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ジェノヴァの『セビリアの理髪師』を大勝利に導いたパオロ・ボルドーニャ ――完璧な音楽性の先に表現された豊かなニュアンス


取材・文◎香原斗志(オペラ評論家)



パオロ・ボルドーニャ

 1月17日、ジェノヴァのカルロ・フェリーチェ劇場で『セビリアの理髪師』を鑑賞したが、公演直前に受けたレクチャーのおかげで、理解が深まると同時に、一歩踏み込んだ視点を得て人物模様を眺めることができた。すると音楽の聴こえ方自体、違ってくるものである。レクチャーの主はパオロ・ボルドーニャ。新国立劇場におけるこの演目で、ドン・バルトロ役を歌うイタリアのバス・バリトンだが、来日直前、ジェノヴァで同じ役を歌っていたのである。

 公演のレビューを記す前に、ボルドーニャが語った内容を紹介しておきたい。

 「私はいままでに『セビリアの理髪師』を200回は歌ってきました。2000年にフィガロ役、2005年にはバルトロ役にデビューし、2年前まで両方を歌っていましたが、いまはバルトロだけ。今後も世界中で九つの重要なプロダクションでバルトロを歌う予定です」

 そんな現代を代表するバルトロ歌いから見たとき、この役の特徴はどこにあるのか。

 「これは複雑な役です。長きにわたって歌われず、ただ喜劇的に演じればよいとされてきましたが、実際には歌うのがとても困難。まず、各音節をすばやく歌うのに高度なテクニックが必要ですが、語るように歌うので美しい響きになりにくい。そこで私は、常に喉を開けることによって響きの美しさを保っています。こうした響きをレガートにおいて作るのはやさしいのですが、音節を細かく歌う場合は困難です。しかも、語るように歌いながらレガートもこなすので、なおさら難しい。それに、そもそもバルトロは喜劇的な役ではありません。彼は愛でなくお金のためにロジーナと結婚しようとしますが、自分に理があると確信しています。インテリなのですから、愚かなように演じてはいけません。彼は医者で、兵士に対する宿舎割当免除証をもっている。当時のセビリアで兵士への宿舎提供を免除されたのはごく少数のVIPだけでした。ですから、彼の喜劇性はその内面から醸し出されるべきもので、彼の人格そのものがコミカルであってはいけないのです」


カルロ・フェリーチェ劇場公演より ©MARCELLO ORSELLI
 セビリアらしい壁面装飾で飾られた装置に、やはりこの町らしい色彩をプロジェクション・マッピングも交えて加えた美しい装置で、物語は展開した。やはり新国立劇場でアルマヴィーヴァ伯爵役を歌うルネ・バルベラが、開演直前に同役をキャンセルしたのは残念だったが、寒さに加えてこの日は天候もすぐれず、風邪をひいて大事をとったようだ。アルヴィーゼ・カゼッラーティの指揮は劇性が強調され、ロッシーニの喜劇特有の洒脱な愉悦感がもう少し欲しいところだったが、そこを埋めたのがボルドーニャ扮するバルトロだった。

 たとえば第1幕のアリア「わしのような医者に向かって」。非常に自然に聴こえるので歌唱困難であると感じにくいのだが、たしかに早口で語るように歌う部分とレガートで滑らかに歌う部分が、同質の響きによって自然につながれている。そして、底流にはVIPとしての威厳が表現されているが、さらに深いところで微妙なおかしさが醸し出されている。これは高度なテクニックに支えられた至芸であると感じ入った。

 そして第1幕フィナーレは、バルトロのキャラクターが完全にリードした。ボルドーニャの表現は非常に多彩だが、実は、常に音質が一定であり、抑えられていて過剰なところがない。ロッシーニが書いた音楽の枠にきれいに収まっており、その枠のなかで豊かなニュアンスを表している。すると、外面的に大げさに表現するよりも、はるかに深いところでバルトロの人間性が際立つのである。

 『セビリアの理髪師』の登場人物を、ロッシーニは引いた視線で眺めている。それぞれの人物を色づけせず、深く立ち入ることもしない。だから、われわれも人間模様を一歩離れて俯瞰しやすいのだが、その人間模様が上質なドラマになるためには、歌手が自身の技巧を土台にロッシーニの求める表現をこなし、その先にどれだけ多彩なニュアンスを加えられるかがカギになる。そのことをボルドーニャはあらためて教えてくれた。



カルロ・フェリーチェ劇場公演より ©MARCELLO ORSELLI
 第2幕も終始、バルトロがドラマをリードしたが、それは音楽的に高い水準が保たれた歌唱に、千変万化のニュアンスが加えられていたからにほかならない。アレッサンドロ・ルオンゴのフィガロは力強いけれど、ロッシーニの冷めた目線のなかで若干押し出しが強い。アンナリーサ・ストロッパのロジーナは、深く艶のある美声で、細かな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタも達者だが、やや感情過多の面もあった。だが、ドラマの真ん中にいるバルトロに音楽的な求心力があると、オペラは引き締まる。それは驚くべき体験であった。そして、カーテンコールはブラボーの歓声に包まれた。

 ボルドーニャに、この役を新国立劇場で歌うことへの意気込みを聞いた。

 「日本に行くのは初めてですが、日本のみなさんに教養があり、オペラをはじめクラシック音楽に精通しているのを知っています。そんな方々の前で歌うのはやさしいことではありませんが、耳の肥えたみなさんの前で自分のもつ最大限の力を発揮できるのは、とても幸せなことだと思っています。それに今回は共演陣がすばらしい。脇園彩も、フローリアン・センペイも、ルネ・バルベラも、何度も共演して、一緒に最高の舞台を創り上げてきました。そして指揮者のアントネッロ・アッレマンディがブラビッシモです。イタリア・オペラのあらゆるレパートリーに精通しているばかりか、声を愛していて、声をどう活かすべきなのか知り尽くしている。本当にすごい指揮者です」




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