『愛の妙薬』ネモリーノ役 サイミール・ピルグ インタビュー


村一番の美女アディーナに恋したネモリーノが彼女を振り向かせるため、ドゥルカマーラから手に入れたのは「愛の妙薬」。おいしい妙薬を飲んで、ひと安心。と思ったら、アディーナはなんと軍曹ベルコーレと結婚するという。慌てるネモリーノ。さて、薬の効果はいかに――?

ほのぼのと楽しく、ときにホロリとする、ドニゼッティの『愛の妙薬』。ネモリーノを歌うのは、パヴァロッティに教えを受け、アバドに才能を見出されたテノール、サイミール・ピルグ。各地の名歌劇場で高い評価を得ている同役で新国立劇場に初登場する。耳にすれば誰もがピルグに恋してしまう、絶品の「人知れぬ涙」を聴きのがすな!

<ジ・アトレ10月号より>
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)


パヴァロッティからの貴重な教えは
今も役に立っています


―― ピルグさんは若い頃、男性歌手としてザルツブルク音楽祭に最年少デビューしたそうですね。デビュー当初の活動をご紹介いただけますか?

ピルグ(以下 P ) 22歳でザルツブルク音楽祭にデビューしたことは、忘れられない思い出です。オペラの国イタリアに留学するために祖国アルバニアを後にしたのは18歳の時です。イタリアではボルツァーノという町の音楽院に通い、そこで私の師となるヴィート・ブルネッティ先生と出会いました。2年ほどでディプロマを取得し、20歳の時にはいくつかの国際コンクールに優勝することができました。その頃です。『コジ・ファン・トゥッテ』のフェルランド役に、とマエストロ・アバドが私に声をかけてくださったのは。私はオーディションを受け、2004年2月にマエストロの指揮で『コジ・ファン・トゥッテ』をフェラーラ、モデナ、レッジョ・エミーリアで歌いました。全く信じられない体験でした。アバドの推薦により私は、同じ年の4月にウィーン国立歌劇場で、8月にはザルツブルク音楽祭でこのオペラを歌いデビューしました。指揮はフィリップ・ジョルダンです。このときから全ての劇場が私に門戸を開いてくれたのです。

―― すばらしいですね。ところで、声楽を学び出したのはいつ頃ですか。もともとはヴァイオリンを勉強されていたそうですね。

P 子どもの頃から歌が大好きで、友達や知人を集めては皆の前で流行歌を歌ったものです。私が子どもの頃のアルバニアは、共産主義国として最後の時期で、才能のある子どもへの音楽教育が奨励されていました。自分自身の希望と当時の状況が重なり、私はヴァイオリンで音楽院のディプロマを取得しましたが、歌はずっと続けていたのです。オペラ歌手になったきっかけは実は「三大テノール」です。13歳か14歳の時に、ローマのカラカラ浴場跡でのあの有名な「三大テノール」のコンサートをテレビで観て夢中になってしまったのです。そして、録音を何度も繰り返して聴くうちに、自分も歌手になろうと決心しました。若くしてオペラ歌手としてデビューできたのは、ヴァイオリンを学んだおかげが大きかったと思います。ブルネッティ先生は、私の若さに特に注意を払い、勉強する役柄や内容が自然に発達するように気を配ってくれました。新しい役を歌う時には、決まったやり方を守っています。ある役にデビューしたら、その役をしばらく歌わずに数年経ってからまた歌うようにします。そうして役が自分の中で成熟する時間を作るのです。

――理想とするテノールはどなたでしょう? 若い頃にパヴァロッティ氏に師事したこともあったそうですね。

P 私に影響を与えた歌手はたくさんいますが、一番はやはりルチアーノ・パヴァロッティです。彼の教えを受けることができたのは、私にとって最大の幸運でした。今、私が歌っているレパートリーの大部分は彼と勉強したものです。惜しみなくアドバイスをしてくれ、それは私にとって非常に貴重な、キャリアの基盤となるようなものでした。発音と発声についてや、声の切り替えポイントでどうやってレガートに歌うか、声を前に飛ばすテクニックなど、長い時間をかけて多くのことを教えてくれたのを思い出します。それは素晴らしい思い出であるだけでなく、今でも役に立っています。



「人知れぬ涙」は、
オペラの遺産の中でもっとも美しいアリアです


―― 新国立劇場で3月に『愛の妙薬』ネモリーノ役で出演いただきますが、ピルグさんはネモリーノというキャラクターをどのようにとらえていますか? 

P ネモリーノは田舎に住むごく平凡な青年です。ちょっとお人好しだけれど、とても優しい心を持っていて、アディーナは彼のそういうところが好きになります。彼女はネモリーノと同じ村に育ったけれどより賢く、ネモリーノほど無邪気ではありません。だからアディーナと比べるとネモリーノはいかにも無防備で、彼の優しさと夢見がちな精神の魅力は、すぐに聴衆の共感を得られるのです。もちろん忘れてならないのは、ドニゼッティの書いた音楽の魅力です。その中でも、アリア「人知れぬ涙」は、オペラの遺産の中でももっとも美しく有名なアリアのひとつです。

―― 今回の指揮者のギレルモ・ガルシア・カルヴォ氏とは、2012/13、2015/16シーズンにウィーン国立歌劇場『愛の妙薬』で共演なさっていますね。

P カルヴォさんは私のウィーン国立歌劇場デビューの頃からの知り合いです。お互いウィーン国立歌劇場での仕事が長く、この劇場における音楽教育のお陰でウィーン・スタイルを自然に身につけることができました。指揮者としてのマエストロ・カルヴォをとても尊敬していますし、再び『愛の妙薬』で共演でき、しかもそれが東京の新国立劇場であるのはとても嬉しいです。

―― 最後に、ピルグさんのネモリーノを待望するオペラ・ファンにメッセージを。

P 一昨年、紀尾井ホールで開いたリサイタルは素晴らしい経験でした。日本の皆さんがどんなに温かく私を迎えてくださったか、忘れることができません。3月の『愛の妙薬』では、全てのお客様に素晴らしい時間をお贈りできるよう、精一杯舞台を務めます。



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