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『アルマゲドンの夢』演出家 リディア・シュタイアー インタビュー


この世界は夢か現実か......?

新国立劇場が世界へ発信する創作委嘱作品、藤倉大の新作オペラ『アルマゲドンの夢』。 11月の世界初演に向けて、歌手・スタッフは新国立劇場に集結し、ただ今リハーサルが進行中だ。演出を手がけるのは、2018年ザルツブルク音楽祭『魔笛』で話題をさらったリディア・シュタイアー。今世界中から熱い視線を集める演出家である彼女が、H.G.ウェルズのSF短編小説の世界を舞台でどのように描くのだろう。

『アルマゲドンの夢』について、そして藤倉大とのコラボレーションについて語る。

インタビュー◎後藤菜穂子(音楽ライター)

ジ・アトレ誌11月号より


今の世の中こそが「アルマゲドン」です

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リディア・シュタイアー



――シュタイアーさんは、これまでに新作オペラの世界初演を何作も手がけていらっしゃいます。レパートリー作品を演出するのとどんな点が異なりますか?

シュタイアー 私自身、もともと音楽大学で声楽を学んだ経緯もあり、作曲家の知り合いも多く、ずっと現代音楽に関わってきました。新作オペラの問題は、初演はされても再演されないものが少なくないということです。したがって、私自身が新作オペラを演出するときは、わかりやすい展開と、観客を強く惹きつけるような舞台を心がけています。なぜなら、初演後も作品が長く生き続けてほしいと強く願っているからです。ぜひ『アルマゲドンの夢』も多くの歌劇場の関係者たちに観てもらいたいと思っています。



――藤倉大の『アルマゲドンの夢』はシュタイアーさんにとってどのような作品ですか?

シュタイアー まさに今、ものすごくタイムリーなオペラです。すなわち、世界が崩壊していく物語です。この作品について藤倉さんと相談し始めた2017年には、世の中がこれほどまでこのオペラを上演するのにふさわしい時代になるとは想像していませんでしたが、今の世の中こそが「アルマゲドン」であると私は考えています。

 藤倉さんの音楽語法はとても抒情的で歌いやすく、歌手たちにも好まれています。ドラマとしても見事に創られており、観客の皆さんは現代音楽について特別な知識を持っていなくても、たちまち音楽に入り込み、心動かされることでしょう。



――シュタイアーさんは、藤倉氏と知り合う前から、彼の音楽に親しんでいたそうですね。彼の音楽についてどんな印象を抱いていましたか?

シュタイアー 私の音大時代の仲間であるフルート奏者のクレア・チェイスが、藤倉さんの音楽にとても入れ込んでいたので、15年ほど前から彼の音楽に親しんでいました。当初の印象としては、なじみのあるものと未知なものが巧みに組み合わされた音楽だと思いました。どこか懐かしく心に響くのに、驚くほど新鮮な音楽なのです。それから何年かして、藤倉さんとようやくお会いできたのですが、そのときに、「もしオペラを作曲することがあったら私のことを思い出してね!」と伝えたことを覚えています。



――そうしたら数年後に本当に連絡があったわけですね。

シュタイアー そうなんです。お話をいただいたときは、嬉しさのあまり小躍りしました(笑)。でも、その後題材が『アルマゲドンの夢』に決まったと聞き、原作の短編小説を読んだら、2つの違う時代を行き来する内容で、映画向きだろうけれど、これを舞台化するのは至難の業だと思い至り、今度は青くなりました。でも、最終的にはうまい解決法にたどりつけたと思います。



――シュタイアーさんは、H.G.ウェルズの小説には親しんでいましたか?

シュタイアー 母がSF小説の愛読者だったので、その影響で名作には親しんでいましたが、さすがに初期の短編小説は読んだことがありませんでした。



――藤倉氏が作曲を開始する前からコラボレーションは始まっていたのですか?

