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『こうもり』イーダ役 平井香織インタビュー


愉快ないたずらとウィンナ・ワルツで笑顔になる『こうもり』。

オルロフスキー公爵邸の夜会を賑やかに盛り上げるアデーレの姉イーダを演じるのは、新シーズン開幕公演『夏の夜の夢』で妖精の女王タイターニアを演じた平井香織だ。これまで新国立劇場でさまざまな役を演じている彼女にとって、コロナ禍で上演したオール日本人キャストによる『夏の夜の夢』はどのような公演だったのだろう。オペラパレスで8か月ぶりのオペラ上演となった『夏の夜の夢』の舞台裏について、そして年末の『こうもり』についてうかがった。

インタビュアー◎柴辻純子(音楽評論家)

ジ・アトレ誌12月号より

希望だけが最後に残る
貴重な経験でした


『夏の夜の夢』2020年公演より

――自粛後初めての新国立劇場オペラ公演として邦人キャストによる上演となったシーズン開幕の『夏の夜の夢』で、平井さんは妖精の女王タイターニア役を演じられました。

平井 妖精の女王なので、気位の高い凛とした雰囲気なのかと思っていたら、妖精王オーベロンの策略にはまってロバに恋をしてしまったり。全体に軽やかで楽しく演じさせていただきました。

 『夏の夜の夢』は、敵役を殺したり、誰かが不幸になったりすることがなく、悪者がひとりも出て来ません。偶然とはいえ、劇場が再開する最初の作品に、これほどぴったりの演目はないと思いました。子どもたちの歌声で魔法にかけられたように始まって、子どもたちの合唱で終わる。第3幕の最後の合唱で、藤木大地さんが演じるオーベロンに「この館に明かりを灯せ」という台詞があるのですが、舞台稽古のとき、藤木さんがぼそっと「新国立劇場に明かりを灯せ、と歌っているようでこみ上げるものがあった」と言われて、本当にそうだなと思いました。全部がぴったり重なって、希望だけが最後に残る貴重な経験でした。



――オーベロン役は、カウンターテナーが演じますが、藤木さんとの共演はいかがでしたか。

平井 カウンターテナーの方と声を合わせるのは初めてでしたが、フランスのバロック音楽が好きでよく聴きますし、実は、カウンターテナー大好きなんですよ(笑)。一緒に歌うと、アルト歌手とも聴こえ方が違い、ものすごく色気を感じます。男性でありながら女性の声のトーンで、さらに藤木さんの声の独特のフォーム、彼ならではの空気感があって、良い意味で影響されて、同じ空気感を出したいと思いました。テノールやバリトンでは作れない摩訶不思議の世界。妖精界の夫婦を、コロラトゥーラの女声とカウンターテナーにしたのは、完全にブリテンの作戦勝ちですね。とても楽しかったです。



――ニューノーマル時代の新演出ということでしたが、演出家のレア・ハウスマンさんとは、どのように進められたのでしょうか。

平井 ソーシャルディスタンスを守るために、舞台上が細かく区切られ、この縦の列とそこの横の列の交わったところに立って歌う、そのとき相手役の顔はここで、とすべて決められていました。レアさんには、立ち稽古の動画を送って指示を受けたり、レアさんと、パック役で出演予定だった方と東京の3カ所で中継をつないで稽古をして、遠隔操作で演出をつけてもらいました。舞台上の安全が最優先ですが、それを守っているうちに、相手が歌っていないときなど、自由に動けることがわかり、徐々に自発的な動きがつき、自然な演技になっていったと思います。

 一番すごかったのは妖精役の子どもたちで、彼らは大人以上に動きが厳しく決められ、それをきちんと守っていました。本番で子どもたちの姿がちらっと目に入ると、それぞれが自分の演技をして、舞台を重ねるうちにどんどん成長していくんですね。実は、私の誕生日と公演が重なった日があって、今日はタイターニアさんのお誕生日だから「ハッピーバースデー」を歌いたいと言って、自分たちでハーモニーの練習をして歌ってくれたんですよ。本当に天使の歌声で......。感動して涙がこぼれそうでしたが、舞台メイクが落ちないように必死にこらえました。



