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「ドン・カルロ」フィリッポニ世、「さまよえるオランダ人」ダーラント、ラファウ・シヴェク インタビュー

 

オランダ人役はトーマス・ヨハネス・マイヤー、ゼンタ役はリカルダ・メルベートと世界で活躍する名ワーグナー歌手が登場する「さまよえるオランダ人」。
ゼンタの父ダーラント役は、ポーランド出身のバス歌手ラファウ・シヴェクが歌う。
シヴェクは「さまよえるオランダ人」の前に、「ドン・カルロ」にてフィリッポ二世役でも新国立劇場に登場。
今年のオペラパレスの年末年始の"顔"となるシヴェクに、バス歌手にとってのヴェルディとワーグナーについて語ってもらった。 


<下記インタビューはジ・アトレ8月号掲載>

  

フィリッポ二世は、人間不信な絶対的権力者
ヴェルディはそれを音楽と演技で表現するよう求めています

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     マッシモ・ベッリーニ劇場「エルナーニ」より

――11月末に初日を迎える「ドン・カルロ」で新国立劇場に初登場いただいたのち、続けて2015年1月には「さまよえるオランダ人」で再登場くださいます。ヴェルディとワーグナーで二作連続のご出演、ありがとうございます。

シヴェク(以下S) 2003年に初来日した折、オペラ、そして芸術を心から愛する素晴らしい聴衆がオペラを支えてくださっていることに感動しました。それ以来、日本が大好きになりました。続けて二度来日した後、日本から多くのオファーをいただいていたのですが、スケジュールがなかなか合わず、このように間が空いてしまいました。でも今回は二つの素晴らしい大作を通して皆様にお目にかかれるので、とても楽しみにしています。

――ヴェルディの「ドン・カルロ」では、スペインの王子ドン・カルロの父王であるフィリッポ二世を歌われますね。

S ヴェルディは私の大好きな作曲家であり、私は彼の作品では十六の役を歌ってきています。ヴェルディは男性の低音域の声に寛大な作曲家でした。「ナブッコ」に始まる初期のオペラではベルカント的な要素を見ることができますが、だんだんと劇的要素が強くなっていき、それぞれの役柄も音域による画一的なものではない、深いものとなっていきました。フィリッポ二世も複雑な役柄です。レガートの限りなく美しいフレーズがあったかと思えば、限りなくドラマティックな瞬間が訪れる、と言った具合です。このフィリッポ二世とは実在の人物なのですが、今では考えられないような絶対的な権力を持った王でした。そして戦士であった父親とは違う、官僚的な為政者であり、同じ建物にいる大臣にも書面で命令を出すような変わった一面を持っていました。おそらく人間嫌いの孤独な人物だったのでしょう。反政府者が存在し、父としても、夫としても裏切られた経験を持つ彼は、人間に不信感を抱いた絶対的な権力者なのです。そしてそれを音楽と演技で表現することをヴェルディは求めているのです。

――ヴェルディのオペラ作品の難しさはどこにあると思われますか。

S イタリアン・フレーズとでも言いましょうか。声自身が持つドラマ性のみに頼るのではなく、イタリア語やその独特の言い回しと結びついたレガート、アクセント、そしてフレージングが求められます。私の場合は運よくキャリアをイタリアで歩み始め、若いうちにイタリア語を身につけ、イタリアの指揮者やカンパニーと共に多くのイタリア・オペラに携わることができ、それらを自然に身につけることができました。イタリア・オペラには、現地の人々の心に沁みこんだ独特のイントネーションがあるのです。私自身、過去の偉大なイタリアのオペラ歌手の録音を聴くのが好きです。そこには独特の世界観が存在しています。イタリアでは、通りすがりの人やタクシーの運転手がオペラのアリアを口ずさんでいるのをよく見かけますが、こんなことって他の国ではなかなかないですよね(笑)。


