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オペラ『トゥーランドット』演出家アレックス・オリエ インタビュー


アレックス・オリエ

東京から日本へ、日本から世界へオペラを発信する大規模プロジェクト<オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World>第1弾『トゥーランドット』で演出を任されたアレックス・オリエ。

ラ・フーラ・デルス・バウスの芸術監督の一人として名を轟かせ、オペラ演出家としても世界中で話題作を発表しているオリエ氏が、日本で初めてオペラの新演出を手掛けます。

上演を前に打ち合せのため来日した際に、東京で新演出に臨む意気込み、オペラとの関わりについてインタビューしました。

インタビュアー◎井内美香


オリエさんは現代を代表するオペラ演出家でいらっしゃいますが、これまでは映像などで拝見することが多かったので、日本でオリエさん演出のオペラを観られることを楽しみにしております。東京オリンピック、パラリンピックの機会に『トゥーランドット』が上演されますが、最初にこの申し込みがあったときにどう感じられましたか?


我々も日本に来られて本当に嬉しく思っています。日本が大好きですので。このような機会に仕事をさせていただくのはとても重要な機会だと思います。普通のオペラ上演よりも影響力が大きいと思いますので。

1992年のバルセロナ・オリンピックの思い出も蘇ります。あの場に参加できたことによって、我々のカンパニーは進む道が変わりました。世界中に放映される開会式に参加できたことによって、より広い観客にアピール出来たのです。オリンピックは多くの扉を開いてくれました。それから、先ほど気がついたことなんですが、バルセロナ・オリンピックの開会式では、坂本龍一さんに音楽を作っていただきました。今度は日本で『トゥーランドット』を上演するにあたりバルセロナ交響楽団が演奏します。これも面白い偶然ですね。



ユニークな文化交流ですね。先ほど東京が好きだと言ってくださいましたが、世界中で活躍しているオリエさんとしては、東京はどういうところが魅力的で、どういう可能性がある都市だと思われますか?

とても近代的な都市だと思います。私は日本映画のファンでよく見ます。特に黒澤監督は大ファンで全作品を見ています。ヨーロッパやバルセロナで日本映画が上映されると必ず見にいきます。漫画にも興味があります。アニメ映画も宮崎駿監督の作品は見ていますし大好きです。宮崎さんの作品は子供をつれて行ったり、あるいは一人でも見に行ったりしています。それからやはり山海塾をはじめとする舞踏、歌舞伎、お能も好きで良く見ています。日本のものに対する興味というのは常に持っております。ある意味、ほかの国にはない何かがあるように感じられるのです。

日本は大きな飛躍をしていると思うんですね。過去の時代から現在の日本に大きく飛躍しているわけです。ある意味すごく現代的なところがあり大胆な面を持ちつつも、反面とても儀式的というか伝統を守るところがあるので、その対比はとても面白いと思います。私はこの対比にすごく心惹かれるのです。日本のように伝統と近代をこのようにはっきりと持ち合わせている国は、世界的に見ても少ないと思います。二極化していると思いますし、だからこそ対比が生まれてくる。日本は未来を見据えながら過去を忘れない国だと思います。ヨーロッパでは過去を忘れてしまおうとする傾向があると思うのですが、過去は今までの間違いを忘れない、そしてそれを二度と起こさないためにあると思うのです。

日本は文化的に感情を表に出すことをなかなかしにくい国民性があると思います。私は自分の作品を通して、そういうところを壊して入り込んで行きたいと思っています。

名古屋の万博の時にカフカの『変身』を上演しましたが、その時は賛否両論ありました。というのもそのステージングの原点として、私は常に日本に興味を持っていますので、日本の"引きこもり"という現象に目をつけたわけです。主人公が変身していく時に、別の生物に変身するのではなくて、人間ではなくなっていく、という描き方をしたわけです。先ほども申しましたように、日本は対比を多く持っている文化だと思いますが、それはとてもポジティブなことだと思います。そういう対比があるからこそ文化的な多様性が生まれてきて、それは他の国では稀なことです。


ラ・フーラ・デルス・バウスが誕生し、そしてオリエさんご自身の出身地でもあるバルセロナという都市ですが、あの時代のバルセロナだからラ・フーラのような演劇集団が生まれたという関連性は大きいと思うのです。カルルス・パドリッサさんの演出もオリエさんの演出も、とても規模が大きくてメカニックな物を使いながら、一方ではオーガニックでヒューマンな部分も感じます。バルセロナはアーティストが生まれる街なのでしょうか?自分でもそれを感じていますか?

