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「フィガロの結婚」アルマヴィーヴァ伯爵役 ピエトロ・スパニョーリ インタビュー



モーツァルトが台本作家ロレンツァ・ダ・ポンテと作り上げた、オペラの傑作中の傑作『フィガロの結婚』。かつては熱烈に愛し合って結婚した妻との関係は冷え切り、使用人フィガロの婚約者スザンナを自分のものにしようと躍起になるアルマヴィーヴァ伯爵を歌うのは、イタリアの実力派バリトン、ピエトロ・スパニューリ。

世界の名歌劇場で活躍し続けて30年で、ついに果たす初来日。深い解釈による歌唱と演技を、日本で初めて聴き、観ることができる春が待ち遠しい。



<ジ・アトレ16年12月号より>


役柄が語りたいこと、
それを探る方法を偉大な演出家から教わりました



――世界各国の劇場でキャリアを展開され、今まさに波に乗っていらっしゃるスパニョーリさんですが、これまで日本にいらしたことは?

スパニョーリ(以下S キャリア30年になりますが、実は今回が初めてなんです。日本ではオペラ、そしてイタリアの伝統がとても愛されていることを聞いて知っていますので、自分はいつでも歌いに行きたいと思っていました。なので、今回のオファーはとてもうれしく思っています。

――記念すべき初来日を新国立劇場で果たしていただくことになり、光栄です。スパニョーリさんが歌を始めたきっかけはローマの教会の合唱団だそうですね。

S ええ、子どもの頃、バチカンのサン・ピエトロ寺院少年合唱団に入っていました。システィーナ礼拝堂などで歌っていたんですよ。音楽と歌唱について素晴らしい教育を受けましたが、私は怠け者でしたけれど(苦笑)。少年合唱ですから、変声期になると合唱団を離れて、私は音楽ではない普通の勉強をしていました。そんなあるとき、教会の音楽の先生にお会いする機会があり、「君はいい声だし、音楽のセンスもある。どのレベルまでいけるかわからないが、きっと仕事として音楽をやっていけるよ」と言われたのです。

――先生はスパニョーリさんの音楽性はもちろん、プロ意識のようなことまでも見抜かれていたのでしょうね。

S おそらく、そうだと思います。声、知性、そして個性。職業人としてやっていくには、この三つが必要ですからね。この三つがバランスよく機能しないと、長く良いキャリアは築けません。

 それから、少年時代のもうひとつ大事な体験は、ボーイスカウト活動に参加していたことです。そこでの活動を通してさまざまな人と接したことで、自分が本来持っていた表現者としての才能が花開いたんです。でも劇場での仕事というものは特殊なので、やはり、実際に歌手活動を続けて学んだことも多いです。

――たとえば?

S 実際に舞台に立つようになってからは、優秀な演出家に影響されました。上手に演技するためのメカニズムを教わり、演技の質を洗練させるにはどうしたらいいかを教わりました。いろいろな体験を総合して消化すること、すなわち、物の道理を理解するべく頭で考える、ということです。台本にある言葉は、体を通して表現となり、その時点で言葉以上の何かに変転しています。でもそれは、あるごく普通の人物が何かの事情に直面した場合、さてどう反応するだろうか、ということの検証にほかなりません。

――これまでどのような演出家とご一緒されましたか。

S フランコ・ゼッフィレッリ、ピエール・ルイージ・ピッツィ、そして、皆さんがご存じの名前かどうかわかりませんが、大きな影響を受けたのはモニ・オヴァディアです。また、演劇出身のジョナサン・ミラーやロンコーニなど、非常に優れた方々と一緒に仕事をしてきました。役柄が何を語りたがっているのかを探る方法を、彼らから教わったのです。



アルマヴィーヴァ伯爵を通じて描かれる
欧州社会の大きな転換を読み取ってください

「フィガロの結婚」リハーサル風景

――『フィガロの結婚』のアルマヴィーヴァ伯爵役は、すでに何回も歌っていらっしゃる役ですね。

S はい。何回歌ったか数え切れないぐらいです(笑)。そして、フィガロ役もそれに負けないぐらい歌っているんですよ。

――アルマヴィーヴァ伯爵をどのような人物と捉えていますか?

