『セビリアの理髪師』ロジーナ役 脇園 彩 インタビュー

私のロジーナが
一歩先のフェーズに進んだ理由


昨年、『ドン・ジョヴァンニ』で新国立劇場に初登場し、鍛え上げられたイタリア声と隙のない研ぎ澄まされた表現で、忘れがたいドンナ・エルヴィーラを聴かせてくれたメゾソプラノの脇園彩。今度は『セビリアの理髪師』に出演し、これまでのキャリアにおける最大の当たり役、ロジーナを披露する。脇園のロジーナは、2018年、ロッシーニ没後150年の記念イヤーに、作曲家の聖地ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでも起用された、まさに「世界標準」。しかも、その後1年半でさらに磨きがかかった、との評価がもっぱらである。なにがどう進化し、さらにどう進もうとしているのか。脇園の「最新のロジーナ像」について語ってもらった。


取材・文:香原斗志(オペラ評論家)



脇園 彩

――ペーザロで素晴らしいロジーナを聴かせてもらってから1年半。日々、歌唱を含めた芸術家としてのあり方について、見つめ直しながら努力を重ねている貴女のことだから、ロジーナもどう「成長」したのか楽しみです。

脇園 どの役もそうですが、楽譜を開くたびに、音楽的にも、演劇的にも、役の人物的にも新しい発見があります。歌い手の新たな経験がぜんぶ歌に反映されますからね。特に私の場合は、最近大きな変化があって、歌うということが、以前よりさらにクリエィティブな作業になってきました。

 オペラはいわば伝統芸能ですから、根幹にテクニックが求められます。しかし、ある方から「テクニックは手段であるべきだ」という言葉をいただきましてね。もちろん、以前からそれはわかっていたつもりですが、事あるごとにその言葉を反芻し、その意識が自分の中で確固たるものになってきた、という感覚があります。

 その結果、声を出す前から声の道が見えるというか、どういう声を出したいのか具体的にイメージし、声をここしかないという場所に持っていけることが多くなってきました。そのイメージがないと、歌に説得力が得られないんです。自分がアーティストとして、ワンステップ先のフェーズに入ってきたな、と実感しています。



――レパートリーを拡大しようと考えていると聞きましたが、一歩先に進めたという実感があるからなのですね。

脇園 今までロッシーニのブッファ(喜歌劇)とモーツァルトを中心に歌ってきましたが、当面はドニゼッティやベッリーニを歌う機会を増やそうと考えています。今31歳ですが、40歳くらいでロッシーニがイザベラ・コルブランのために書いたセリア(正歌劇)の役を歌い、最終的にはヴェルディも視野に入れたいと思っていて、そこまで見据えて、今がギアチェンジの時期だと考えていています。もちろん、ロッシーニのブッファを捨てるということではなく、より幅の広いレパートリーを行き来することで、ロジーナのような今まで慣れ親しんできた役も、より客観的に見られるようになると思うんです。そういう意味でも、新国立劇場でロジーナをどう歌うか、楽しみなんですね。



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『セビリアの理髪師』リハーサル風景

――こうして視野が広がると、ロッシーニの音楽が以前と違って聴こえてきたり、役の人物像が一段深いところで理解できたりするのではないですか。

脇園 そうですね。実は私、以前は後期ロマン派の音楽に傾倒していたこともあって、10代や20代前半のころは、そこまでロッシーニの音楽に共感していませんでした。自分の声帯が長いけどそれほど太くなく、細かいパッセージを歌うのに適していると言われ、その意味で私のキャリアにとって一番大事な作曲家なので、特別な絆は感じていました。ただ、ロッシーニの音楽への理解は浅かった。ところが、自分が人間的に成熟するのに伴って、ロッシーニのすごく引いた視線を尊敬し、共感を覚えるようになってきたんです。ロッシーニはかなり悲劇的な場面でも決して状況に入り込まず、客観的に状況を説明することで悲劇的な要素も喜劇的な要素も際立たせます。私自身も経験を重ねたことで、そうした俯瞰的な視点を尊敬できるようになりました。



――同時に、声自体も発展を遂げていると思います。1年半前にペーザロで聴いた時とくらべても、最近は明らかに声がよく飛ぶようになったと感じます。

脇園 ありがとうございます。私の声の性質は元来、クリアすぎず、それは良い面でもあるのですが、ともするとボヤッとしがちです。それに対してこのところ、マリエッラ・デヴィーア先生と一緒に、声をできるだけ前に集め、フォーカスした上で前に飛ばすという作業を重ねてきました。今も進行中で、さらに良くなると思っていますが、その際に一番大事なのは、口の中の空間を広げすぎないということです。加えて、息の量が多すぎても少なすぎてもダメで、一定量でないといけません。デヴィーア先生は、どの音の時にはどのくらいの息をどんなスピードで出すべきか、その際、口の中の空間はどのくらいの広さで、どういう形にすべきなのか、声を出す前からわかっているんですね。最初にお話しましたが、結局、自分の出したい音のイメージがどれだけ明瞭であるか、ということが非常に大事です。その点で、デヴィーア先生との作業を重ね、そこに自分の人間的な成熟も加わって、また一つ先のフェーズに行けているかな、と感じています。



――一つ先のフェーズに進んだ脇園さんの歌を、新国立劇場でいち早く味わえるとは、私たちは幸せです。

脇園 今回は共演陣も素晴らしいので、私自身、とても楽しみにしています。




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