シュタイアー はい。まずハリー・ロスさんの台本の草稿ができ上がった時点で、送ってもらいました。その後、何度か台本の書き直しがあり、それが完成してからは藤倉さんが記録的な速さで作曲に取りかかりました。音楽が仕上がった時点で、3人でロンドンに集まり、最初から最後まで楽譜に目を通して、いくらかの調整を行いました。それはとてもクリエイティブな作業でした。



「義務」と「欲望」の葛藤
個人の享楽を優先した結末は......

『アルマゲドンの夢』稽古場風景より

――今回の演出のコンセプトについて、可能な範囲でご紹介いただけますか?

シュタイアー 『アルマゲドンの夢』は2つの世界で進行します。ひとつは列車の中の世界で、偶然乗り合わせた乗客のクーパー(ピーター・タンジッツ)とフォートナム(セス・カリコ)が会話を始め、クーパーが毎晩見る恐ろしい夢について語り、フォートナムが聞き役になります。もうひとつは、そのクーパーの夢の中の恐ろしい世界です。したがって、私たちがまず決めなければならなかったのは、この2つの世界をどこに/いつの時代に設定するかということでした。その結果、夢の世界は空想上の現代、そして列車のシーンはその50年前という設定にしました。

 このストーリーにおける重要な問いは、「夢の世界は、本当に夢なのか」という点です。そしてオペラ版では、それは夢ではないということが明らかにされます。台本を担当したロスさんは、この物語を漠然とした未来の話にするのではなく、むしろ現代に生きる私たちの個人の道徳的責任という話にシフトさせました。主人公のクーパーは世の中を変える力を持っているのに、美しい妻ベラ(ジェシカ・アゾーディ)との享楽的生活にふけっていたいわけです。すなわち、「義務と欲望」という、まさにオペラにおける伝統的な葛藤がテーマなのです。公の利益よりも個人の享楽を優先することで、どんな結末が待っているのか。これこそがまさしく演出の中核をなしています。



――原作に比べて、ベラのキャラクターがより前面に出ているように思いますが?

シュタイアー そうですね。原作もオペラも独裁主義への転落の物語ですが、オペラの中ではベラは自分の家族がそうしたグループとの関わりがあるという設定になっていて、原作よりも複雑なキャラクターとして描かれます。



――制作チームの皆さんをご紹介ください。

シュタイアー 本作の制作陣は、2016年にバーゼル歌劇場で上演されたシュトックハウゼンの「光」から『木曜日』のチームと同じです。いちばん付き合いが長いのは、衣裳のウルズラ・クドルナで、彼女は真のオリジナリティをもった天才的な衣裳デザイナーです。舞台美術のバルバラ・エーネスも想像力豊かな人物で、今回は鏡やスクリーンを駆使して、見えていると思ったものがことごとく裏切られるというおもしろい舞台装置を考案してくれました。これによって、一瞬で違う場所に移動できるわけです。映像は、クリストファー・コンデックが東京滞在中に出演者を撮影し、また舞台にはライヴ・カメラもあります。今回は舞台上でのディスタンシングなど制約もありますが、その分を映像でカヴァーすることも考えています。



――最後に、3月に欧州でロックダウンが始まった時は何をされていましたか?そしてその後の外出制限期間はどのように過ごされましたか?

シュタイアー ドイツでロックダウンが発表され、すべての劇場が閉鎖されたとき、私はミュンヘンの劇場で演劇の演出をしていて、その最終通し稽古の日でした。もう初日が開けないことはわかっていましたが、それでも稽古は行い、そのまま凍結しました。いつか上演できるとよいのですが。その時点で私は妊娠8か月でしたので、5週間後には息子を出産し、ロックダウン中はひたすらおむつを替えていました!オペラのことは考えず、ひたすらバッハを聴いていましたね。バッハの音楽に救われました。本来は8月にザルツブルク音楽祭の『魔笛』の再演で現場に復帰する予定でしたが、公演が延期になってしまいました。新国立劇場の『アルマゲドンの夢』は、私たちにとってロックダウン後初めてのプロダクションになりますので、心からワクワクしています。






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