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「ラ・ボエーム」ミミ アウレリア・フローリアン インタビュー

出会いと恋のときめき、相手を愛おしく思うがゆえの別離、そして永遠の別れ─

お針子ミミと詩人ロドルフォの美しくも哀しい恋物語をプッチーニの甘美な響きで描く『ラ・ボエーム』を11月に上演する。ヒロインのミミを演じるのは、「次代を担うソプラノ」として世界の歌劇場で活躍するルーマニア出身のアウレリア・フローリアン。『椿姫』で高い評価を得ているフローリアンが、憧れの役ミミに新国立劇場で初挑戦する。

インタビュアー◎ 井内美香 (音楽ライター)<ジ・アトレ6月号より>

偉大なアーティストとの共演から
たくさんのことを学びました


  

――フローリアンさんは11月の『ラ・ボエーム』で初来日となります。日本のオペラ・ファンへのご紹介として、現在までの歩みを教えてください。声楽家を目指したきっかけは?

F 私はルーマニアに生まれまして、両親は音楽家ではないのですが音楽が大好きで、娘が偉大なピアニストになることを夢見ていました。そして私は12年のあいだコンサート・ピアニストになるための勉強に打ち込んだのですが、ピアノを通じて自分を十分に表現することがどうしてもできなかったのです。でも、音楽や芸術への愛はあったので、音楽教育を学ぶか、声楽に転向するか考えた末、歌を選びました。歌は私に合っていたようで、正式に教育を受けるようになってから比較的早くコンクールなどに優勝するようになり、こうしてプロのオペラ歌手になりました。

――イタリアでも歌を勉強されたようですね。

F ルーマニアの歌劇場でしばらくプロとして舞台に立ったあと、イタリアで2年間学びました。モデナで名ソプラノのライナ・カバイヴァンスカに師事したのです。その滞在中にパルマ王立歌劇場でヴェルディの『レニャーノの戦い』に出演する機会があり、それが好評で国際的な舞台で活躍するようになりました。

――パルマの『レニャーノの戦い』の舞台は、YouTube で観ることができますね。その一場面であなたは、大きな階段を駆け下りて床に倒れ込み、その姿勢のままでとても安定した声で歌い出します。素晴らしいコントロールで驚きました。歌のテクニックと演技の兼ね合いはどうされていますか?

F テクニックは大切です。特にキャリアの初めにはそれは大いに助けになります。でももっと大事なのは、舞台の上でそのテクニックを忘れるほど演技に集中することです。歌手はスポーツ選手のようなところがあり、歌うための筋肉をいつもトレーニングしていないといけません。そして他の歌手の技術やスタイルを真似しないで、自分の声や素質にあった歌い方を磨くこと。それができれば、自分の思うように歌えるようになります。舞台に身を投げ出した後ですぐ歌ったり、横たわった状態のままで歌うことも......。ヴィオレッタも、『ラ・ボエーム』のミミも、直立したまま死ぬことは有り得ません。音楽と演技の両方で信憑性のある人物像を作らなくてはなりません。本当のことを言えば、パルマ王立歌劇場の演出は確かに大変でした。舞台ではアドレナリンが出ていますから痛いとも思わないのですが、終演後に見ると腕などに傷がいっぱいで。初日が開けた翌日は全身が痛くて「何であんなことができたんだろう?」と(笑)。

――フローリアンさんは次代を担うソプラノとしてオペラ界から大注目され、ヨーロッパの主要歌劇場や音楽祭に出演されています。一番多く歌っている役は『椿姫』のヴィオレッタですか?

