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指揮者・城谷正博に訊く『ジークフリート』ハイライトコンサート



『ジークフリート』ハイライトコンサートを指揮するのは、日頃の新国立劇場オペラ公演を支える新国立劇場音楽チーフ・城谷正博。2015年『さまよえるオランダ人』演奏会形式も指揮し、ワーグナーに並々ならぬ思いのある城谷のアイデアで、今回はエレクトーン伴奏による上演となる。聴きどころばかりの抜粋版で、『ジークフリート』をより楽しめること間違いなしだ。



<ジ・アトレ3月号より インタビュアー◎柴辻純子>


エレクトーン2台と打楽器で
ワーグナーの望んだ音色にいかに近づけるか




2015年「さまよえるオランダ人」(演奏会形式)より

――『ジークフリート』ハイライトコンサートとは、どのような公演なのでしょうか。

城谷 2年前に演奏会形式で『さまよえるオランダ人』を上演しましたが、そのときは合唱以外のところのほぼ全部を演奏しました。『ジークフリート』は全体で4時間ほどかかる大作ですので、ハイライトコンサートでは興味深い場面を抜粋して約2時間で上演します。聴きどころばかりの公演です。

――前回の伴奏はピアノ1台でしたが、今回はエレクトーンと打楽器です。これは城谷さんの発案ですか。

城谷 これが今回の一番の目玉です。『オランダ人』のときは私の希望でピアノ1台でしたが、再びワーグナーを取り上げるにあたって、ピアノ1台よりも幅の広い表現ができるものはないかと模索しました。当初はピアノ2台とか、かつて石坂宏ヘッドコーチが指揮したカヴァー歌手による『コジ・ファン・トゥッテ』や『ドン・ジョヴァンニ』のように弦楽器とピアノとか、いろいろアイデアを出していくなか、エレクトーンはどうだろう、という話が出てきました。
 まだポピュラーではありませんが、エレクトーン2台がピットに入って『カルメン』や『椿姫』を演奏するなど、エレクトーン伴奏によるオペラ全曲上演が最近少しずつ増えているのですよ。私もエレクトーン伴奏のオペラ上演を指揮したことがあり、今回出演される西岡奈津子さんともご一緒しました。どのような音が出るのか、最初こそ不安はありましたけれど、実際のオケに勝るとも劣らないような素晴らしい表現ができました。今回の『ジークフリート』のカラフルなオーケストレーションも、エレクトーンで表現できるに違いないと思っています。

――つまり、ワーグナーの大編成のオーケストラのスコアをエレクトーン2台で演奏するのですね。

城谷 これは驚かれると思いますが、エレクトーン奏者の方はフルスコアを見て演奏します。管楽器の移調楽器もその場でスコアリーディングをしながら演奏し、これはオーボエ、これはトランペット、これはホルン、というように音色がすべて設定されたボタンも操作するのですよ。私からしますと神業に近い作業ですね。

――さらにそこに打楽器が加わります。

城谷 打楽器も含めてエレクトーンに任せてしまうこともできますが、打楽器に関しては生の音に勝るものはないので、ティンパニやシンバルなどを入れます。

――どのような響きになるのか今から楽しみです。

城谷 エレクトーン奏者2人のパートの分担はご本人たちにお任せしますが、あとは私との共同作業で作っていきます。特に音色については、ワーグナーの望んだ音色にいかに近づけるか、練習のなかで時間をかけていくことになると思います。これは、ひとつの挑戦ですね。うまくいけば、オペラとエレクトーンという組み合わせがもっと認知され、可能性が拓けてくるのではないかと思います。




『ジークフリート』を知らない人も
ぜひいらしてください!


――さて、今回の抜粋された各場面について教えていただけますか。

城谷 第1幕は、折れた名剣ノートゥングを作り直すことが主眼ですので、最後の、剣を鍛えて新しくノートゥングを再生していく場面を演奏します。歌手にも実際にハンマーを叩いてもらおうと思っています。ワーグナーの楽劇のなかで非常に親しみやすい場面です。

 第2幕は逆に一番の闇の部分といいますか、アルベリヒとさすらい人との対決の場面です。因縁の2人が出会い、やり合う、いかにもワーグナーらしい場面を見ていただきたいです。続いて「森のささやき」と言われている場面から、大蛇に変身したファフナーとジークフリートの戦いの場面を取り上げます。大蛇との戦いの迫力あるサウンドは、エレクトーンが得意とする場面ではないかと思います。

そして第3幕最後のジークフリートとブリュンヒルデの、「愛の2重唱」とは言い難いのですが、2人が出会い、愛し合うまでの場面も演奏します。

 このように、『ジークフリート』の大枠を理解していただける選曲になっています。

――出演するのは、6月の舞台上演のカヴァー歌手のみなさんです。

城谷 『ジークフリート』は登場人物が少なく8人しかおりませんので、8名のカヴァー歌手全員が出演します。カヴァー歌手というのは、歌うか歌わないかわからない状況で、いつも完璧に音楽と演技を覚えてスタンバイしていなければなりません。特にワーグナーは他の作品に比べて準備が大変で、実はもう音楽稽古を始めています。外国人のレパートリー歌手でも、ミーメやジークフリートのような大きな役は、1、2年かけて準備します。普段は今回のようなコンサートはないので、みなさまにお披露目せずに終わってしまいますが、これだけ歌える日本人歌手がいることを紹介する機会を与えていただけて、とても嬉しいです。

――ところで、城谷さんは、新国立劇場の音楽スタッフとしてこれまでたくさんのオペラに関わってきましたが、ワーグナーの作品についてどのようにお考えですか。

城谷 ワーグナーには特別な思い入れがありまして。飯守泰次郎芸術監督がかつて東京シティ・フィルと演奏会形式でワーグナーの楽劇を連続上演しましたが、そこで初めて飯守監督と出会い、「指環」の世界にどっぷりと浸かって、それ以来ワーグナーから離れられなくなっています。前回の『オランダ人』のときも暗譜で指揮しましたが、ワーグナーに取り組むときは毎回、歌詞も音楽も全部覚えます。本当に細かいところまで全部きちっと手が届くように準備した状態で、歌手のみなさんとの稽古に入ります。指揮者にとって、オペラを指揮する上でどうしても避けて通れないのが言葉です。特にワーグナーはそれが顕著で、言葉を理解しない限り、作品を味わい尽くせない、とあるとき気づきました。テキストの隅々まで覚えて身体の中に入れると、作品を本当に楽しめますし、味わうことができます。飯守監督も言葉と音楽の結び付きですべてを捉えていますので、このように準備するといろいろなことが共感できます。

――今回も、ワーグナー作品に関心をもつ多くのお客様がこの公演にいらっしゃるのではないでしょうか。

城谷 ワーグナーをよくご存じの方はもちろんですが、今回「ハイライトコンサート」と銘打って名場面を抜粋しますので、普段あまりワーグナーに縁のない方、『ジークフリート』という作品をよく知らない方にもたくさん来ていただきたいですね。本公演の予習としても最適な選曲になっています。素直に面白い、楽しめる場面もありますので、ワーグナーの新たな一面を知っていただくためにも、このコンサートは有用ではないかと思っています。



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