オペラ『松風』演出・振付 サシャ・ヴァルツ インタビュー

21世紀の現代音楽シーンを牽引する作曲家・細川俊夫のオペラが、2018年2月、ついに新国立劇場で日本初演される。作品は、世阿弥の同名の能にもとづく『松風』。2011年のベルギーでの初演以来各国で上演され、高い評価を得ている。

演出は、「ピナ・バウシュの後継者」ともいわれるコンテンポラリーダンスの世界的な振付家サシャ・ヴァルツ。

ダンサーが登場し、歌手も歌い、踊る、音楽と身体が交錯するオペラ『松風』がどのようにつくられたのか、サシャ・ヴァルツが語る。

構成・文:稲田奈緒美(舞踊評論家)

ジ・アトレ11月号より


細川さんの音楽に流れる自然な呼吸に共鳴して
身体が自ずと動き出すのです

サシャ・ヴァルツ

――ヴァルツさんは、2005年に『ディドとエネアス』で初めてオペラの演出・振付を行い、2007年には『メデア』、2014年には『タンホイザー』など数々のオペラを手掛けています。そのほかにも、ご自身のダンスカンパニー、サシャ・ヴァルツ&ゲスツのダンス作品として『春の祭典』、『オルフェオ』を創作したり、ベルリオーズの『ロメオとジュリエット』、教育プログラムとして『カルメン組曲』など、西洋のクラシック音楽と関わることが多いようですね。日本人である細川俊夫のオペラ『松風』の演出・振付を依頼されたとき、どのように思いましたか?

ヴァルツ(以下W) 細川俊夫さんはベルリンに滞在していたときに私の作品を複数観てくれて、特に『ディドとエネアス』にとても感動してくださったそうです。それで「オペラを作曲したいのだけれど、一緒に仕事をしませんか?」と声をかけてくれました。私は、もともと細川さんの音楽が大好きで、また、以前から個人的に親しい間柄でした。『松風』の面白いところは、どこかの劇場から依頼を受けたわけではなく、親しい友人同士である私たち二人の芸術家の絆があって、そこから有機的に生まれていったという点です。計画が具現化するまで、少し時間がかかりました。まず台本を書いてもらい、完成した台本を一緒に読み込んで、手を加えて......といった具合に、本当に少しずつ作られていった作品なのです。

――ということは、『松風』はお二人の共作ということですか?

W 音楽はもちろん細川さんが一人で書いていますが(笑)、作品が完成していくプロセスにおいて、台本のことを含め、二人でたびたび意見交換しました。また、『松風』は、作品が書かれる前から、誰がどの役を歌うのか全て決まっていました。つまり、具体的な歌手を念頭に置いて書かれた作品なので、完成したあとも歌手の意見を取り入れながら細かい修正を入れています。

――細川氏の音楽は、西洋音楽の形式に則りながらも、西洋とは異なる音や響き、リズムや間(ま)があると思います。そんな細川氏の音楽に振付するときと、西洋のいわゆる古典的な作曲家の音楽に振付するときとでは、何か異なることはありましたか?

W 細川作品が面白いのは、西洋とアジア、日本の伝統音楽を巧みに融合させているところです。東洋と西洋の哲学・美学も、彼の創作にとって非常に重要な要素になっています。また、全ての作品で「自然」が感じられます。鈴を使うところ、風のようなノイズ、息の長いフレーズ、語るように歌わせるところ、そして激しく揺らぐ感情表現にアジア的なものを感じます。でもいつの間にか東洋と西洋の境界線が消えて、ひとつに溶け合っていく。彼の音楽に流れる自然な呼吸に共鳴して、身体が自ずと動き出すから不思議です。

――『松風』は日本の伝統芸能である能の演目を基にしています。演出・振付を構想するために、能を参考にしたことはありますか?

W 日本の伝統芸能、文学、美意識についていろいろ勉強しました。細川さんの音楽には能に通じる時間の流れ、瞑想的な部分が含まれていますが、私の演出にはそうした能特有の世界観に寄り添うところと、あえて距離を置いているところがあります。ストーリーを語る上で、音楽の流れに逆流する動きを入れたほうが効果的に感じて、そうしたところもあります。振付には音楽とは異なる独自のドラマ性があります。私はあくまでも西洋の振付家であり、彼も私に伝統的な「能」の演出・振付を求めたわけではありません。ただ、登場人物が恍惚状態に陥るところや、登場人物がゆっくりと蜘蛛の巣のような壁を引きながら前方に出てくるところは能を、箱のようなシンプルな空間は日本建築を参考にしました。細川さんは自分の音楽を「書道」の筆遣いに例えることが多いのですが、演出・振付でも「書道」からヒントを得た動きを取り入れています。冒頭でダンサーが、身体で空間に何かを描いているような動きをする場面などがそうです。



言葉、音楽、身体、空間が一体となった
「総合芸術」を堪能してください

『松風』モネ劇場公演より ©Bernd Uhlig

――能では通常、最小限の動きを能役者が舞い、美術、小道具も最小限に留めることで、逆に観客の想像力を喚起します。一方、オペラ『松風』は、四人の歌手が踊り、ダンサーたちは群舞となって大きく動きます。また、舞台美術も舞台全体を覆うかのようです。特に、塩田千春さんによる、黒の毛糸で作られた蜘蛛の巣のような壁は大きな存在感を持っています。

W 声だけでなく肉体も使って「表現」するのが、私の演出の特徴です。そのほうが自然だと感じるからです。こうした考えに賛同してくれる歌手をできるだけ最初から選ぶようにしています。自分で歌手が選べないこともありますが、大抵の歌手は歌いながら踊ることを楽しんでくれます。身体を動かしながら歌うほうが「歌いやすい」と感じる人が多いようです。

――日本ではコンテンポラリーダンスの振付家がオペラを演出・振付する機会はあまり多くありません。一方、ヨーロッパでは、空間を構成し、人を動かすことに才能のある振付家がオペラの演出・振付を行うことは珍しくないようですね。コンテンポラリーダンスの振付家がオペラの演出・振付を行うことの特徴やメリットは何でしょう。

W 演劇の演出家がオペラの演出を手掛けることはよくありますが、ダンスの振付家のほうが「音楽」を意識した舞台づくりには長けていると思います。演劇の演出家は歴史的・文学的なアプローチをしますが、普段から音楽に合わせた身体表現をしているダンスの世界の人間とは異なります。言葉と音楽と身体の動きを総合的に見せるのが私の演出です。登場人物の深層心理をダンサーが動きで表現することもあります。

――オペラ『松風』を日本初演するにあたり、日本の観客にどのように観てほしいですか。

W オペラ『松風』は演出・振付を含めて完成されたひとつの作品なので、東京での再演にあたって手を加えることは一切ありません。言葉、音楽、身体、空間が一体となった文字通りの「総合芸術」を堪能してください。



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