オペラ公演関連ニュース

『チェネレントラ』アンジェリーナ役 脇園彩インタビュー


2021/2022シーズンのオペラのオープニングはロッシーニ『チェネレントラ』。

日本を代表するイタリア・オペラの演出家・粟國淳、世界のロッシーニ歌いたちが集う期待の新制作だ。

なかでも注目は、主役アンジェリーナを歌う脇園彩。イタリアを拠点にロッシーニのオペラで大活躍する彼女にとって、アンジェリーナはとても大切な役だという。 『チェネレントラ』の魅力、そして今回の新制作への思いを語る。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌9月号より



アンジェリーナ役を通して学んだ信じ抜くことの大切さと尊さ

― イタリアの最近の状況を教えてください。イタリアの歌劇場の現状と、そして脇園さんご自身の近況はいかがでしょうか?

脇園 イタリアでは長いあいだ閉鎖していた劇場が今年の春頃からようやく動き始めました。ただ、この一年間に出演予定だったアーティストとの契約を新しい上演で消化しなくてはならず、また演目もあまり冒険できなくなっているようです。私自身はちょうどレパートリーを切り替えていたところでしたが、新しいオーディションがほとんどない時期が続きました。幸いそちらも動き始め、年末からドイツの歌劇場で『ナブッコ』フェネーナ役が決まるなど、少しずつ歌えるようになってきました。このような状態はおそらくあと1、2年は続くと思いますので、せっかくできた時間にじっくりと新しいレパートリーを勉強しています。具体的に言えばベルカント・オペラと呼ばれる作品、ベッリーニ『ノルマ』のアダルジーザやドニゼッティの"女王3部作"などです。




『フィガロの結婚』2021年公演より

― これまでと比べると、よりドラマチックな表現が必要となってくる役ですね。そういえば、今年2月に新国立劇場に出演された『フィガロの結婚』ケルビーノ役は素晴らしかったです。軽やかで、時にメランコリックで、そして少年というよりはすでに青年らしい色気を感じました。

脇園 私はけっこう身体も大きいですし、今の私ならではのケルビーノを演じるにはどうしたら一番いいかと考えて、少し成熟した部分を出してみました。ロメオ役などに近い感じで、自分の中で自然に生まれたケルビーノ像だったと思います。



― 10月のシーズン開幕公演についてうかがいます。ロッシーニ『チェネレントラ』はプリマドンナ・オペラでもあり、主人公のアンジェリーナ(チェネレントラ)は演技も歌唱も高度なものが要求される役です。『チェネレントラ』はすでにイタリアでも歌っていらっしゃいますね。

脇園 初めて歌ったのは2014年で、ミラノ・スカラ座の『子供のためのチェネレントラ』という公演でした。これは子供のために1時間ほどに短くしたとても良くできたプロダクションです。その後、ヴェローナ、サッサリなどでも『チェネレントラ』を歌っています。日本では大阪国際フェスティバルで一度だけ歌う機会がありました。アンジェリーナは私にとってとても大切な役で、この役を通して学んだことは本当に大きいです。信じ抜くことの大切さと尊さを教えてくれるといいますか。彼女はずっと大変な状況に置かれていましたが、愛によって自分の運命を劇的に変えていきます。どんな悪条件におかれても、自分の選択によってそれを変えることができるといっている作品だと思います。



― 粟國淳さん新演出の『チェネレントラ』はチネチッタを舞台に、往年の名画へのオマージュがいろいろと出てくるようです。チェネレントラとラミーロ王子が出会う場面は映画『ラ・ラ・ランド』の世界に近いとおっしゃっていたのが印象的でした。

脇園 少し前にローマに行って『チェネレントラ』の美術・衣裳を担当するアレッサンドロ・チャンマルーギ氏にお会いしてきました。アトリエで衣裳合わせもしましたが本当に可愛いんです 彼とはイタリアの喜劇役者トトや、往年のハリウッド映画など、好みがとても似ていて話がはずみました。『チェネレントラ』のデザイン画を見せてくださいましたが、まるで小さな頃から憧れていた世界が具現化したようで。アンジェリーナの衣裳は『麗しのサブリナ』のオードリー・ヘップバーンを思わせるものです。

― 粟國さんとは、脇園さんが東京藝術大学で『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラ役を歌った時以来だそうですが。

脇園 そうなんです 大学院の公演で私のオペラ・デビューでした。粟國さんは藝大の講師をされていたので私にとっては先生なんです。粟國さんからは役を生きるということ、役を生きるテクニックを教わりました。オペラの登場人物は、その一挙手一投足が音と連動しているのだということを、時間をかけて一つひとつ分析して教えてくださったのです。それはつまりオペラの言葉と音楽という基本に忠実だということで、イタリア式のスタイルでもあると思います。今回のコラボレーションはすごく楽しみです。




明日もまた前を向いて生きていこう

そんなエネルギーを共有できたら




脇園 彩

― 『チェネレントラ』の見どころ、聴きどころをご紹介いただけますか?

脇園 もっとも注目していただきたいのは第1幕フィナーレでしょうか。アリドーロによって変身をとげたチェネレントラが宮殿に登場し、このベールを被った女性は一体誰だろう?となったところでの彼女の第一声は「私は気まぐれな幸運の女神の贈り物を軽蔑します。私と結婚なさりたい方には、尊敬、愛、善良さを望みます」。この場面はロッシーニの音楽も超絶技巧で書かれています。彼女のキャラクターにとってこの宣言がどれほど大切なものなのかを表現しているのです。1817年に書かれた作品における女性の台詞としては驚くべきものがあると思います。

 もうひとつは、チェネレントラがラミーロ王子と出会うシーンです。それまでの彼女は愛情に触れたことがなかったけれど、彼と出会って初めて愛を知ります。そしてこの愛を選びたい、と願ったことが彼女のターニングポイントになるのですが、二人の出会いとその後に続く魔法のような二重唱があり、それは世界で一番美しい二重唱だと思います。



― オペラの最後にアンジェリーナが歌うロンド形式のアリアはこのオペラの聴きどころですが、『セビリアの理髪師』でアルマヴィーヴァ伯爵のために書かれたアリアの転用ですね。

脇園 音楽は確かにほぼ共通していますが、『セビリアの理髪師』という作品の持っているエネルギーは『チェネレントラ』とはまた違ったもので、だからアリアの表現している内容も違うと思っています。伯爵のアリアがロジーナを手に入れた勝利の喜びだとすると、『チェネレントラ』のロンドは、このオペラの原題の一部にもなっているように、同じ勝利でも〈善良さの勝利〉なのです。アリアの前にある「私の復讐は彼らを許すことです」という言葉も、過去に起こった理不尽なことを前へ進む糧にして、新しい人生を歩んでいく彼女の決意を感じさせます。



― 最後に『チェネレントラ』公演への抱負をお願いします。

脇園 今回の舞台ではずっと一緒に仕事をしたいと思っていた粟國淳さんの演出で歌えることが楽しみです。私自身が大ファンでもあるアレッサンドロ・コルベッリさんという稀有なアーティストと共演できるのも信じられない思いです。チャンマルーギさんの舞台は私が小さい頃から夢見ていた世界が実現するような美しさです。この幸せを噛み締めつつ、夢は信じ続けていたら本当に叶うということを体現してお伝えできたらと願っています。この時期は辛いことも多いと思いますが、明日もまた前を向いて生きていこうと思えるエネルギーを、皆さんと共有できたらそれ以上の喜びはありません。






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