我々はちょうど青春期を、独裁者フランコが亡くなった後に迎えました。約40年間の独裁政権が終わって、人々が文化に対する興味を再び持ちはじめた時代に生まれた世代だと思います。ある意味シャンパンのボトルのようなもので、何年も閉じ込められた気持ちがポンッと弾けたのです。そしてバルセロナだけでなくカタルーニャ地方は昔から伝統的に、インディペンデントの劇団が多く存在していました。ラ・フーラ・デルス・バウスもそのひとつとして生まれています。国営でなく自費の演劇集団です。

オペラの演出家としてはラ・フーラのメンバーでは私とカルルスだけではなく、もう一人カリスト・ビエイトが国際的に知られた演出家です。


オリエさんは新作の現代オペラの演出も多くされています。それだけでなくバロックやモーツァルト、ドビュッシーのオペラも。オリエさんは音楽にとても鋭い耳を持っていると思うのですが、あなたと音楽の関係はどのようなものですか?

私は音楽教育は全く受けていません。ラ・フーラの活動初期には、言葉のない作品が多かったので、音楽は大きな役割を持っていました。場面と場面の繋ぎだったり、お客様とのコミュニケーション・ツールとして音楽はとても重要でした。そしてラ・フーラでは、ワーグナーが追求していたのと同じ全体的なスペクタクル、つまり総合芸術を追求していたのです。メンバーは色々な分野の出身者が集まっていました。造形学を収めた人や、踊り、音楽家もいて、皆で演劇を作り上げていきました。スタイルとしてはオペラとは違いましたが、ラ・フーラも、オペラのような総合芸術を追求していたわけです。

それが、面白いことにバルセロナ・オリンピックの開会式に参加したことをきっかけにオペラの世界に入ることになりました。開会式、閉会式を見ていたグラナダ・フェスティバルのディレクターが我々の演出を気に入ってくださって、マヌエル・デ・ファリャ作曲の『アトランティーダ』というオペラの演出を依頼されたのです。それまではこの『アトランティーダ』というオペラは何回上演されても成功していなかったのですが、我々が演出して初めて成功を収めました。そして、その公演をジェラール・モルティエ氏がたまたま観に来ていて、それをきっかけにザルツブルク音楽祭に招待していただいたわけです。ザルツブルクではベルリオーズの『ファウストの劫罰』を演出しました。


先ほど、若い人たちにも分かってもらえる演出を、とおっしゃっていました。オペラを見たことがない若者がこの『トゥーランドット』を見る機会もあると思います。若い人々にオペラの魅力を説明するとすればどこでしょう?


オペラは総合芸術であるということです。音楽、歌手、舞台美術、ダンサー、映像を一つの作品の中に盛り込むという芸術形態はなかなか存在しないと思いますし、オペラは音楽を通して感情を伝えることができる芸術です。オペラの言語は決して優しいものではないと思うので、小さい頃から音楽や歌に親しむという教育は必要だと思います。劇場は若い人たちには抵抗がある場所なのかも知れません。劇場自体も多様化した芸術、色々なものを見せて、若い人でも抵抗なく行けるような場所にすることも必要だと思います。

2年前にパリ・オペラ座で『イル・トロヴァトーレ』を演出したときに、ゲネプロを公開して25歳以下の観客だけに大変手頃な値段でチケットを販売して観てもらうシステムがありました。このような試みによって新しい観客層の開拓は可能だと思います。オペラという芸術には新しい観客をどんどん入れていく必要性があると思っています。