――長い自粛期間でしたが、声のコンディションはどのように保たれていたのですか。

平井 最初は、本番が次々と中止・延期になって、手帳の予定を消してはがっかりしていました。ただ、暗譜しなければ、歌い込まなければ、譜読みをしなければということから解放されて、毎日決まった時間にゆっくり声を出し、仕事のためではなく、いま歌いたい曲を歌っていました。生活のことを考えると大変なんですけど、一度立ち止まることで、自分の心と身体が整えられ、気持ちもクリアになり、声も良い状態を保つことができたと思います。



1年を締めくくる『こうもり』
出演者の個性を楽しんで

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平井香織

――平井さんは、これまで新国立劇場の舞台に数多く出演されていますが、一番印象に残っている作品を挙げるとしたら?

平井 「トーキョーリング」(『ニーベルングの指環』四部作)ですね。強烈な経験でした。2002年の『ワルキューレ』のヘルムヴィーゲと04年の『神々の黄昏』のヴォークリンデ、そして09年の再演では『ラインの黄金』のヴォークリンデも含めて3作品に出演しました。新国立劇場の舞台に初めて立ったのが、それまで歌ったことのないワーグナー。しかも、ものすごく注目されていた「トーキョーリング」だったので、ブーイングされたらどうしようと、プレッシャーに押しつぶされそうでした。

 キース・ウォーナーの演出は、最初から全部作られていて、細かく指示が出されました。高音を出しながら走って、ストレッチャーを押して扉を開ける?どう考えても間に合わないのだけど(笑)。その余裕のなさが、歌い手の鎧のようなものを外してくれて、私のなかでオペラでの演技の仕方ががらりと変わりました。さらに、この舞台を経験したことで、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスといったドイツもので声がかかるようになり、歌手としての方向性を決めてくれたプロダクションとなりました。

――いまや、ワーグナーのオペラに欠かせない歌手となられた平井さんですが、歌うようになったきっかけは?

平井 もともと軽い声で、それまで今回のタイターニアのようなコロラトゥーラの役を歌っていました。2001年に準・メルクルさんの指揮で響定期公演のヘンツェのオペラ『ヴィーナスとアドニス』に出演した際、現代もので強い声を要求される役だったので、1年ほどかけて声を作り直しました。その直後に、新国立劇場の『ジークフリート』森の小鳥役の指名オーディションを受けたところ、それよりも重い声となる『ワルキューレ』のヘルムヴィーゲ役でと言われました。そのときは、それがどんな役なのかよくわからないまま引き受けてしまいましたが、そこからまた1年かけて、しっかりした声とスピード感が出せるように鍛えました。自分の声も大きく変わり、このオーディションがなければ、歌手としてのキャリアも全く違う方向になっていたと思います。



――そして年末には『こうもり』に、2009年、2011年に続いてイーダ役で出演されますね。

平井 『こうもり』は、大人が繰り広げるハチャメチャな物語で、序曲が終わって幕が開いたら、キャラクターの濃い登場人物が次々現れます。舞台上はバタバタするけれども、そこはウィーンのお洒落なところで、なぜか本当のドタバタにはならないんです。イーダ役は、歌より台詞が多くて、毎回試行錯誤しています。ツェドニク演出では過去2回出演しましたが、出演者が変わると「こんなに!」というくらい全然雰囲気が違うんですよ。オーソドックスな舞台ですが、舞台に立った歌手たちの色が出ます。言い換えれば、それを引き出すための演出や装置なので、出演者の個性を楽しんでいただきたいです。今年は大変な1年でしたが、『こうもり』で締めくくるというのも、これも出来すぎのような気がしますね。





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