オペラ公演関連ニュース

『ばらの騎士』元帥夫人役 アンネッテ・ダッシュ インタビュー


オクタヴィアンとの愛を楽しむ元帥夫人。彼女は知っている。彼がいつか本当の愛に出会い、自分のもとを去っていくことを―

ウィーン上流社会での愛のかたちを描くホフマンスタールの台本、リヒャルト・シュトラウスの優美な音楽、ジョナサン・ミラーの演出でお贈りするオペラ『ばらの騎士』。 元帥夫人を演じるのは、世界のオペラ界で今最も輝いているソプラノ、アンネッテ・ダッシュ。

2003年『ホフマン物語』、2008年「ニューイヤー・オペラパレス・ガラ」以来の新国立劇場登場となる4月の『ばらの騎士』は、元帥夫人という大役にロールデビューする舞台となる。『ばらの騎士』、そして元帥夫人役への思いをうかがった

ジ・アトレ誌1月号より

元帥夫人は最も深い意味を持つ役のひとつ


― 2008年「ニューイヤー・オペラパレス・ガラ」以来、12年ぶりの新国立劇場登場となります。新国立劇場に思い出はありますか?

ダッシュ(以下D)  「ニューイヤー・オペラパレス・ガラ」よりも、初めて新国立劇場に出演した2003年『ホフマン物語』の方がかなり長く滞在したので、いろいろな思い出があります。『ホフマン物語』はフィリップ・アルローの演出が魅力的で、神秘的な雰囲気もあり、私はすっかり魅了されてしまいました。この時歌ったアントニア役は、当時の私にはまだ新しいレパートリー。それまで主にモーツァルトやヘンデルを歌っていましたから、『ホフマン物語』の管弦楽の規模と新国立劇場の大きなオーケストラピットを見たときは心配でしたが、舞台に立ってみるととても音響が良く、気持ちよく歌えました。あの時はエリナ・ガランチャ(ニクラウス役)も一緒で、楽しい公演でした。初めての日本だったので日光や箱根に行ったり、日本食を堪能したり、とても素敵な思い出です。


2003年『ホフマン物語』より©三枝近志


― 子どもの頃は音楽に囲まれた環境だったそうですね。ご家族をご紹介ください。

D  裁判官の父、医学を学んだ母は、あるアマチュアの歌のアンサンブルで知り合って結婚したそうで、プロの音楽家ではありませんが家にはいつも音楽がありました。そんな環境で育った私は4人姉弟です。姉はベルリンの音楽大学でピアノの講師をしていますが、フランクフルトのアルテオーパーでの私の企画シリーズ「ダッシュ・サロン」のパートナーでもあります。弟の一人はクラシックとポップスのクロスオーバーの音楽をしていましたが今は止めて、学校の音楽の先生をしています。コロナ禍で大変そうですが。一番下の弟は合唱を学び、今はベルリンで合唱指揮者をしています。



― 最初はクラリネット奏者を目指していたそうですが、なぜ歌の道に?

D  オーケストラのクラリネット奏者になりたかったのですが、先生がとても厳しく、褒められることがなかったので、「私はクラリネット奏者になれるほど上手ではないんだ」と思うようになって。歌はもともと好きで、教会などでよく歌っていたものですから、歌ならクラリネットみたいに練習しなくていいし簡単だと思ってしまい、声楽の道に進むことにしたのです。歌の方が簡単だというのは大きな間違いだと後で分かりましたが(笑)。


― 母国ドイツはもちろん、世界中の劇場や音楽祭で観客を魅了しているダッシュさんですが、その美しい声はどのように磨いていったのでしょうか。

D  歌手はアスリートに似ていて、歌うたびに「次はもっと良く歌いたい」と思うもの。そのために新しいことを試みたりして、さらに声を発展させたいといつも思っています。女性は身体も変わっていきます。妊娠や年齢によってホルモンも変化する、そのプロセスはとても素敵だと思いますし、私はその過程で自分自身を発展させていきました。例えば10年前には元帥夫人役はまだ歌えませんでしたから。



― 4月の公演は元帥夫人役のロールデビューとなるのですね。元帥夫人をどんな役だと捉えていますか?