『トゥーランドット』という作品をどのように捉えていらっしゃいますか。


アルフォンス・フローレスによるセットデザイン

『トゥーランドット』はプッチーニの中でも一風変わった、一つだけ違う作品だと思います。お伽話的なものだと申しましょうか。それまでのプッチーニのオペラでは人間的で現実味がある人々が描かれていたのに対して、『トゥーランドット』だけはすごくお伽話的な要素が強いと思います。

演出にあたっては『トゥーランドット』というのは、世界観の解釈がより幅広くできる作品だと思っています。象徴的なものの見方ができる作品と言いますか。コンセプトやドラマツルギーの視点からは〈権力〉というものを中心に考えています。社会階層やヒエラルキーに関する事です。その頂点にはトゥーランドット姫や皇帝がいて、底辺には民がいる。そしてトゥーランドットの、過去の出来事、先祖が受けた虐待によって抱えているトラウマも描こうと思っています。さらにもう一つ重要なポイントは、結末をどう描くかということ。プッチーニはこの作品を完成させず、最後の15分が未完成のまま亡くなりました。つまりリューの死まで書いて終わっています。プッチーニの他の作品を見ていますと、『トゥーランドット』がハッピーエンドで終わるはずがない、と思います。ミミは肺結核で亡くなっていますし、蝶々さんは自害します。プッチーニ作品の結末は悲劇が多いのです。カラフの名前を聞き出すために民を殺すと脅し、リューを拷問にかける。カラフはトゥーランドットを一目見て恋に落ちますが、その初めて見たトゥーランドットというのは、ペルシャの王子の処刑を命じる時でした。そのような女性とカラフが幸せに暮らしました、という結末が考えられるでしょうか。




最後に、東京文化会館、新国立劇場、びわ湖、札幌で公演をご覧になる方々に直接のメッセージを頂けますか?

プッチーニをぜひ聴きにきてください。私にとってプッチーニはビートルズのようなものです。これだけのヒット曲を出している音楽家は他になかなかいません。オペラ全体を聴いた事がなくても、「この曲は聴いたことがある!」という曲をたくさん生んでいる作曲家なのです。ですから、ぜひプッチーニを聴きにきてください。

そして私たちの舞台も観ていただきたいです。できるだけ今までとは違う形のオペラ、普通の伝統的なものではない新しいものをお見せできるように、そして皆さんの心に届くものを作りたいと思っています。そして、またオペラを見たい!と思っていただけるものをお見せしたいと思います。





アレックス・オリエ(Àlex OLLÉ)


バルセロナ生まれ。パフォーマンス集団ラ・フーラ・デルス・バウスの6人の芸術監督の一人で、同カンパニーは世界的な評価を確立した。カルルス・パドリッサと共同演出したバルセロナ・オリンピック開会式をはじめとする大規模イベントや、演劇、映画と多くの分野で活動している。

近年ではオペラの演出で特に活躍し、ザルツブルク音楽祭、ウィーン芸術週間、マドリード王立劇場、バルセロナ・リセウ大劇場、パリ・オペラ座、ブリュッセル・モネ劇場、英国ロイヤルオペラ、イングリッシュ・ナショナル・オペラ、ザクセン州立歌劇場、ルールトリエンナーレ、ネザーランド・オペラ、ミラノ・スカラ座、ローマ歌劇場、オーストラリア・オペラなど世界中で活躍、『魔笛』『ノルマ』『仮面舞踏会』『イル・トロヴァトーレ』『ファウストの劫罰』『トリスタンとイゾルデ』『さまよえるオランダ人』『ペレアスとメリザンド』『ラ・ボエーム』『蝶々夫人』『青ひげ公の城』『消えた男の日記』『マハゴニー市の興亡』『火刑台上のジャンヌ・ダルク』など幅広い作品を手掛けている。新国立劇場初登場。






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