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オペラ『フィレンツェの悲劇』シモーネ役 セルゲイ・レイフェルクス インタビュー


織物商人シモーネが旅から帰ると、家に妻と共に公爵の息子がいる。2人はなぜ一緒にいるのか、ここで何をしていたのか・・・・・・ 2人の関係を察知し、怒りの感情が渦巻く。

フィレンツェを舞台に描く、ツェムリンスキーのオペラ『フィレンツェの悲劇』。

登場人物3人による濃密なドラマに、ロシア出身の名バリトン、セルゲイ・レイフェルクスが登場。新国立劇場に13年ぶりに帰ってくる円熟の名歌手が、『フィレンツェの悲劇』について語る。

「ジ・アトレ」12月号より



原作や歴史的背景を知れば
その人物に必要な声、動きが見えてきます

セルゲイ・レイフェルクス

――レイフェルクスさんは、サンクトペテルブルグご出身とのこと。世界的な劇場のある地に生まれ、育ったのですね。

レイフェルクス(L) 私が生まれた当時はサンクトペテルブルグではなくレニングラードと呼ばれていて、音楽を学んだのもレニングラード音楽院でした。本当に文化の香りの高い美しい街です。

その上、私の両親は音楽が大好きで、私は幼いころからオペラに限らず様々な演奏会に連れて行ってもらいました。5歳か6歳の頃にキーロフ・オペラ(現マリインスキー劇場)で初めてオペラを観ましたが、この他にも子どものためのオペラやコンサートには必ず連れて行ってもらったものです。幼いころから素晴らしい音楽芸術に触れることができたのは、レニングラードの文化的環境と両親の音楽に対する愛のおかげと言えますね。そして私の舞台デビューもレニングラードのマールイ劇場(現ミハイロフスキー劇場)でした。

――では、どのようにして声楽の道に進まれたのですか?

L 15歳の時にアマチュアの合唱団に入り、オペラハウスにも出演するようになりましたが、ここまでは特別に珍しいことではありませんでした。そこで私は、声楽の先生と出会ったのです。彼女は多くのきら星のような声楽家を育ててきた素晴らしい指導者で、彼女との出会いが私を歌手の道へと導いてくれたのです。早すぎてもだめだったでしょうし、まさに最高のタイミングでの出会いでした。

――レニングラードでのデビュー後、西側諸国でも活発に演奏活動を展開されましたが、国際的な活動の中で最も印象に残っている劇場はどこでしょうか?

L すべての劇場にそれぞれ思い入れはありますが、あえて挙げるのであれば、英国ロイヤルオペラですね。私はそこで晩年のゲオルク・ショルティ指揮のもと『オテロ』のイアーゴ役デビューを果たしました。オテロはプラシド・ドミンゴ、デスデーモナはキリ・テ・カナワでした。この時のことは、決して忘れることはありません。私のキャリアの中で最も美しい思い出のひとつです。他にもレナート・スラットキンやジェームズ・レヴァインとの共演も忘れ得ぬ思い出ですね。

――今、イアーゴのお話が出ましたが、あなたはその力強い声と説得力のある演技で、イアーゴやスカルピアと言った強烈なキャラクターを素晴らしく演じていらっしゃいますね。このような悪役にはどのようにアプローチなさるのでしょう。

L その人物ひとりを悪く見せることにとらわれるのでなく、彼がどうしてそのような邪な考え方やひどい行動に至ってしまったのかを考察します。人物の性格だけでなく、どのような状況を経てそうなったのかを聴衆の方々に理解していただかなくてはなりません。でもそれは決して難しいことではなくて、原作やその時代の歴史的背景、スカルピアなら当時のローマの社会的状況を読み込めば、おのずと人物像が見えてきます。どのような態度や声の音色が求められるか、といったことだけでなく、どのような立ち姿や動きを取るべきかまで見えてくるのです。演じる上でボディ・ランゲージもとても大切な要素です。

オペラを学ぶ学生を指導するときに常に、原作やその物語の時代背景について書かれた本を読むように、と話します。その部分を理解できれば、人物の行動や態度の必然性が明らかになり、説得力のある演技へとつながるのです。



『フィレンツェの悲劇』はハッピーエンドのオペラです

『フィレンツェの悲劇』リハーサル風景

――今回出演される『フィレンツェの悲劇』はどのような作品だととらえていますか。「勧善懲悪」とは別の世界観を持った全1幕のオペラです。

L その通りです。原作がオスカー・ワイルドであることも、作品のテーマを理解するうえでひとつのカギとなるでしょう。でもそれ以上に、この物語が展開された当時のフィレンツェの政治的背景を見逃してはいけません。16世紀のフィレンツェにおける貴族の権力、つまり当時はそれぞれ独立性を持った街において公爵、そしてその家族がどれだけ絶大な権力を持っていたかを理解する必要があります。シモーネは悪役ではありません。彼にとっての最も大切な宝は家族であり、その思いをとても大切にしている、誇り高き商人です。そして彼は正面から、自分の家族を守ることを決意するのです。その結果起きたのが、決闘だった。それも、今の社会では思いもよらないほど絶対的な権力を持った若き貴族に戦いを挑んだのです。彼とて、最初から決闘を挑んだわけではなく、いろいろな試みをした末の最後の手段が決闘だったのです。

――ツェムリンスキーは『フィレンツェの悲劇』の主題を「愛と死」だと語っていたそうです。

L ええ、オペラの最後、決闘に勝ったシモーネにビアンカが「あなたは本当に強いのね。」と言い、それに対してシモーネは「君はなんて美しいのだ。」と言います。これは彼が絶大な権力に立ち向かったからこそ発せられる台詞です。ただ腕力が強いだけではないのです。彼は家族を死守したのです。ですから私に言わせれば、これはハッピーエンドのオペラです。

――『フィレンツェの悲劇』の音楽の魅了は何でしょう。

L なにより美しさです。全1幕で上演時間60分弱というサイズのため上演される機会が多いとは言えないオペラですが、それが本当に残念だと思わせる名作です。それだけに今回、素晴らしい新国立劇場で歌うことができるのは本当に楽しみです。

――2010年にはオペラ『犬の心臓』の世界初演に出演したり、新制作も含めて意欲的に活動を続けていらっしゃるレイフェルクスさんですが、その活力の源は?

L 私にもわかりませんが、ひとつお話ししましょう。かなり昔に息子から電子手帳をもらって、スケジュールからその日の出来事まで詳細に記していたのですが、ある時それらのデータがすべて消えてしまいました。以来、私は全て手書きに切り替えたのですが、そのノートには5年先までスケジュールを書き込んでいます。18年来のマネージャーはそのノートを「楽観的な本」と呼んでいるのですが、私はそのスケジュールをただ淡々とこなしているだけ、と自分では思っています。

それと、コンサートやオペラの合間に、できるだけ多くのマスタークラスで教えたり、コンクールの審査員等を務めています。若い世代と関わることもまた私の活力の源かもしれません。

――最後にメッセージをお願いします。

L 大好きな新国立劇場、そして日本、東京にうかがうのを今からとても楽しみにしています。私のノートにもしっかりとそのスケジュールが書き込まれています。実は妻も大の日本びいきで、おそらく前世は日本人だったのでは、といつも2人で話しています。と言うのも、妻はなぜか日本では決して迷子にならないのです。パリでは迷子になったのにね(笑)。

それくらい日本がしっくりくるのです。それではみなさん、劇場でお会いしましょう!

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