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「運命の力」ドン・アルヴァーロ役 ゾラン・トドロヴィッチ インタビュー

永遠の愛を誓ったレオノーラとドン・アルヴァーロ。しかし運命がそれを許さない。
悲劇と復讐が愛に襲いかかる怒涛のオペラ『運命の力』。
ドン・アルヴァーロを歌うのは、新国立劇場ではおなじみの名テノール、ゾラン・トドロヴィッチ。
ドン・アルヴァーロ役は彼自身に"運命の力"が働いた大切な役とのこと。
彼にとって特別なオペラ『運命の力』、そしてドン・アルヴァーロ役への熱い思いを語る。



<下記インタビューはジ・アトレ11月号掲載>

  

『運命の力』は
私の人生の「運命」の作品なのです

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     稽古風景より

――『運命の力』は、ほぼ年一回のペースでコンスタントに歌っていらっしゃる作品のようですね。

トドロヴィッチ(以下T) はい。今年1月にもバイエルン州立歌劇場で歌いました。ヨナス・カウフマン氏が体調を崩しまして、急遽代役を務めたのです。代役はそれはそれはプレッシャーです。まして当代一と言われるカウフマン氏の代役ですから。マルティン・クシェイ氏の現代的な演出は複雑で、歌手たちは体の動きなどを覚えるのに大変な苦労していたのですが、私に与えられた稽古時間は実質2日しかありませんでした。どうなることかと思いましたが、集中してすべての動きを覚え、舞台に立ちましたよ! 新聞評でも高い評価をいただきました。「代役だからといって、演出家はただの一箇所も演技を簡略化しなかった」と書いていただけたのです。私の誇りです。

――たった2日で! 歌い込んでいる作品だから可能だったのですね。トドロヴィッチさんにとって『運命の力』とはどのような作品ですか?

T 『運命の力』というオペラは、世界の大劇場への扉を開いてくれた、私の人生の「運命」の作品なのですよ。 初めてドン・アルヴァーロを歌ったのはブリュッセルの劇場でした。このプロダクションでは演出家がパニックになって途中で投げ出してしまったため、歌手たちはこれまでの経験を総動員して自分たちでそれぞれの役を作り上げたのですが、深みのない舞台になってしまいました。でもその結果、私は、演出家がいかに重要であるかを理解したのです。『運命の力』の細部にはヴェルディのさまざまな工夫が施され、表現すべきことが隠されています。ですから、それを見抜き、歌手に指導する演出家が必要なのです。二度目に歌ったときは優れた演出でしたので、問題はありませんでした。

――その後、各地の名門歌劇場で『運命の力』を歌い、歌うごとに深みが増していらっしゃったのですね。

T はい。『運命の力』は、長い時間をかけて、同じ役を異なる演出で何回も演じて、やっと形が掴めてくる作品ですから。ヴェルディのオペラのなかで最高難度の作品が『運命の力』と『オテロ』です。この二作は、長く、広がりのあるオペラの進行中ずっと緊張感を保つ持続力と、息の使い方の究極のコントロール、そして繊細な音楽性が求められるのです。私はこの二作で、ヴェルディが楽譜上に記したやの指示を完璧に歌いこなせるテノールを、一人か二人しか知りません。これらを歌うには長年の研鑽が必要です。この研鑽に、おそらく終わりはないでしょう。私もそうです。しかし、役への自分のアプローチは完成していると自負しています。どんな相手役と組んでも、どんな斬新な演出を施されても、もう揺るぐことはない......そういう自信があります。


ドン・アルヴァーロがどれだけ苦しみ、喜び
成長していくか見届けてください

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2011年「蝶々夫人」より

――ドン・アルヴァーロ役にとって一番の聴かせどころは、やはり第3幕の「天使のようなレオノーラ」ですよね。

T このアリアは、なんとも独特なんです。絶品の楽曲には違いないのですが、聴衆はこのアリアを聴き終わると、拍手を一瞬ためらってしまいます。ドン・アルヴァーロのこの後の人生に不安になるからです。
 このアリアは、ヴェルディのきわめて緻密な手法で仕上げられているので、歌いこなすには大変な技術が必要です。まず、歌い出しは、ドン・アルヴァーロの嘆きです。自分はインカ帝国の王族の血筋で、王にもなれる身分なのに、それを捨て、異国のスペインで生きようとした......そんな悲運を語るところから始まり、やがてレオノーラを思うアリアへと移ります。それをつなぐは細い糸を紡ぐように歌わなければなりません。その難しさといったら! 「おお、あなたは天使の腕に抱かれ」のA(ラ)の音が聴く人の心に突き刺さります。ヴェルディはどうしてここを小さな声で歌わせるのか......それは、この瞬間、ドン・アルヴァーロは自分の人生を決めるからです。自身の心の奥底に入り込み、気づき、そしてその発見は徐々に膨らんでゆく。B♭(シ♭)の音が3回ほどあるのですが、そこに到達するごとに彼の心情は高まり、自分の運命はレオノーラと二人で幸せになることだけだった、と悟るのです。このアリアのあと、兄ドン・カルロとの友情と確執の物語が続きますが、ドン・アルヴァーロの中には一貫して尊い愛が存在し、彼の行動や決断に大きく影響していきます。その変化を導くアリアが「天使のようなレオノーラ」です。

――彼の決断の場だけに、聴衆の拍手より沈黙を誘うのですね。

T そうなのです。そしてこのオペラは全体として、明るく発展的な要素が垣間見えたと思うと、そこに暗い運命がのしかかる構造になっています。楽観主義と悲観主義の万華鏡を見るようです。ドン・アルヴァーロにとって決定的なシーンは、レオノーラが生きているという知らせを受けるところでしょう。彼はここで、過去を忘れて全員が手を取り合って、レオノーラと共に未来に向かって生きようとします。その思いの原動力になるのが前述のアリアです。ところが、彼の全力をあげての提案を、ドン・カルロは同じだけのネガティヴさでもって拒むのです。物語の一連の二色の流れが、ここに集約されているのです。ドン・アルヴァーロにとって運命を切り開くキーワードは「愛」なのですが、ドン・カルロは過去の悲劇に固執し、そのキーワードを受け入れようとしません。結果、彼は自分の妹を殺してしまいます。『運命の力』では登場人物の誰もが「明と暗」の重い命題を突きつけられます。そして、歌手たちはこの命題を、それぞれの役として声で伝えなければなりません。ですので、ただ単に美しい声を持ち、声量に恵まれているだけでは務まらない役なのです。

――歌手として探求のしがいのある役なのですね。

T ええ。楽譜上の指示の意味を逃さず解釈し、場面ごとに切り替わる心情を的確に歌わなければなりません。それが、ただ1曲のアリアに込められている場合だってあるのです。ご覧になる皆さんには、どうか、3時間の物語の中で、ドン・アルヴァーロという若者がどれだけ苦しみ、そして喜び、人間として成長し変化していくかを見届けてください。

――熱心な仕事ぶりで多忙を極めるトドロヴィッチさんですが、休みの日には何をしていますか?

T ここ7年ほどゴルフをしています。どの国に行っても大抵できますし、自然の中に出ることがとてもいいのですよ。ゴルフができないときは、外を散歩します。いい空気を吸って瞑想すると、リハーサルや本番の緊張から解放され、声の心配など忘れてしまうんです。東京でも、まめに散歩を楽しむ予定ですよ。

─『運命の力』についてのたくさんの興味深いお話、ありがとうございました。

T こちらこそ。春に新国立劇場で歌うことを心待ちにしております。大勢のみなさんとお会いできますように!

 


 

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