F そうですね。ヴィオレッタ役のおかげでヨーロッパの重要な歌劇場の扉が開かれました。これまで私の国のブカレスト国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場、チューリヒ歌劇場、イスラエル・オペラ、他にもたくさん歌っています。バイエルン州立歌劇場ではジェルモン役はレオ・ヌッチ、アルフレード役はローランド・ヴィラゾンでした。彼らのような偉大なアーティストと一緒に舞台を作り上げることができたとき、夢が現実になった、と感じました。彼らとの共演で学べたことがたくさんあります。



ミミ役を歌うことを
ずっと夢見てきました

――プッチーニ作品をレパートリーにしたのは最近ですか? プッチーニ作品を歌う難しさ、そして喜びとは?

F 『ラ・ボエーム』のミミ役は東京がロール・デビューです。ヴェルディは初期の作品を含めて数多く歌っていますが、プッチーニのオペラでこれまで歌ったのは『つばめ』だけです。私はミミ役を歌うことをずっと夢見てきました。なぜならプッチーニの音楽は計り知れない美しさを持っていて、私にとっては、プッチーニは神様に思えるくらい偉大な作曲家だからです。

 声楽的にはヴェルディとの大きな違いは感じていません。イタリアではよく、『椿姫』のヴィオレッタを歌うのには3人のソプラノが必要だ、と言います。第1幕はシャンパンの泡のような軽い声。第2幕はリリックで、しかもドラマティック。父親ジェルモンが「息子と別れてくれ」と言いに来る場面ですから。最後の幕はやはりリリックですが、死の間際の弱々しい声で感情を表現しなくてはいけません。『椿姫』の第2幕、第3幕は『ラ・ボエーム』のミミに共通している部分があると思います。演技面では肺結核を病んだヒロイン、という点も共通しています。19世紀後半の女性美、青白くて儚い美しさ。ミミは貧しいお針子でしたが、詩人ロドルフォにとって理想の女性だったのだと思います。

――プッチーニの『トスカ』初演を歌ったのはルーマニア人ソプラノのハリクレア・ダルクレでした。現代でもイレアナ・コトルバシュ、アンジェラ・ゲオルギューなどルーマニア人の名プリマがいます。彼女たちはあなたにとってどのような存在でしょうか。

F コトルバシュの歌うミミは最高でした。私にとってもミミ役のお手本になっています。ゲオルギューも観客にとても愛されている歌手です。でも、そのキャリアに大きな感銘を受けたルーマニア人歌手はヴィルジニア・ゼアーニです。彼女はとても品のある歌手で、イタリア、そして世界で偉大なるキャリアを築きました。私に最も大きな影響を与えてくれたルーマニア人歌手はゼアーニだと言えます。


――今後の出演予定を教えてください。

F バイエルン州立歌劇場で再び『椿姫』を歌います。世界の一流歌劇場の舞台を踏むことは大切ですが、もっと重要なのはその劇場に再び声をかけてもらうことです。それは最初に出演したときに良い結果を残し、観客に評価してもらえた、ということですから。そういう意味ではマエストロ・オーレンが毎年呼んでくださるイスラエル・オペラも私にとって大事な劇場です。これまで『ルイザ・ミラー』『椿姫』『つばめ』、そしてグノー『ロメオとジュリエット』を歌い、来年にはグノーの『ファウスト』、そして2018年にはマイヤベーアの『ユグノー教徒』に出演する予定です。


――最後に、日本のオペラ・ファンにメッセージをお願いします。

F 新しい観客の皆さんにお会いして最善を尽くすことは私にとって大きな喜びです。それは厳しい試練でもありますが、観客とアーティストとの関係を築くとても重要な瞬間だと思うのです。『ラ・ボエーム』で日本に行くことは、私にとってとても重要なイヴェントです。初めての日本訪問ですが、日本には随分前から行きたいと思っていて、家族旅行のプランを練ったこともあるくらいです。ですから日本行きが待ちきれません。日本では、日本文化と日本の美しさをよく知りたいです。日本人の高貴な精神は世界に誇るべきものだと思います。日本でオペラを歌うのは嬉しく、名誉なことです。『ラ・ボエーム』が皆様にとって素晴らしい公演になるよう、最善を尽くしたいと思っています。



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