オペラ公演関連ニュース
「パルジファル」 舞台装置の裏側をご紹介!
2014/2015シーズンのオープニング作品で飯守泰次郎新オペラ芸術監督就任第1作、新制作『パルジファル』開幕がいよいよ目前に迫ってきました。9月29日(月)には、マスコミや新国立劇場賛助会員、アトレ会員を招いた舞台稽古見学会が行われました。飯守芸術監督の指揮が導き出す深遠な響き、世界的なワーグナー歌手たちの圧倒的な歌唱、それにひけをとらない日本人歌手、精緻なアンサンブルでドラマを盛り上げる新国立劇場合唱団、どれも素晴らしく、初日に向けてますます期待が高まりました。
そして、この日、ハリー・クプファー演出の舞台の全貌がついに明らかになりました。
新国立劇場の機構を駆使した大掛かりな舞台のメインの装置となるのが、聖槍の象徴となる「メッサー」(「ナイフ」の意)と、舞台の中心に置かれる「光の道」です。その制作には大勢のスタッフが携わっています。彼らはどんな仕事をしたのか、装置制作の舞台裏を、ご紹介します。
(なお、『パルジファル』初日10月2日には、舞台の見どころをホームページでご案内します。お楽しみに!)
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テクニカル・スーパーバイザー
マティアス・リッペルト
Matthias Lippert
8トンの「メッサー」をどうやって1点で支えるか
誰も経験したことのない舞台装置に挑戦
――リッペルトさんは「テクニカル・スーパーバイザー」とのことですが、どんな仕事なのでしょう?
舞台美術家が描いたデザインを舞台上で実現するために、技術的なプランを立てる仕事です。つまり舞台美術家によるデザイン画を基に、劇場も舞台装置の制作会社も分かるような設計図を書き起こします。その際に重要なのが重量などの計算であり、それぞれの劇場の機構に合った技術的な解決方法を探します。
今回の『パルジファル』では舞台美術家のシャヴェルノッホさんが美術的に求めていることをきちんと解釈し、それを具現化することが私の仕事でした。ですから舞台美術家との対話が非常に重要になります。
――たくさんの舞台に携わっているリッペルトさんから見て、今回の『パルジファル』について技術面で特別なことはありますか?
どのプロダクションもすべてが唯一のものですから、それぞれに特別な面がありますが、今回の『パルジファル』に関して言えば「メッサー」ですね。この装置は、構造として物理的にとても難しいんです。『パルジファル』のもうひとつのメインの舞台装置に「光の道」がありますが、こちらは面積から重量が簡単に計算できるので全く問題ありません。でも「メッサー」は誰も経験したことのないものでした。重さが8トンもあり、それをたった1点で支えなくてはいけません。しかもメッサーは動きますので、その際ひっくり返らないようにするにはどこで支えたらいいのか、揺れずに動かすには支えの強度はどのくらいにしたらいいのか、その計算が大変でしたし、設計図も苦労しました。そして8トンという重い物体を新国立劇場の舞台にいかに乗せるかという問題もありました。
このような大掛かりな装置を今回の『パルジファル』5公演のためだけに作るのは、本当に贅沢ですし、是非ご堪能いただきたいです。
――「メッサー」はそんなに大掛かりな装置なのですね。しかも「誰も経験したことのないもの」となると、実際に作る前になにか模型を作るなどなさったのでしょうか?
いえ、前段階のモデルを作ることはせず、すべて計算だけで設計図を作りました。その計算をするために、事前に新国立劇場に来て、2時間かけてステージの寸方をくまなく測りましたよ。この計測での数字を基に、さまざまな構造のための計算をしたのです。
「メッサー」の材料の鉄はヨーロッパで切って日本に持ってきています。万が一、私の計測の数字が間違っていて、「これではメッサーが支えられないから作り直せ」なんて劇場で言われても、鉄はそう簡単に切れるものではないので困ってしまうのですが、幸いそんな問題は起こらなかったのでよかったです(笑)。
――リッペルトさんはバイロイト音楽祭でも数多くの仕事をされていますが、これまでで一番印象に残っているプロダクションは?
