オペラ『ウェルテル』タイトルロール サイミール・ピルグ インタビュー

詩人ウェルテルが愛するシャルロットには、親が決めた婚約者がいた。彼女が結婚しても、ウェルテルの思いは募り、そして絶望も深まる――。

文豪ゲーテの名作「若きウェルテルの悩み」を、マスネの色彩豊かでドラマティックな音楽で描く『ウェルテル』。タイトルロールを歌うのはサイミール・ピルグ。世界の名門歌劇場で大活躍中のテノールで、2018年3月『愛の妙薬』ネモリーノ役では素晴らしい歌声を披露した彼が、いま自身の声に最も合っているというフランス・オペラで新国立劇場に再登場!


インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)<ジ・アトレ10月号より>


日本で拍手をいただくと
自分の価値が認められたと感じます

2018年3月『愛の妙薬』公演より

――2018年3月の『愛の妙薬』ネモリーノ役で新国立劇場に初めてご出演いただきました。2019年3月にはフランス・オペラの名作、マスネ『ウェルテル』でタイトルロールのウェルテル役を歌われます。

ピルグ(以下P) 私の愛するオペラ『ウェルテル』で新国立劇場に戻れることをとても嬉しく思います。音響が良く、オーケストラの質が高いこの劇場でネモリーノ役を歌ったことは大きな喜びでした。新国立劇場は創立から20周年だそうで、まだまだ成長する可能性を持っているという意味でも素晴らしい劇場だと思います。オペラ上演は良い歌手に加えて、いかに良い指揮者が公演を指揮するかが非常に重要です。その意味でも、ヨーロッパで活躍なさっている大野和士氏が芸術監督に就任されたのは素晴らしいことだと思います。

――『愛の妙薬』を歌って、日本のお客様の熱心さを感じていただけましたか?

P 拍手とブラヴォーをたくさんいただき、とても嬉しかったです。プロダクションもカラフルで他の演出とは一味違ったすぐれたものでした。日本人の芸術に対するリスペクトは本当に特筆に値します。日本では自分たちの価値を認めてもらった気持ちになるので、私たちは日本で歌うのが好きなのです。私はSNSなどを通じたオペラ・ファンの方々との交流も大切にしていますが、そこでも多くの方からメッセージをいただき嬉しく思いました。

―― 22歳の時にクラウディオ・アバド指揮で歌った『コジ・ファン・トゥッテ』に始まり、ザルツブルク音楽祭での同役、ミラノ・スカラ座の『魔笛』タミーノ役など、初期にはモーツァルトを数多く歌われましたね。近年ではドニゼッティやヴェルディ、そしてフランス・オペラを歌っていらっしゃいます。あなたのレパートリーとキャリアは理想的な発展をしていると思いますが、どのようなところに気をつけてきましたか。

P オペラ歌手はプロとして活動をスタートさせるのが20代後半から30代になってからということも珍しくありません。20歳で重要なコンクールに入賞してキャリアをスタートさせた私は、まだ未熟な状態にありました。私が持っていたのは音楽的な直感と、自然な声だけだったのです。正しいテクニックは時とともに身につけることができました。美しい声は世の中にたくさんありますが、音楽的な質の高さなしでは一流の音楽家たちと共演するのは不可能です。アバドやアーノンクールなどが私を起用してくれたのは、私の音楽的な素養を彼らが見抜いてくれたのでしょう。私はとても幸運でした。

 若い時にはレパートリーの選択はとても重要です。もし歌えたとしても、ヴェルディの『オテロ』をすぐに歌ってはいけません。私も魅力的なオファーをいくつも断ってきました。その一方で、アバド指揮でモーツァルトを歌ったからといって一生モーツァルトを歌うべきだというのも間違っています。私も36歳になりましたから、それ以外のレパートリーも歌えるようになりました。今ではドニゼッティ、ヴェルディ、プッチーニなどを歌っています。例えばヴェルディの『仮面舞踏会』はズービン・メータ指揮で歌っています。グノー『ロメオとジュリエット』やマスネ『ウェルテル』などのフランス・オペラも歌うようになりました。若い時に軽い声のテノールとして響きを身につけてしまえば、もっと重いレパートリーを歌うようになった時にもそれを使うことができるのです。多彩な音色を使って柔軟に歌を表現できる歌い方は、歌手として長く歌っていくのに役に立つのです。


音楽性、歌の詩情、劇的な演技
この3つを『ウェルテル』で追及します

「ウェルテル」リハーサルより

――あなたの歌手としての軌跡は2016年に発表された素晴らしいアルバム『ミオ・カント』で聴くことができますね。選曲も良く、チレア『アルルの女』の「フェデリコの嘆き」などの情熱的な歌唱のかたわらに、『ばらの騎士』のイタリア人歌手のアリアがあったりするのも魅力的です。そして、このアルバムにはフランス・オペラが3曲入っています。グノー『ロメオとジュリエット』『ファウスト』、そしてマスネ『ウェルテル』です。

P このアルバムは、これまでの私のオペラ歌手としての軌跡を知ってもらうのに良い内容になっていると思います。ヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』『椿姫』『リゴレット』などのアリアも収録されているので、ぜひ聴いていただきたいです。フランス・オペラに関しては今の私の声にとても合っているので、メトロポリタン歌劇場も、英国ロイヤル・オペラも最近はフランス・オペラへの出演を依頼してきます。フランス語で歌うための声とディクションを身につけているからです。これらのレパートリーは輝かしい高音を要求されますが、中音域の充実も必要です。

――ウェルテルはどのような役だと思いますか?

P 歌うのがとても難しい役です。もっとも気を使う部分は色彩を混ぜ合わせること。ウェルテルは詩人ですから、一本調子に歌うわけにはいきません。第3幕ではドラマティックな表現も必要となります。第4幕はもっと強烈です。よく考えて入念に準備する必要がありますし、声楽のテクニックをうまく使い、最後の死の場面まで声をフレッシュに保ったまま歌わなくてはなりません。でも最初の2つの幕は後半よりもっと難しい。なぜなら詩情と色彩で、彼の人物像を描き出す必要があるからです。この役はすでに舞台で歌っていますが、歌うたびに新しい発見がある役柄だと思います。

グノー『ロメオとジュリエット』を歌った経験は『ウェルテル』にも大いに役に立つと思っています。バルセロナのリセウ劇場によるとても大掛かりなプロダクションで、公演は大成功でした。私はリリックな声のテノールですが、今では情熱的な表現が必要なドラマティックな役柄も得意にしています。

――あなたの演技は素晴らしいですし、歌との密接な繋がりを感じます。音楽の解釈が演技にも役に立っているということなのでしょうか。

P 人間の体は精密なコンピューターです。体の動きと正しく連動している時には歌も素晴らしいものになります。歌は脳からではなく心から生まれる芸術です。エモーションの産物です。それを正しく感じられれば、歌も体の動きも正しい表現を獲得するのです。テクニックは勉強で身につけられます。でも舞台における表現は純粋な感動から生まれます。それを持っているかどうかは生まれつきかもしれません。

――日本の観客に直接メッセージをお願いします。

P 『ウェルテル』では、3つのクオリティーを可能な限り追求しようと思っています。それは音楽性、歌の詩情、そしてこの役が必要とする劇的な演技です。これらを最大限に表現し、観客の皆さんに最高に美しい歌をお届けしたいと思います。また、日本の素晴らしいメゾ・ソプラノ歌手、藤村実穂子さんと共演できるのも楽しみでなりません。ネモリーノからウェルテルという、まったく違う役をお聴かせできて嬉しいです。劇場でお会いしましょう。


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