オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World「トゥーランドット」リハーサルが始まりました

2020年夏に向けて、新国立劇場と東京文化会館が共同制作するオペラプロジェクト、<オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World>。その第1弾となる「トゥーランドット」のリハーサルがいよいよ始まりました。

演出家アレックス・オリエの来日に先行して始まったリハーサルでは、オペラ夏の祭典の総合プロデュースとしてこの企画を牽引し、「トゥーランドット」の指揮も務める大野和士新国立劇場オペラ芸術監督から出演者へ向け、<オペラ夏の祭典>が立ち上がった経緯が説明され、「トゥーランドット」にかける期待の思いが述べられました。

さらに、「トゥーランドット」はプッチーニの長いスランプの後に書かれた未完のオペラであること、第一次大戦後、リヒャルト・シュトラウスやシェーンベルクが既に活躍していた時代に書かれ、"複調"によって暗示されるキャラクターの二面性、そして殺戮の恐怖を常に暗示する不協和音といった革新的な技法を取り入れた「トゥーランドット」によって、プッチーニはようやくストラヴィンスキーらが席巻していたヨーロッパ音楽世界へ苦闘の末に足を踏みいれることとなったことを紹介し、演出家アレックス・オリエとこのチームと共に「新しい『トゥーランドット』を作りたい」と挨拶しました。

昨日はいよいよアレックス・オリエがリハーサルに参加。改めて出演者・スタッフとの顔合わせ、コンセプト説明が行われました。

顔合わせ・コンセプト説明での大野和士芸術監督、アレックス・オリエ(演出家)のコメントをご紹介します。





大野和士

大野(抄訳):この「トゥーランドット」に皆様をお迎えできることを心からうれしく思っています。

このプロダクションはまさに特別な企画です。このプロダクションは東京文化会館と新国立劇場が共同制作するもので、更にびわ湖ホールと札幌文化芸術劇場hitaruが参加します。東京都という"都"と日本の"国"が文化イベントの分野において、史上初めて共同で作業するのです。日本の名だたる4つの劇場がひとつのオペラのプロダクションを作るというのも、これまでになかったことです。この企画に参加される皆様のエネルギーと、このプロダクションへの献身的な思いに、心から期待しています。

そして、今日ここにアレックス・オリエを皆さんに紹介することができて、本当にうれしく思います。私はこれまでに彼と「さまよえるオランダ人」と「期待」(シェーンベルク)、「囚われ人」(ダラピッコラ)をリヨンで共に作っていて、彼との共同作業に心躍らせ熱狂した一人です。彼の芸術の強みは、まず、巨大でモニュメンタルな舞台セットを創り上げ、非常にドラマティックなスペクタクルを見せること。第二に、人間の繊細な内面を表現することだと思います。この2点から、「トゥーランドット」こそ彼のオペラだと思ったのです。ヒロイズムの象徴たるトゥーランドット、同時に呪いに囚われているトゥーランドットを解放し、自己犠牲を選ぶことによって我々にも愛の力に気づかせるリュー、この二人の女性のキャラクターの複雑な関係は、コインの両面のような、人間の二面性だと思います。トゥーランドットとリューの対比、そして女性としての内面に光を照らしていくのに、彼こそ最も適した人物だと思います。

さあ、アレックスのコンセプトを、彼の洞察に満ちた解釈をお聞きしましょう。


アレックス・オリエ

オリエ:今回東京に来られることをとても楽しみにしていました。オリンピックを盛り上げようという機会に呼ばれたことも、光栄に思っています。覚えている方もいると思いますが、1992年のバルセロナオリンピックの時、私はその開会式の演出を手がけました。そしてこうしてマエストロ大野とまた一緒に仕事ができることを、大変光栄に思っております。私はバルセロナ出身で、バルセロナ交響楽団と共に日本でできるということも、とてもうれしいことです。

私はプッチーニは演劇の人だと思っています。プッチーニの作品にはすばらしいストーリー性があるのです。人々の気持ち、人間からあふれ出す感情がとてもよく表れている。その中でも「トゥーランドット」は素晴らしい作品です。音楽もモダンで、もうストラヴィンスキーなどに近いものがある。メロディーのためにあるのではなく、気持ちが表現されています。

