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『蝶々夫人』スズキ役 但馬由香インタビュー
ピンカートンの愛を信じて、帰りを待ち続ける蝶々さん。その健気な心と悲しい結末、そして美しい音楽が涙を誘う、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』。
どんなときも蝶々さんの味方となり、静かに支えるスズキを演じるのは、但馬由香だ。約半年にわたる公演中止を経てオペラ公演再開となった2020/2021シーズン開幕公演『夏の夜の夢』のハーミア役で 、センセーショナルに新国立劇場デビューを果たしてから約1年。
これまでを振り返り、『蝶々夫人』への思いを語る。
インタビュアー◎柴辻純子(音楽評論家)
ジ・アトレ誌12月号より
「花の二重唱」は美しい音楽に乗って華やかに喜びを表現したい

― 2020/2021シーズン開幕公演『夏の夜の夢』のハーミア役で、新国立劇場にデビューされました。
但馬 もともとカヴァーのお話はいただいていましたが、公演自体どうなるかという状況で、まさか自分が起用されるとは思っていなくて、出演依頼のメールをいただいたとき、自宅のリビングで腰が砕けました。腰砕けってこういうこと というくらいストンと床にへたり込んでしまいました。ブリテンはもちろん英語のオペラも、英語の歌もあまり歌ったことがなく、未知の世界でしたが、逆にまっさらな気持ちで挑むことができました。間違えても恥ずかしがらずに飛び込んで、どんどん直してもらおうという心持ちが良かったかと思います。歌う前は不安もありましたが、口の捌き方は、イタリア語とは全然違うものの、舌の動かし方はフランス語に近いように感じ、思ったほど抵抗なく入れました。アリアはなくてもいつも対話があり、言葉が常に紡がれていて途切れないんです。音楽が身体に入るまでは大変でしたけれど、入ってからは流れにのれました。不協和音も、最初は「なぜここでぶつかるんだろう」と思いましたが、それも次第に心地良くなりました。
妖精パックの魔法で男女2組が混乱させられ、私を含む4人が仲良く(!)喧嘩するのですが、当時は、いま以上にソーシャルディスタンスが厳しく、歌手同士は近づけなくて......。けれども、心の中で手をつないでいる感覚でした。互いの意識は向き合い、普段よりも集中してハーモニーを作り上げることができました。
― そして、今度は『蝶々夫人』スズキ役でご出演されます。スズキとはどのような女性でしょうか。
但馬 このオファーも『夏の夜の夢』と同じくリビングにいるときに連絡をいただき、またヘナヘナと......(笑)。自分が出演するなんて思ってもみなかったことですから、本当にびっくりしましたし、とても嬉しいです。スズキという女性は、演出による部分もありますが、2通りの心情があると思います。蝶々さんを子どものときから見ていて、彼女に対する同情心や忠誠心が強い面と、3年後を描く第2幕からは少し変化し、現実を直視できない彼女に対してちょっと客観的に見てしまい、やるせない嘆きの思いもあると考えています。