クリストフ・シュリンゲンジーフ演出の『パルジファル』ですね。あれはとても楽しかった、というか、とても驚きました。僕らはいつも舞台を「きれいに」作ることを目指してやっていますよね。たとえば、ある装置に釘を打つときは、釘の頭はその装置と同じ色にしなければ、とか、装置が汚れないように、などとても気をつけます。なのにシュリンゲンジーフさんは「釘は違う色でやってくれ」「汚くていい」「ぐちゃぐちゃでもいい」と言うんです。そのように「汚い」と、どの段階が彼の「完成」なのかが分からない。「終わり」が分からないのですよ。ドイツ語では「不可能なことをやり遂げる」ことを「自分の影を飛び越える」と言うのですけれど、シュリンゲンジーフさんの『パルジファル』ではまさに僕は自分の影を飛び越えました。「きっちりと」「美しく」作ることに慣れているのに「そうするな」と言われたのですから、とても面白かった一方、苦労でもありましたね(苦笑)。
プロジェクト・マネジメント
イルカ・リヒト(スタジオ・ハンブルク)
Ilka Licht
Studio Hamburg(装置製作)
美しく動く「メッサー」は
たくさんの人の知恵と計算の結晶なのです
――プロジェクト・マネジメントという仕事についたきっかけは?
私は建築・設計の修士号を持っているのですが、一方でジャグラーとしてサーカスの舞台に10年間立っていました。この2つを一緒にした職業につきたいとずっと思っていて、さらに昔からオペラが大好きだったんです。なので、オペラ上演に関われるスタジオ・ハンブルクに入りました。バイロイト音楽祭のフランク・カストルフ演出『ニーベルングの指環』の『ジークフリート』と『神々の黄昏』の舞台は私たちスタジオ・ハンブルクが作っていて、この仕事に携われてとても嬉しかったですね。昨年1年間、私はバイロイトの仕事に専念していました。そこでリッペルトさんと一緒にお仕事したんですよ。バイロイトでは昨年、ワーグナー生誕200年祭として初期作品『妖精』『恋愛禁制』『リエンツィ』を上演したのですが、この3作品の舞台責任者が彼だったのです。
私の仕事は、プロジェクトの責任者です。ヨーロッパでも女性が務めるのは珍しいポジションなので、どの劇場の現場でもかなり目立ってしまいますね。仕事内容を平たく言えば、舞台装置製作の「交通整理係」です。いろいろな人と連絡を取り合って調整して。サーカスでジャグリングしているのと同じような毎日です(笑)。
――プロジェクト・マネジメントの仕事で最も大切なことは何ですか?
舞台美術家が考えたヴィジョンを、いかに現実化して舞台で見せるか、です。単に舞台を作り上げるだけではなく、舞台美術家が完成した装置を見て「これが私のアートだ」と喜んでくれるものを作ることが大切です。舞台美術家それぞれにスタイルがありますから、各々の芸術性について理解することが私たちの最も重要な仕事だと思っています。
最初に私たちに仕事の依頼が来る段階では、舞台美術家のプランがまだぼんやりしていることもあります。美術家からプランをうかがい、こちらでプロトタイプを作って見せては直すというやりとりが進むうちに美術家の方向性がクリアになり、最終的に美術家が望むものができあがります。長い道のりを探りながら進むうち、急にギアが入り、急カーブして完成、ということが多々あります。
――今回の『パルジファル』の舞台装置はいかがですか?
