『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロール ニコラ・ウリヴィエーリ インタビュー


稀代の色事師ドン・ジョヴァンニを歌うのは、世界の名門歌劇場活躍するニコラ・ウリヴィエーリ。

日本ではさまざまな舞台に立っているが、新国立劇場には初登場となる。

モーツァルトのオペラに求められるバスは、後の時代の作曲家とは異なり、

さらにドン・ジョヴァンニ役は声を選ぶ、と語るウリヴィエーリは、ドン・ジョヴァンニを歌って二十年。

役を知り尽くす彼に、作品の魅力をうかがった。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

「ジ・アトレ」11月号より


ドン・ジョヴァンニはカメレオンのように
音色を変化させる役


ニコラ・ウリヴィエーリ

――世界的に活躍されているウリヴィエーリさんですが、プロフェッショナルなオペラ歌手に一番必要な資質は何だと思われますか? あなたの活躍の契機になったことがあればご紹介ください。

ウリヴィエーリ(以下U) 私が思うに、オペラ歌手として活躍するのに大切な資質とは、いつでも、誰からでも、学ぶべきことを吸収できる能力です。私が師事したボルツァーノ音楽院のブルネッティ教授はとてもいい先生でしたが、同じ先生についても、そこから何を得るかは人によります。共演する歌手からも、指揮者や演出家からも学ぶべきことは多いのです。持つべきは「学びの才能」だと思います。

私がキャリアを築くのに役に立った経験は2つありました。ひとつはスポレートの声楽家のためのアカデミーで勉強したこと。同じようにプロの歌手志望の仲間たちと一緒に勉強すいい機会でしたし、実際のオペラ公演にデビューするきっかけを与えてくれました。もうひとつとても役に立ったと思うのが、22歳から5年間、合唱団員としてオペラに参加したことです。ヴェローナの野外オペラで3年間、そしてスカラ座合唱団で2年間歌いました。当時の名歌手たち、ピエロ・カップッチッリやゲーナ・ディミトローヴァなどの歌を間近で聴いたのはこの上ない経験でした。それに、食べていくためのお金も稼げましたから。そして1990年からはソロ歌手としてのキャリアがスタートしました。



――今年7月には東京と横須賀でドン・ジョヴァンニを務められ、とても評判になっています。初めてドン・ジョヴァンニに出演したのはいつでしょうか?

U 初めてドン・ジョヴァンニ役を歌ったのは1997年です。もう20年以上も前のことなのですね! ヨーロッパ各地で歌うプロダクションのオーディションに合格したのです。そのツアーに出ていた98年に、クラウディオ・アバドが私をピーター・ブルック演出の『ドン・ジョヴァンニ』のレポレッロ役に抜擢してくれました。翌年にはダニエル・ハーディング指揮で初来日も果たしています。それ以来、『ドン・ジョヴァンニ』はたくさん歌ってきました。モーツァルトのオペラへの出演は多く、イタリアで有名なアッビアーティ賞を「モーツァルト・オペラの諸役の演奏解釈に対して」という内容で受賞もしています。



――モーツァルトを歌うためにはどのような資質が必要なのでしょうか?

U これはバスという私の声の種類に限った話ですが、モーツァルトは当時、バスの声を若い登場人物に使った数少ない作曲家の一人でした。後のロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティなどのオペラではバス歌手は年配の役が多いのです。モーツァルトはそうではありません。だからモーツァルトを歌うバス歌手は、音域はバスですが、新鮮で若々しい声を持っていなければなりません。ピュアな音色といいますか......。モーツァルトを歌うバスとヴェルディを歌うバスは音色が違うのです。

それから、モーツァルトで特に大切なのはレチタティーヴォです。オペラの中で劇の進行はレチタティーヴォに委ねられていますが、モーツァルトではその重要度が高いのです。つまりモーツァルトのオペラはより演劇的だといえましょう。その意味では、ドン・ジョヴァンニのような役は長く歌っていても常に新しい発見がある、とてもやりがいのある役だと言えます。



――ウリヴィエーリさんは、レポレッロもご自分のレパートリーとされていますが、この二つの役をどのように歌い分けていますか?

U ドン・ジョヴァンニとレポレッロはある意味、正反対のタイプを表していると思うんです。レポレッロは臆病で素朴な性質ですし、平民です。ドン・ジョヴァンニは高慢で、勇気があり、貴族的で、言ってしまえばまあ性格も悪い。声楽的にはどちらの役もバッソ・カンタービレという種類のバスの声で書かれていますから、両方の役を歌うことは可能ですが、レポレッロはどのような声でも歌えるのに対し、ドン・ジョヴァンニ役は声を選びます。ドン・ジョヴァンニを歌う声は、切れ味が良く、しかも優美で魅力がなければいけません。また相手によって声の音色を変化させることも必要です。前に他のインタビューでも言いましたが、ドン・ジョヴァンニは〈カメレオン〉のように変化しなければならない役なのです。





自分はニコラであり
同時にドン・ジョヴァンニでなくてはいけない

『ドン・ジョヴァンニ』リハーサル風景

――新国立劇場のプロダクション(アサガロフ演出)では、ドン・ジョヴァンニを十八世紀に実在した色男カサノヴァになぞらえ、舞台をヴェネツィアに移しています。この演出アイデアについてどのような感想をお持ちになりますか?

U それは嬉しいですね! 実は、カサノヴァには興味があり、何年も前からカサノヴァを主人公にした新作オペラを作りたいな、と思っているくらいです。カサノヴァは、まさに『ドン・ジョヴァンニ』を書いていた頃の台本作家ダ・ポンテと交流があった人物です。カサノヴァとドン・ジョヴァンニは若い頃の放蕩という共通点はありますが、ドン・ジョヴァンニは自分の所業を悔い改めることなく騎士長に地獄に引きずり込まれて死んでしまうのに対し、カサノヴァは年を取ってから自分の過去を後悔し、浮世から離れてひっそりと亡くなりました。また、文化人だったカサノヴァは、ドン・ジョヴァンニのように人を利用して悪を働くこともしませんでした。



――ドン・ジョヴァンニのようにご自分の性格とはかけ離れた、悪の魅力のある人物を演じるのは難しいですか?

U 自分と違う人物を演じるのは面白い深い作業です。しかもバス歌手のレパートリーにはメフィストーフェレのように悪魔の役さえありますから、それに比べればドン・ジョヴァンニを演じるのは簡単な方かもしれません。ベッリーニの『清教徒』では優しい叔父のジョルジョを演じたりもしますが、自分に近い良い人を演じるのも楽しいです(笑)。演技に関しては昔、ピーター・ブルックに言われた「君はニコラであり、同時にレポレッロでなくてはいけない」という言葉が役に立っています。つまり、役の中に自分との共通点を見つけつつ役を演じる、ということなのですが、自分との接点があることによって真の人物描写が可能になります。特にドン・ジョヴァンニのように、個性的で、内面的な表現をする役柄は、演出家に言われたことをただやるだけでなく、自分自身の解釈をそこに付け加え、自分ならではのドン・ジョヴァンニ像を作り上げなければなりません。



――公演が待ち遠しくなってきました。最後に観客へのメッセージをお願いします。

U 新国立劇場の『ドン・ジョヴァンニ』は私にとって7度目の訪日となります。日本は行くたびに、文化や皆さんの社会的なマナーのよさなどにますます魅了される国です。リハーサルのために四月に着く予定なので、オペラのフレーズを使って言えば「花盛りの季節にまた会いましょう」(『ラ・ボエーム』より)と申し上げたいです。劇場でお会いしましょう!




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