアの再会は、このオペラの中でも白眉となる場面です。



― 権力を持ったシモンがジェノヴァ総督として社会で果たす役割についてはどうでしょう?



フロンターリ 『シモン・ボッカネグラ』は、シモンを通して、「権力は正義を行うこともできる、戦いを止めるために使うこともできる」ということを表現しています。オペラが書かれた時代にイタリア国家統一があったことと関係しており、「分断はいけない、人々がひとつになることで新しいイタリアを作っていくのだ」というメッセージが込められているのです。



― 演じがいのある場面はどこでしょう?



フロンターリ 物語のクライマックスのひとつは、シモンが毒を盛られてから死を迎えるまでの部分です。歌手として、役者としても重要な場面だと思います。そして確執のあった政敵フィエスコとの二重唱で、なぜ自分たちはこのように長い間分かり合えなかったのだろうかと問いかけるところです。シモンは死んでいきますが、このオペラの最後には希望もあります。アメーリアと彼女の恋人、シモンの後をついで総督になるアドルノという若者です。シモンが始めた改革は彼らに受け継がれていくのです。



― ヴェルディはこの作品を初演してから長い年月の後に、アッリーゴ・ボーイトの台本補筆により、現在上演される改訂版を作り上げました。なぜヴェルディは改訂に取り組んだのでしょう?



フロンターリ このオペラが最初に書かれた時は、内容が当時としてはあまりに新しかったからだと思います。オペラといえばアリアを聴くために行く、という観客が多かったので、そこに描かれたドラマがあまり理解されなかったのです。同じ意味で、『マクベス』も当時としては新しい内容を持っていたので、ヴェルディが改訂の対象にしたのでしょう。ヴェルディは演劇人でした。これらの作品で重要なのは登場人物たちの行動や演劇的な筋であり、音楽の使い方も当時の考え方からすると実験的な部分があったのです。ですからヴェルディの後期の作風に書き直されることにより、ドラマと音楽が一致した傑作になったのだと思います。



― シモン役を歌う難しさはどこにありますか?



フロンターリ この役にはベルカントと、台詞を強調して演劇的に歌う、二つの技術が必要です。例えば父と娘の二重唱などでは、力まずに息に歌声をのせて歌うベルカントの歌唱法が必要となりますし、第2幕の大勢の前で演説をするような場面では、それに相応しいドラマティックな演唱の仕方があります。この後のイタリア・オペラで主流になっていく新しい表現です。ですから難しさは、この二つを主人公の心理表現としてどう使い分けるかにあると思います。



作品に込められた平和へのメッセージは今こそ重要なもの



― これまで様々な歌劇場でシモン役を歌ってきて、何か新たに得たことはありましたか?



フロンターリ 年とともに肉体は変化しますし、演技も変わっていきます。今では、より成熟していることを願っています。私は同じ役を新たに歌う時、いつも一から勉強し直すことにしています。毎回、テキストを読み、原作を調べて新しい発見を探します。『シモン・ボッカネグラ』は『イル・トロヴァトーレ』と同じ、スペインの劇作家グティエレスの戯曲が元になっています。ヴェルディが、台本作家ボーイトや音楽出版社リコルディと交わした書簡にも、作品の解釈や演出の指示などが書かれているので参考になります。それから楽譜にあたり、ピアニストと一緒に全体のおさらいをするのです。年齢によってできることできないことがあり、新たに習得する技術もあるわけです。



―『シモン・ボッカネグラ』の音楽の魅力を教えていただけますか? このオペラには"海"を感じさせるところがあるように思うのですがいかがでしょう?



フロンターリ "海"は確かに存在していますね。ヴェルディは音を描写的に使うことがあります。波が打ち寄せる様を表現したり、アメーリア登場のアリアでは小鳥たちのさえずりが聞こえたりします。アドルノ(テノール)にも良いアリアがありますし、アメーリアの祖父フィエスコ(バス)がプロローグで歌うアリアも名曲です。第2幕の議会の場はスペクタクルな大場面となっています。シモンに関していえば、毒を盛られた後の音楽と、シモンとフィエスコの最後の会話は重要です。しかし一番重要なことは、『シモン・ボッカネグラ』においてヴェルディは音楽をドラマの表現に使っているということです。



― 今回は大野和士オペラ芸術監督の指揮と、ピエール・オーディ演出による新制作となります。期待するところはありますか?


新国立劇場『リゴレット』(2023年5月)より

フロンターリ 歌手は演奏者ですから、自分なりの人物像を作り上げた後は、指揮者や演出家との共同作業により、彼らの考えを受け入れて発展させていくことになります。チームワークで作り上げていくのが醍醐味なのです。大野さんとはかなり昔にコンサートで一度ご一緒して以来となりますし、オーディさんとはフランスで一度『リゴレット』をやりました。彼らとの再会が楽しみです。



― 新国立劇場の観客へのメッセージをお願いいたします。



フロンターリ 『リゴレット』に来てくださった方も来られなかった方も『シモン・ボッカネグラ』でお待ちしています。古い時代の中に現代に通じるストーリーがあり、特に近年の緊張した世界情勢においては、この作品に込められている平和のメッセージは重要なものだと思うのです。そしてヴェルディの音楽は、一音たりとも無駄がない素晴らしいものです。どうぞ観にいらしてください。



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