『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラ役 脇園 彩 インタビュー


5月のオペラパレスは、モーツァルトの傑作『ドン・ジョヴァンニ』。

ドン・ジョヴァンニを追う女ドンナ・エルヴィーラを歌うのは、注目の新星、脇園彩。

ミラノ・スカラ座『子供のためのチェネレントラ』で主役を務め、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルに毎年出演し、

昨年『セビリアの理髪師』ロジーナで絶賛を博すなど、イタリアの名門歌劇場・音楽祭で大躍進中のメゾ・ソプラノだ。

現在に至るまでのサクセス・ストーリーと、新国立劇場初登場となる『ドン・ジョヴァンニ』について話をうかがった。



インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

「ジ・アトレ」4月号より


好奇心を持ち続け
自分の芸術を追求したい


脇園 彩

――近年イタリアでの活躍が目覚ましく大注目の脇園さんですが、オペラに目覚めたのはいつごろですか?

脇園 私はもともとミュージカルに憧れていました。そのために声楽の勉強をしていたんです。ところが音楽大学を目指して浪人していた年に、メトロポリタン歌劇場来日公演でルネ・フレミングが演じる『椿姫』を観て深い衝撃を受けました。フレミングの真に迫る演技、マイクを使っていない生の声の魅力、オーケストラのサウンドの厚み。バレエも、舞台美術も衣裳も、「ああ、これが舞台芸術の最高峰なんだ!」と思ったのがきっかけです。



――東京藝大に進まれた後、イタリアの名歌手マリエッラ・デヴィーアさんとの出会いがあり、それをきっかけにイタリアに留学されたのですね。パルマ音楽院で学んだのち、ミラノ・スカラ座やロッシーニ・オペラ・フェスティバルなど、桧舞台で活躍する現在までをどのように進んでこられたのですか?

脇園 もともと外国への憧れが強く、留学しようとは決めていましたが、大学時代はそれがどの国なのかはまだ全然定まっていませんでした。ところが大学院一年の時、東京でマリエッラ・デヴィーアのマスタークラスが開講され、運良く選考に受かって一曲聴いていただく機会を得たのです。レッスンは二小節ごとくらいに注意され、もうそれはコテンパンでした。でも、途中で彼女自身が数小節歌ってくださった時、その声がもう次元が違いすぎて。遠い舞台で歌うのを聴くならともかく、目の前のデヴィーアが出す声は、とても私と同じ人間の為せる業ではない、奇跡のように感じられました。

 当時、高音が出なくて悩んでいた私は、「どうしたら先生のようなそんなに素晴らしい高音が出るのでしょうか?」というストレートすぎる質問をしました。すると「東京には高層ビルがたくさんあるわね。でもそれらを上からは建てないでしょう?」と言われて(笑)。舞台裏に戻った頃には、もうこれはイタリアに行くしかない、と心に決めていたんです。

 文化庁の奨学金を得てパルマ音楽院に留学しました。2013年10月のことです。初めての1人暮らし、初めての海外生活でしたから慣れるまでには大変で。当時パルマにいた日本人声楽家の先輩たちには本当にお世話になりました。翌年の春にペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルのアカデミーを受けて合格し、夏に『ランスへの旅』に出演することが決まりました。そうしたら今度は、ミラノ・スカラ座のアカデミーが『セビリアの理髪師』と『チェネレントラ』を歌えるメゾ・ソプラノを募集しているという情報が入りました。まさに私のレパートリーです! これは冗談かな?と思ったくらい幸運なことでした。試験に合格してミラノ・スカラ座で2年間、レッスンにオペラ出演にと忙しくも充実した時間を過ごさせていただきました。



――どちらのオーディションも世界中から若い歌手たちが集まる狭き門で、受かったのは脇園さんの実力ですね。そして今日までに、ミラノ・スカラ座、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルの本公演のみならず、イタリア各地の劇場で歌っていらっしゃいます。脇園さんが理想とする「声」、「オペラ歌手像」とは?