「トゥーランドット」はファンタジー、現実ではない世界です。もとはペルシャのポエムのようなもので、トゥーランドットは、ペルシャ、現在のトルクメニスタンにいたトゥーランの娘です。象徴的で、中国のストーリーではあるものの「蝶々夫人」のような現実的な人間味は感じられない。演出家としてこの物語のことを考えていると、トゥーランドットがカラフに謎を投げるのと同時に、私の中にも疑問が沸き起こりました。何しろ未完の作品なので、プッチーニはこの作品で最終的に何が言いたかったのか、ずっと考えています。もしプッチーニが生きて最後まで書いていたら、どのような結末だったのか。最後の15分はフランコ・アルファーノが書いたものですね。この重要な15分間を、プッチーニが書いていたらどのような内容になったのでしょう。

私が考えたのは、この物語でふたつのことを伝えたいということです。一つは"権力"。もう一つは"トラウマ"。「トゥーランドット」はこのふたつについての物語ではないか。

皆さんご存じのとおり、トゥーランドットは男性を憎んでいます。多数の謎を投げかけるのは、男性と結婚したくないからです。その思いはどこから来ているか、それは彼女の祖母がある男性から襲われ、そのことを代々聞かされトラウマとなっているのです。トラウマというのは一人が抱えると代々伝わるものです。心理学者ともいろいろと話してみたのですが、過去にトラウマがあるとその次の世代、そのまた次の世代へ伝わるということはあるそうです。

カラフもトラウマを抱えています。彼は国を追われている、父が王であった、権力を持っていたのに今はお金もなく、何もなくなり、普通の人でしかない。カラフがトゥーランドットを一目見て惹かれる、その時何に惹かれたのかというと、彼女の権力に惹かれたのです。ペルシャの王子が殺されるたった5秒の間に、人を好きになるはずがない。カラフは彼女の持つ権力に魅了されるのです。自分が以前持っていた権力に対するノスタルジーのような感情に捕らわれます。

権力というものを何で表現するか。最初に思いついたのはピラミッドです。民が下にいて、上に権力者がいる。そしてこのピラミッドを逆ピラミッドにしてみようと考えました。上には権力、下には民がぐちゃぐちゃっと集まって暮らしている。ピラミッドのほかにも、いくつかインスピレーションを受けた風景があります。せっかく『トゥーランドット』をやるのだからいろいろな要素を取り入れていきたいと思っています。階段井戸、金鉱、どこを歩いても延々とつながっている階段...。時間が確定されない設定で創造しているのですが、過去にしろ未来にしろ権力は権力。映画『ブレードランナー』にもインスパイアされています。舞台はほぼすべてが逆三角形の階段になっているでしょう。過去のもの、未来のもの、これは宇宙船なのか、ピラミッドなのかもわからない。権力を現す一方で、鎧を脱いで女性に戻ったトゥーランドットも表現したい。

トゥーランドットもカラフも過去の大きなトラウマを抱えている。そこでリューが違う力を見せます。リューを通してトゥーランドットは愛を知る。私もプッチーニを結構研究していますが、このストーリーに果たしてハッピーエンドがあり得るのか、これはかなり考えました。次々に処刑を行い、リューも死に追い込んだ、そんな女性が愛を見つけ幸せになることができるのか。男性への憎しみもまだ持っています。カラフは愛でなく、トゥーランドットの持つ権力に憧れた。そんな二人が一緒になってハッピーエンドがあり得るか。あり得ないのではないか...。蝶々夫人や『ボエーム」のミミ、トスカもそのようなエンディングではない。最後のシーンはリハーサルでいろいろ試してみたいと思っています。ご期待ください!



顔合わせに集まったスタッフ、ソリスト、助演の皆さん




オペラ夏の祭典2019-20Japan↔Tokyo↔World「トゥーランドット」は7月12日(金)~14日(日)に東京文化会館で開幕、7月18日(木)~22日(月)に新国立劇場公演、次いで7月27日(土)・28日(日)にびわ湖ホール、8月3日(土)・4日(日)に札幌文化芸術劇場hitaruで上演されます。

世界のオペラ界を席巻する演出家アレックス・オリエ、現代最高のトゥーランドット歌手イレーネ・テオリン、ジェニファー・ウィルソンをはじめ最高峰の布陣で上演準備が進む「トゥーランドット」、注目のワールド・プレミエにぜひお立会いください。



立稽古より アレックス・オリエ(演出)
中村恵理(リュー)、リッカルド・ザネッラート(ティムール)、
アレックス・オリエ


大野和士(指揮)
新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブル


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