「メッサー」は私たちにとっても初めての経験で、大きなチャレンジでした。これほど大がかりな装置には専門家が必要ですので、3人のスペシャリストが携わっています。1人目は劇場の機械工学の専門家です。彼は、リッペルトさんが作った設計図から「メッサー」の重量を計算します。「メッサー」は非常に長い上に、舞台美術家シャヴェルノッホさんからミリ単位での細かな高さの調整の希望が来るので、この人が支えの重量計算などを専門に行います。2人目は油圧専門の技術者ホールフェルトさんです。「メッサー」は油圧によって動くのですが、ホールフェルトさんは「メッサー」を動かすために必要な油圧の力を計算し、適切なモーターなどを準備します。また、上演中に「メッサー」を動かすのは彼で、言ってみれば「メッサー」の操縦士です。そして3人目は、前2人の数字を総括し、「メッサー」を動かすプログラミングをする人です。
この3人による計算ができたら、その数字がもう1回リッペルトさんに戻され、安全性を確認するため彼が再び重量等を計算します。そして、その数字が私のところに来て、舞台装置の製作に指示を出していくのです。
お客様はおそらく、舞台上で美しくエレガントに動く「メッサー」を何気なくご覧になると思うのですが、このように多くの人たちが知恵を絞り、緻密に計算した上で実現した装置なのですよ。
――油圧担当の「メッサー」操縦士ホールフェルトさんが新国立劇場で驚かれたことがあるとか?
新国立劇場の奈落のことも素晴らしいと言っていました。私も驚きましたよ。舞台を15mも下げられるなんて、ドイツの劇場にもない機構です。しかも、そんな深い場所、普通だったらネズミがいそうなのに、ピクニックができるくらいきれいなんですから!
――今後どんな舞台の予定があるか教えてください。
実は今、オランダで11月から始まるミュージカル『ビリー・エリオット』(映画の邦題は『リトル・ダンサー』)の真っ最中なんです。『パルジファル』の舞台セットをドイツで作ってコンテナに積んだのち、ハンブルクから船で東京に到着するまでの2か月間、私は『ビリー・エリオット』の仕事をしていました。これが大変な仕事だったのですが、「このあと東京に行くんだから!」と来日を楽しみに頑張ったんですよ。そして、こうやって東京に来て、『パルジファル』の舞台装置は無事できあがり、東京での私の仕事は終わりましたので、大至急オランダに戻らねばなりません。『パルジファル』の初日が観られないのがとてもとても残念です......。初日のご成功をお祈りしています!
新国立劇場 技術部・映像係長
倉石和幸
LEDの「光の道」
階を変えて2度観て、2倍楽しんでください!
――『パルジファル』のメインの舞台装置の名前は「光の道」ですが、その名の通り、光るのでしょうか?
ええ、そうです。今回の『パルジファル』では映像を多用していまして、「光の道」と「メッサー」、それから舞台奥のリアスクリーンに映像が流れます。特に「光の道」と「メッサー」の映像はLEDによるものなんですよ。LEDのパネルは1枚が24cm角で、それを「光の道」に約1900枚、「メッサー」に約200枚、全体で64万個のLEDを使用しています。
――ものすごい数ですね!
そうなんですよ。このLEDを担当しているのは、スイスのイベント・アーゲー社(event ag)の若い男性3人です。本当は「光の道」と「メッサー」のLEDはヨーロッパですべて並べて組み立てたものを日本に運んでくるはずだったのですが、ものすごい数ですから間に合わず、また、運んできたものの一部が荷崩れしていたため、組み立てられて届いたものは3分の1程度。残りは新国立劇場で組み立てましたが、これが大変でして......。
――どう大変だったのですか?
まず、LEDのパネルを並べるといっても、「光の道」はジグザグな形をしているので、角の部分はパネルを切らないといけません。しかし、パネルの裏にはLEDの基板が付いているので、勝手に切れないんですよね。だから、細いサイズには限界がありました。
そしてなにより大変だったのが、我々が「田植え」(笑)と命名した作業です。なにかというと、「光の道」の上に歌手たちが乗りますが、LEDの上に直接乗るわけにいきません。そのためLEDの上にアクリル板を置くのですが、そのアクリル板を支えるのが、アクリルの小さな棒(高さ約3.5cm、直径約2.5mm)です。LEDパネルとその下のコルクボードにはたくさんの穴が均等にあいていて、そこにアクリル棒をまるで「田植え」のように8本×8列=64本を刺すのです。その棒の上にアクリル板を置くので、つまりLEDパネル1枚に立つ64の「点」でアクリル板を支えているのです。イベント・アーゲー社が言うには、アクリル板の上に人間が乗ることによって、アクリル棒がコルクボード全体に均一に沈み込むので、アクリル板の上で飛び跳ねようが何しようが壊れることはないそうです。無数の点で支えるというのは、理にかなっています。なるほど、と思いますが、しかし、差し込む作業は大変ですよ。
――そうですよね。アクリル棒の数があまりにも膨大で言葉を失います......。
パネル1枚につきアクリル棒を64本差し込む、それがパネル約2100枚分ですからね。まさかこんな作業をやることになるとは夢にも思っていませんでした(苦笑)。地道に9日間かけてひたすら棒を刺しました。時間との勝負でしたね。
――話を聞いているだけで気が遠くなりそうです(苦笑)。LEDパネルでのこのやり方は一般的なのですか?