脇園 理想は、身体になるべく負担をかけずに、自分が自然に持っているものを最大限に生かして歌うことです。歌は言葉から生まれた芸術です。ですので、単純に発語が明瞭であると同時に、言語を常に研究し、言葉ひとつひとつの香りのようなものまで感じてお伝えできるところを目指しています。デヴィーア先生には今でも師事していますが、彼女は間違いなく私にとって「理想のオペラ歌手」の1人で、彼女の生き方も尊敬しています。歌とオペラが好きだから長く歌い続けたい。そして自分の芸術を追求すること。そのためにはスタイルを学ばなければなりませんが、臆病にならず、好奇心を持ち続け、吸収したものを自分自身とどう融合させていくかを考えていきたいです。





ドンナ・エルヴィーラは
聖なるものを象徴する役柄

『ドン・ジョヴァンニ』リハーサル風景

――今回の『ドン・ジョヴァンニ』が新国立劇場初登場となるわけですが、劇場からオファーがあった時、どう思いましたか?

脇園 ものすごく嬉しかったです。新国立劇場は、母が昔からアトレ会員ですし、私も高校生からずっと観続けてきた劇場なのです。いまも心に深く残る名演の数々が思い出深い劇場で、いつかここで歌える日を夢見ていました。それがこんなに早く叶ってとても幸せに思っています。



――初登場の役がドンナ・エルヴィーラだと知ったとき、どのような感想を持ちましたか? また、ドンナ・エルヴィーラをどのようにとらえていますか?

脇園 実はドンナ・エルヴィーラは私にとってすごく思い入れのある役なのです。東京藝大の大学院オペラでのこの役が、私がオペラ全幕を初めて歌ったデビュー公演でした。当時の楽譜を開いてみて、この役に全てをかけていた若かった自分の情熱を思い出しました。このオペラに登場する3人の女性の中で、ドン・ジョヴァンニに対峙できる人間の格というか、器をもっているのは唯一エルヴィーラだと思っています。ドン・ジョヴァンニはモーツァルトが書いた音楽の調性などからも、人間の〈生と死〉を象徴する人物像なのだと解釈できます。一方エルヴィーラは、神や宗教、聖なるものを象徴する役柄だと思っています。ドン・ジョヴァンニは自分の生き方を絶対曲げない信念を持っていますが、ドンナ・エルヴィーラも彼に負けない強さを持っているのです。



――ドンナ・エルヴィーラの複雑な心を表現するモーツァルトの音楽の注目すべきところとはどこでしょうか。

脇園 エルヴィーラが演劇的に興味深いのは、彼女がこのオペラで描かれている1日のうちに成長し、その信条は一貫して変わらないものの、オペラの始めと終わりでは全く違う人間となっていることです。愛されることを求めていた高貴な女性が、何度も酷く裏切られ痛めつけられるうちに、ドン・ジョヴァンニに対する自分の思いが本当の愛であることを悟り、愛とは相手を救うために自ら手放すことでもあると知るのです。音楽は多様なスタイルで書かれ、全て素晴らしいので全編注目していただきたいところですが、特に第2幕後半の最後のアリア「Mi tradì quell'alma ingrata あの恩知らずは私を裏切り」は、5分足らずの曲の中に彼女の心の変化が表現されたアリアだと、大切に思っています。



――先日発表になった来シーズンでは、『セビリアの理髪師』ロジーナ役にも出演を予定されています。2シーズン連続して新国立劇場の舞台に立たれますね。

脇園 『ドン・ジョヴァンニ』に続き、『セビリアの理髪師』にも呼んでいただけるということで、とても光栄に思っています。ロジーナ役は多く歌っていますが、歌うたびに発見がある役です。



――最後に、脇園さんの新国立劇場デビューを待ち望んでいるオペラ・ファンに向けてメッセージをお願いします。

脇園 今回、故郷の日本で憧れの新国立劇場に出演し、イタリアで培ってきたものをみなさんと分かち合えるのをすごく嬉しく、楽しみにしています。美しい5月にお会いしましょう!




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