D  元帥夫人役は、オペラのレパートリーの中で最も重要かつ最も深い意味を持つ役のひとつだと思っています。作品の中で年齢を重ねて変化していき、愛を諦めるようになるのですから。ひとりの女性の人生の過程を体現しているようでもありますが、とても強さが感じられます。シュトラウスが書いた素晴らしい音楽は、元帥夫人の気持ちを強く共感させるものです。この音楽を舞台で上演することは特別なことです。



― 『ばらの騎士』の台本にはホフマンスタールによる珠玉の言葉が詰まっています。そのなかでダッシュさんが最も好きな言葉を教えてください。

D  いろいろあるのですが、ひとつ選ぶとすると、第1幕の最後に元帥夫人が「......私がプラーター公園に行くかどうか......」と話すところです。たぶん彼女はよくプラーターに出かけていたのでしょうが、ここの音楽がとても美しく哀愁を帯びてウィーン風なのです。「私はプラーターに行く」と言い出す前に、「教会に行き、伯父を訪問し......」と話す、この女性の気持ちが良く分かります。私自身、今ウィーンに住んでいて、プラーターに子どもたちを連れて遊びにいきますが、この言葉の情景は、女性として胸に迫る、とても好きなシーンです。



三重唱で大事なことは室内楽のように聴き合うこと


アンネッテ・ダッシュ

―元帥夫人は第2幕には登場せず、第1幕と第3幕の終わりに登場します。オペラ冒頭と終幕という時の隔たりで、元帥夫人の内面に変化があると思いますか?

D  もちろん。幕開けは、若い女の子のように、きっとコルセットも付けず、もしかしたら裸でオクタヴィアンと戯れています。しかし時が流れ、自分の社会的立場を思い起こし、それを守ろうとします。第3幕での彼女は毅然としていて、自分の愛を諦め、若い愛を認め、時の経過による自分の年齢を受け入れようとします。これは女性として大変かつ勇気のいることです。少女から女性へと魅力が開花し、時の移ろいで美貌も衰え、男性からの見られ方も変わるという女のプロセスを、オペラの中で元帥夫人は辿っているのです。


―『ばらの騎士』最大の聴かせどころといえば第3幕の元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーによる三重唱です。これを歌うにあたって心掛けていることは?

D  まず、この三重唱の音楽は本当に天才的です。大切なのは、室内楽のように他の二人の歌を良く聴くこと。自分が正しく歌うのは当然ですが、相手とのバランスが大切ですから、たくさんリハーサルをすることが大事です。実際とても難しいのですが、音楽的な難しさと闘うのではなく、感情の高まりの表現として客席に届けられるように、と願っています。


― DVD化されている、ファウストの恋人グレートヒェンを歌ったシューベルト、シューマン、ベルリオーズなどの作品を集めた『グレートヒェンフラーゲ』(2011年、ミュンヘン)や、フランクフルトで現在も開催している「ダッシュ・サロン(Annettes DaschSalon)」シリーズなど、アイデアに富んだ公演をいくつも企画され、話題を呼んでいます。その企画力の源泉は何でしょうか。

D  頭の中に常にいろいろなアイデアがあるのですよ。コンサートの休憩中、散歩中、絵画鑑賞中など、ちょっとしたときにアイデアが湧いてきます。他にも新しい企画があるのですが、話せる範囲で言いますと、美しい言葉が連なるホフマンスタールの詩『早春 Vorfrühling』に触発されて新たなアイデアが生まれています。日本語訳があるかもしれないのでぜひ皆様にも読んでいただきたいです。


―最後に、日本のオペラ・ファンにメッセージを。

D  私が長いこと歌うのを待って、温めていた元帥夫人役で新国立劇場から招かれて感謝していますし、とても嬉しいです。オペラをよくご存じで、心から感動してくださる日本のオペラ・ファンの皆様と、東京で再びお会いできることを楽しみにしています。ぜひ劇場にいらしてください!




◆『ばらの騎士』公演情報はこちら

◆ チケットのお求めはこちら