『セビリアの理髪師』フィガロ役 フローリアン・センペイ インタビュー


名歌手たちの競演が楽しみな来年二月の『セビリアの理髪師』。

フィガロを演じるフローリアン・センペイは、

21歳で『魔笛』パパゲーノでボルドーニ・オペラにデビュー以来、

躍進めざましいフランス出身の若手バリトンだ。

彼が世界羽ばたくきっかけとなったのが、『セビリアの理髪師』のフィガロ。

冴え渡る技術、ブリリアントな声、ヴィヴィッドな存在感で魅せる、センペイの十八番だ。

この6月にはベルリン・ドイツ・オペラでトマ『ハムレット』(演奏会形式)の

タイトルロールに初挑戦し、オフェーリア役ディアナ・ダムラウを相手に、大成功を収めた。

その興奮が冷めやらぬ公演翌々日に『セビリアの理髪師』について、

そして、自身のこれまでとこれからについて話をうかがった。


インタビュアー◎加藤浩子(音楽評論家)


役の性格も声の面も
フィガロは自分にとても近い役


フローリアン・センペイ

――『ハムレット』の大成功おめでとうございます。『セビリアの理髪師』のフィガロを得意とするセンペイさんですが、だんだんレパートリーを広げてこられていますね。

センペイ そうですね。ドニゼッティのあまり重くない役とか、フランス・オペラとか......。『ハムレット』はベルカントとロマン派の中間にあるオペラで、今の私の声域にぴったりだと思ってオファーを受けました。演奏会形式だと演技に気を使わなくていいのでやりやすいですし。相手がダムラウさんだったのも魅力でした。音楽院時代から憧れの歌手でしたからね。

 フィガロとハムレットは、声のテクニックとしては同じなんです。長いフレーズとか、フィナーレでの繰り返しとか......。フィガロの経験は、ハムレットを歌う助けになりました。



――センペイさんにとってのフィガロ役の魅力を教えていただけますか。

センペイ 世界で一番好きな役です!役柄の性格も「声」の面でも、自分にとても近い役だと感じています。もちろん易しい役ではありませんが、私にとってはナチュラルで、完璧だと思える役なんです。

 ロッシーニやモーツァルトが歌えると、なんでも歌えると言われています。ロッシーニは、技術面には確かに難しい。ロッシーニが歌えれば、コロラトゥーラの正しい技術、歌い方が身につきます。たとえば『セビリアの理髪師』のフィガロとロジーナの二重唱で、フィガロはロジーナと同じコロラトゥーラを歌わなければいけないのですよ。大変です。

 対してモーツァルトはより感情に即しているので、音楽の内面に入っていかなければなりません。モーツァルトのオペラでは、すべての音に台本に書かれた感情が宿っているのです。その感情を正しい技術で歌うのは、これまた大変なことです。譜面はシンプルなのに、正しく歌うのは大変。人生の最後の日まで、きっと完璧には理解できないと思います。でも、歌うたびに発見がある。『魔笛』のパパゲーノを15回歌っても、そのたびに新しい発見があります。モーツァルトの音楽は、いつもフレッシュで生き生きしているんです。



――モーツァルトとロッシーニ、ひとり選ぶとしたらどちらですか?

センペイ そんなこと無理です!(笑)二人とも、私にとっては神様のような存在です。でも「心」はロッシーニにあるかもしれません。私はフランス人ですが、母方の祖母がイタリア人なので、イタリアの血も入っていますから。

 祖母の家にはピアノがあり、その上にロッシーニの胸像が置かれていました。子どもの頃、「誰なの?」と祖母に聞いたら「イタリア人の作曲家よ」と返事が返ってきたので、「じゃこの人の音楽を聴かせてよ」と頼みました。そして聴かせてもらったのが『セビリアの理髪師』と『アルジェのイタリア女』です。ロッシーニは「喜び」を音楽で表しているのだ、ということがすぐにわかりました。ロッシーニは私にとってイタリア人そのもの。家族のような存在です。イタリア人の作曲家は大勢いますが、私にとっての「イタリア人の作曲家」はロッシーニなんです。ロッシーニ同様、食べることもとても好きですしね!





アーティストは「太陽」
歓びに満ちていなければなりません

『セビリアの理髪師』リハーサル風景

――これまで師事されたなかで、重要な先生はいらっしゃいますか?

センペイ 私にとって本当の師はただひとり、マリズ・カステです。1990年代の偉大なソプラノです。リプルヌという町の高校にいた時、歌も習っていたのですが、卒業間際の最後の試験の時にボルドー音楽院で教えていた彼女が来ていて、私に言ったんです。「すぐボルドーに来なさい。そして音楽院の私のクラスに入るのです」。私はびっくりして「ええ、たぶん」と答えました。「たぶんじゃないの。来なさい!」。そして、ボルドー音楽院で勉強することになりました。今の私の「声」を作ったのはカステ先生です。



――運命の出会いだったのですね。

センペイ そうですね。でも、キャリアというのはこうして築かれるのではないでしょうか。正しい時に正しい人に出会うこと、運命、才能......。でも80%は努力です。



――あなたのハムレットを聴いて、今、世界的なヴェルディ・バリトンとして活躍しているあなたと同国のリュドヴィック・テジエのように、ヴェルディの役柄でもいずれ素晴らしい歌唱をなさるのではないかと感じたのですが。

センペイ もちろん。そういう時がくると思います。10年くらい後でしょうか。テジエはいい友人ですが、彼が初めてヴェルディを歌ったのは41、2歳の時。数百人しか入らないブザンソンの小さな劇場で『リゴレット』を歌ったそうです。正しいやり方だと思います。私の場合、ヴェルディ・デビューは『ファルスタッフ』のフォードがいいと思っています。ベルカント的で、輝かしく、リゴレットほど重くないからです。夢は『ナブッコ』のタイトルロールですね。音楽に内在するストーリーとエネルギーが素晴らしい。たぶん私にとって完璧な役柄です。

 なるべく長く歌っていたいので、レパートリーを広げることには慎重になります。新しい役にデビューする時は、何歳で、どこで、誰と、が重要です。デビューの時期を間違えると、声が疲弊してしまう。数年後に『ドン・ジョバンニ』のタイトルロールにデビューする話をエージェントとしていますが、小さな劇場で、同世代の歌手とやりたいと考えています。



――声を保つために心がけていることはありますか?

センペイ うーん、特に何もないですね。音楽、歌うこと、自然と触れること、食べること......生きる歓びを大事にすることかな。すべてつながっているので。

 舞台に立つ人間は、歓びに満たされていなければなりません。アーティストは与える側で、聴衆は受け取る側です。人生に満足していなければ、「与える」ことはできません。




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