日本でLEDを扱う会社の人によれば、アクリル棒を使う固定方法は初めて見たと言っていました。日本では、LEDの上に人が乗ることは想定していないからでしょうね。
ちなみに、LEDを保護するだけなら、64の「点」などで支えなくても、たとえば四隅に枠をつけるといったこともできるんです。ただしその場合、パネルとパネルの間に空きができてしまいます。野外コンサートなど遠くから見るものならそれで問題ないですが、今回は、映像の解像度を上げるため、パネルの中のLEDひとつひとつの並びの間隔をとても細かくしています。それほど細部までこだわった映像ですから、パネルとパネルの間に空きなど作るわけにいきません。なので、64本のアクリル棒の「点」で支える方法になるわけです。
――なるほど。ちなみに舞台奥のリアスクリーンはどのような仕組みなのでしょう?
リアスクリーンはLEDではなくプロジェクターで映像を投影します。ですが「光の道」と「メッサー」のLEDとあまり差がないように、通常では考えられないほど明るくできる機材を使っています。このプロジェクターは、他の劇場では揃えられない、新国立劇場だから使えるものなんですよ。
――そのほかに苦労はありましたか?
アクリル棒の作業をする前に、新国立劇場の舞台スタッフが一番苦労した作業は、LEDのLANケーブルです。「光の道」は全部で8ブロックに分かれ、そのうち手前の5ブロックが迫(せり)によって上下します。その動きは上下それぞれ4.5m。つまり隣り合う2つのブロックには最大9メートルの高低差が生じることになります。LEDは1本の信号で繋がっていて、迫が動かなければ真っ直ぐな距離の分でLANケーブルをつなげばいいのですが、9メートル動くということは、その分LANケーブルの長さに余裕をもたせなければなりません。そこで、LANケーブルは奈落を這うように長くつなげました。舞台下は、まるでLANケーブルのすだれのようですよ。また、LANケーブルは軽いため、動くとねじれてしまい、舞台機構に挟まって大変なことになります。迫を動かしてもLANケーブルがねじれないようにするにはどうしたらいいか、夏からずっと試行錯誤しました。その結果、ガイド用に重いケーブルをつけることで解決したのです。リハーサルでは丸2日間、普段は誰も行かない舞台の一番下の地下6階にスタッフがこもって、舞台下にぶら下がるLANケーブルの動きを眺め続け、問題ないことを確認しました。
――本当にお疲れ様ですが、LEDの映像がとても楽しみです。新国立劇場でLEDの大掛かりな装置を使うのは初めてですよね?
たとえば『トリスタンとイゾルデ』での渦巻く光の環はLEDでしたが、今回の『パルジファル』のようにパネルとしてLEDを床に敷き詰めて使うのは初めてです。オペラの舞台でこのような試みはまだ世界的にも例がないでしょう。
舞台はとてもきれいだと思いますよ。今回はぜひ、違うフロアの席のチケットをお取りいただいて2回ご覧になると楽しいかもしれません。というのは、2階より上の席から見る「光の道」がとても美しいんですよ。ですから、1階席で歌手たちの歌と演技を近くでお楽しみいただいたら、次の公演では、2階より上の席から「光の道」の映像をご覧いただくと、舞台を倍お楽しみいただけると思います。2公演計12時間を観るのは大変ですが、お時間が許せばいかがでしょうか。
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