― 第2幕で蝶々さんとスズキが歌う「花の二重唱」はどのような気持ちで歌われるのでしょうか。
但馬 スズキも半信半疑でしたがピンカートンが帰ってきた、その喜びの感情を、蝶々さんと一緒に花咲くような感覚で歌い、彼女に寄り添っていきたいです。第2幕は悲しいシーンが折り重なっていくこのオペラにおいて、この「花の二重唱」は唯一幸せなひとときなので、プッチーニの美しい音楽に乗って華やかに喜びを表現したいですし、私自身大好きな曲なので大切に歌いたいと思っています。
役との出会いによってあらわれる未知の自分
―ところで、但馬さんは大分県のご出身ですが、声楽はどのようなきっかけで始められたのですか。
但馬 親戚が団長をしていた関係で、地元の少年少女合唱団に10歳で入団しました。子どもの合唱なので、ソプラノ、メゾソプラノ、アルトとなんでも歌い、中学三年からレッスンに通って声楽の勉強を始めました。武蔵野音楽大学・大学院ではソプラノでしたが、大学卒業直前の学生オペラで『ウィンザーの陽気な女房たち』を日本語で上演することになり、フルート夫人役のオーディションを受けたら落ちてしまって。残った役がライヒ夫人だけで、メゾの役なので迷いましたが、「大学時代の最後の舞台だから」と思って歌ったのがメゾに興味をもったきっかけです。ロッシーニも好きでしたし、藤原歌劇団に入団したときメゾソプラノに転向しました。
藤原歌劇団では様々な役を演じることで、自分の引き出しを増やしてもらいました。新人の頃に演じた『椿姫』のアンニーナでは"静"の演技をみっちり指導されました。"静"の役ということでは、スズキに通じるところがありますね。2008年に(アルベルト・)ゼッダ先生の指揮で『泥棒かささぎ』のピッポを歌ったときも絞られました。それまでケルビーノなどを歌ってきましたが、青年役の演技について自分が思い込んでいたものを外すのが大変で。でもそのときの経験は、いまでも活きています。ゼッダ先生は本当に素晴らしくて、指揮する手から金粉が出ているように私には見えたんですよ。オーケストラからも幸せなオーラが出て、輝いていました。ロッシーニは、技術は絶対だけれどそれだけにならず、人間性を入れなければいけない、というのもゼッダ先生の教えです。まだ全然できていないですが、そうした教えは一生の財産だと思います。
ロッシーニなど軽めの声の役から始めましたが、ここ数年でレパートリーが変わってきました。スズキも歌い始めたばかりで、2019年の藤原歌劇団の公演が初めてです。今年の夏は、新国立劇場の『カルメン』のメルセデスを初めて歌い、本公演はカヴァーで入り、高校生のためのオペラ鑑賞教室とびわ湖公演に出演させていただきました。ブリテンのときもそうでしたが、自分が考えている枠の外にある役に取り組むと、想像していなかったものが自分の中から出てくるので、役との出会いは本当に面白いですね。

―声のコンディションを保つために大切にされていることはありますか。コロナ禍ではどのように過ごされていたのでしょうか。
但馬 メンタル的にニュートラルでいられるように気持ちを整えることを心がけています。それから幸せな気分でいることも。突き詰めていくとき、悲観的なモードで進むのではなく、幸せな感覚でいる方を選択するようにしています。コロナの影響ですべての活動が止まったときも、もうダメだとは思わず、発声練習や、「ひとりロッシーニ・マラソン」をしていました(笑)。今日は『セビリアの理髪師』から、明日は『チェネレントラ』、明後日は『アルジェのイタリア女』とオペラの1幕を1日1回歌っていました。完走したところは誰も見ていないですけれど(苦笑)、自分なりに歌と向き合う時間をもったことで、より歌うことに集中できるようになりました。
― 最後に、公演に向けての抱負をお願いします。
但馬 新国立劇場の舞台に立つのは私の長年の夢でした。2019年に『セビリアの理髪師』のロジーナ役にカヴァーで入ったとき、稽古で初めて舞台に立って見た客席の景色は忘れられません。その後、コロナ以前には考えられなかったことが次々起こりました。今回のスズキも、もっと若い頃だったら気持ちがついていかなかったかもしれないので、本当に良いタイミングでお話をいただけたと思います。劇場5階の情報センター閲覧室で開催されている「オペラ『蝶々夫人』初演時の衣裳・小道具デザイン原画展」をちょうど観てきたところですが、展示資料が多く、とても参考になりました。
『蝶々夫人』は、新国立劇場で最も上演回数が多い演目と聞いていますし、日本人がすごく愛しているオペラです。栗山民也さん演出の舞台は初めてですが、そのときの自分が感じるベストを尽くして、私なりのスズキを演じていきたいと思っています。
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