ワーグナー作品の張りつめた感情表現と緊張感は
体の奥深く入り込み、時に苦痛になるほど強烈

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「ドン・カルロ」稽古風景より

――では、その次に歌われるワーグナーのオペラの難しさはどうでしょう。

S ワーグナーのオペラや楽劇では、言葉、それも台詞が重要な役割を果たしています。言葉の音と意味と音楽とが深く結びついています。そしてヴェルディと同時代を生き、彼同様に作品構成における劇としての要素を重要視したワーグナー作品の役柄もまた、とてもドラマティックです。ただし、フレージングの扱い方、声の扱い方は全く違ったものとなります。私の場合はワーグナーのオペラを歌った後は、2週間ほど声を休ませるようにしています。そうしないとヴェルディのようなオペラを歌う柔軟性が戻らないのです。声だけではありません。ワーグナー作品の張りつめた感情表現、緊張感は、時には歌手をとても消耗させます。それは体の奥深くまで入り込み、苦痛をもたらすこともあるほど強烈なものなのです。今回はヴェルディが先で良かったですよ。
 それからヴェルディ歌手としてキャリアを歩み始めた私としては、ワーグナーのオペラにおいてもフレージングを大切にしています。もちろんイタリア・オペラのフレージングとは違います。偉大なバス歌手ボリス・クリストフはキャリアの後半からワーグナー作品を歌うようになりましたが、それはワーグナーでありながら、歌心のある、彼らしさが損なわれていないものでした。私もそのような方向性に魅力を感じます。

――「さまよえるオランダ人」では、ゼンタの父親であるダーラントを歌われますね。どのような父親像となるのでしょう。

S 彼は他のワーグナー作品に出てくる父親たち、つまりヴォータン(ニーベルングの指環)とかポーグナー(マイスタージンガー)とはちょっと違います。彼は父親である前に、欲深いひとりの人間です。彼にとって娘は利益を得るための道具でしかないのです。確かにゼンタは純粋です。でもダーラントは財宝に目がくらみ、どう見ても娘の相手にふさわしいとは思えない男に嫁がせようとするくらいですから、父親としては失格でしょう。ある意味でこのような父親はオペラでも珍しい存在ですね。実は先日「フィデリオ」のロッコを歌ったのですが、ダーラントと似ていると言う人もいますけれど、私は全く違うと思いました。ロッコは娘にふさわしい相手も求めていますが、ダーラントは自分の利益だけです。今の私には実際に子供がいますから、父親としてのダーラントの心情がいかに普通ではないかがよくわかります。歌手とは、人生経験を積む中で役に対する理解がより深いものになっていくところがあります。でも、バス歌手は20代のうちから長老や王と言った、人生経験を積んだ、一面的ではない複雑な役を歌わされる運命にありますからね。豊かな想像力もなくてはなりません。
 ちなみに初めてフィリッポ二世を歌ったのはもう10年以上前、30歳を迎える前のことでした。ただし、劇中の彼の年齢は40歳になっていないはずです。皆さんは彼がかなりの歳だと思っていらっしゃるようですが、そうでもないのです。私もやっと年齢的に追いつきました。テノールはいかに若く聴こえるように歌うか、と言ったことに気を配り、私たちバスはいかに年を取っているように歌うかに気を配るのです。面白いものです。

――ポーランド出身のシヴェクさんは、イタリアもの、ドイツもの、そしてロシアものと幅広いレパートリーをお持ちですが、音楽様式のみならず、言語にも通じていらっしゃるとうかがいました。

S 実は英語が一番苦手かもしれません(笑)[注:このインタビューは英語で行われました]。イタリアでキャリアを歩み始め、今はドイツの多くの歌劇場で歌っているので、イタリア語はもちろん、ドイツ語をはじめいくつかの言語を話します。でも言葉ができるだけでは役をこなすことはできません。その言葉の向こう側に見えるような経験も多く積み、先人に学びながら作品と真摯に取り組むことが大切ですね。
 残念ながら日本語は話せませんが、オペラを深く愛する皆さんとお目にかかるのを心から楽しみにしております。


 

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