S 他者への影響力を失いつつある、そういう立場の男です。貴族としての権威そのもの、というより、そこから発するもの、人としての力を失いつつあるのです。彼はその状況にうろたえています。そして密かにスザンナに恋している。だが、この女性と自分とは結ばれない運命だと悟っています。彼の感情は「怒り」としてあらわれるので、「感情的な男」と見なされるかもしれません。ですが、彼は当時の階級の高い貴族、つまり、政治家なのです。そのような人物は実はしっかりと自分の感情をコントロールする術を心得ていますが、ごくたまに、どうしても自分を抑えられないときもある。私は彼をまずそう見ています。

――『フィガロの結婚』はストーリーだけ追えばまさにドタバタ劇で、非常にコミカルですが......。

S ヨーロッパ史の中でフランス革命がどれほど大きな出来事だったか、皆さんもご存じですよね。当時のヨーロッパ社会ではフランス革命前後、貴族・王族の階級が存続の危機に晒されていました。フランスのみならずスペインもそうです。これが『フィガロの結婚』の時代背景であることを忘れないでください。その意味でフィガロは、革命的な、台頭する市民階級を象徴する人物なのです。彼はとても頭が良く、理性で物事を判断し、正論を言う。アルマヴィーヴァ伯爵が見るフィガロは、まさに当時の時代の縮図であり、自身が対峙すべき新しい社会、というわけです。伯爵はそこに、自分の凋落の姿を認めざるを得ないんですね。

――伯爵は、単なる「怒りん坊」ではないのですね。

S まったく違いますよ。ただの「女好き」と思われては困ります!(笑) 複雑な心理の行き着いた結果のひとつとして、確かに彼は妻を裏切り、他の女性を追いかけはします。でも、そこを見ただけでは、彼の持つ複雑性はわからないんです。社会の変革が、彼にとっていかに苦しいものであったのかを見ていただきたいです。ひとりの人物を通して描かれる、ヨーロッパ社会全体の非常に大きな転換を読み取ってください。

――歌う立場ですと、どんなところにモーツァルトの天才性を感じますか。

S モーツァルトとダ・ポンテが協力して作りあげたオペラは、文字通り傑作です。音楽の魅力が一瞬たりとも途切れません。歌唱部、レチタティーヴォの両方を通して、まさに流れていきます。歌いながら、譜面を見ながら、なんて美しく、そして楽しいのだろう、と感じますが、楽譜をめくって次のページに進むと、今歌ったページよりもさらに美しい音楽が登場し、それが最後のページまで続きます。素晴らしいとしか言いようがありません。「モーツァルトは天才だ」という事実をもちろん否定しませんが、彼の才能は、ロレンツォ・ダ・ポンテという台本作家を得て、さらに奇跡が起こったのだと思います。

――今シーズンの主なご予定を教えてください。そして日本のオペラ・ファンへメッセージを。

S この秋はトゥールーズで『イタリアのトルコ人』、ウィーンで『愛の妙薬』、ローマで『コジ・ファン・トゥッテ』(グラハム・ヴィック演出)に出演します。2017年3月にはベルギーで『イタリアのトルコ人』ドン・ジェローニオ役のロールデビューが待っています。これまではずっとセリム役を歌ってきましたので。そしてそのあと、皆さんの前で歌うことになります。カレンダーを見て、東京に行く日を楽しみに待っています。素晴らしい観客の皆さんからの反応が私のエネルギー源です。舞台の幕が上がった瞬間から、そのエネルギーを受け取っています。日本のお客様はきっと、すばらしく好奇心の強い方々でしょうね。芸術、そしてイタリアという国、モーツァルトいう作曲家、それらに寄せる皆さんの尊敬と興味を決して裏切らない歌をお聴かせしなければと思っています。



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