新国立劇場開場20周年記念公演の新制作『フィデリオ』の演出を担うのは、カタリーナ・ワーグナー。リヒャルト・ワーグナーの曽孫であり、バイロイト音楽祭総監督である彼女は、新たな観点から作品を解釈することで知られる気鋭の演出家だ。生まれながらの舞台人である彼女が新国立劇場で初めて演出する『フィデリオ』は、どのようなものになるのだろうか。ドラマツルグのダニエル・ウェーバーと共に、話をうかがった。

<ジ・アトレ2017年12月号より>

カタリーナ・ワーグナー(演出)

新制作『フィデリオ』で演出なさるカタリーナ・ワーグナーさんと、ドラマツルグのダニエル・ウェーバーさん、お二人は2015年のバイロイト音楽祭『トリスタンとイゾルデ』でも一緒に演出なさっていますね。

ワーグナー(以下KW) そうです。今回の『フィデリオ』の演出チームは、衣裳のトーマス・カイザーさんも『トリスタンとイゾルデ』で一緒に仕事をした仲間です。
ウェーバーさんとはいろいろなプロジェクトを一緒に行っており、とても信頼しています。彼と私は、芸術面での考え方に通じ合うことが多いのですよ。彼はとても理知的で音楽性も豊か。仕事を共にするなかでいろいろなアイデアが生まれ、発展していくことを実感しています。チームとして重要なのは、お互い刺激を与えながら前進することですが、このチームではそれがうまくいっています。たとえばある場面の演出を考えるとき、最初の打ち合わせではいろいろなアイデアを出しあって、考えはまだまとまりませんが、数日後にウェーバーさんに会うと、全く同じアイデアにたどり着いていることがたびたびあるんです。『フィデリオ』でもまさにそうでした。

ウェーバー(以下DW) 彼女と私は、考える際の視点は違うのですが、最終的に同じアイデアが思い浮かぶことが多いんです。私がまだ音楽について考えているとき、ワーグナーさんはすでに舞台について考えている、と彼女が少し先を行く感じではありますが、やはり「芸術」という同じ言語で話していますから、通じ合っている感覚はすごくあります。もちろん、たとえ良好な関係でも「これはうまくいかない」と思ったらオープンに意見を言います。ワーグナーさんは小さい頃から舞台に接していますから、舞台でできること・できないことをよくご存じなのですよ。

『フィデリオ』ですが、新国立劇場から演出の方向性など何かリクエストはありましたか?

KW 全くありません。アーティストとして自由に演出してよいとのことで、とてもありがたいです。

お二人が『フィデリオ』を演出するのは初めてだそうですね。記者発表では『フィデリオ』を「大きなチャレンジをもたらす作品」とおっしゃっていましたが、具体的にどんなところに難しさがあるのでしょうか。

KW 『フィデリオ』の中には対話の場面が多々登場しますが、その対話ひとつひとつがとても長く、かつ複雑で、物語がスムーズに流れるようにするには工夫が必要なのです。対話の長さが2ページぐらいに及ぶと緊張感が緩んでしまいますから、話のテンションを維持したまま物語が進むように部分的にカットを施しています。

DW ベートーヴェンの音楽はもちろん素晴らしいのですが、対話は内容が重複したり、なかなか進まないところもあります。ですから対話をできるだけ手短にしたいのですが、しかし、この対話の内容が、実は物語を進める重要な原動力になっています。そのため、対話をできるだけコンパクトにしつつ、いかに物語の推進力となるようにするか、そこが難しいのです。

『フィデリオ』の物語は監獄が舞台ですが、監獄といえば、お二人が演出した『トリスタンとイゾルデ』の第2幕、トリスタンとイゾルデが監獄の中で監視されているような情景も印象的でした。

KW 『トリスタンとイゾルデ』第2幕は“監視”というよりも“観察”と表現した方が適切ですね。今回の『フィデリオ』はもちろん『トリスタン~』の続きではありませんが、制作中に連想することはあります。トリスタンを演じたステファン・グールドさんが出演しますから。トリスタンとフロレスタンに共通点があるとすれば、共に「死への憧れ」があるということ。でも、そこをあえて共通させているわけではありません。

DW 「死への憧れ」を接点に「続き」を作ろうとは全く考えていませんが、『トリスタンとイゾルデ』の制作にあたっては、グールドさんといろいろな話し合いをしましたので、『フィデリオ』でそれを思い出したりすることはあります。

今回もグールドさんと話し合いをなさる予定は?

KW すでに何度もしていますし、今後もさらに話し合いをする予定です。
グールドさんは大変素晴らしい歌手です。声だけでなく、大変な知識人で、作品のとらえ方が哲学的で、単に仕事として作品を研究するのとは次元が違います。また、役を身に着けようとする姿勢も素晴らしいと思います。一緒に仕事をするのがとても楽しい歌手です。

記者発表では、『フィデリオ』は時代も場所も特定しない普遍的な舞台設定にするとおっしゃっていましたが、そのような設定は他の作品でも心掛けていることでしょうか?

KW もちろん作品によります。『フィデリオ』でも具体的に表現すべき場面もありますが、今の時代のどこかの政治家を舞台上で取り上げることは意味がないと思うのです。権力闘争というものは歴史上常にあり、そして将来もずっと続くものですから、『フィデリオ』のテーマはどの時代にも起こりうることなのです。作品のためにも、時代の枠から外すことにしました。

ダニエル・ウェーバー(ドラマツルグ)  

『フィデリオ』に限らず、演出する上でワーグナーさんが最も大切にしていることは何でしょう?

KW その作品に自分が入り込めるか、情熱を持てるか、です。その作品にくすぐられるものがあるかどうかがとても重要だと思うんです。その作品のどこに自分の関心があるのか、その作品が自分にどのようなメッセージを送っているのか、それをすべて考えた上で、その作品を演出するかどうか判断します。劇場から依頼されても、あまり心に響かない作品は断ったケースもあります。

DW とはいえ、その時はその作品に関心が持てなくても、ずっとそうかというとそうではなく、20年後に再びオファーされたら今度は関心を抱いて引き受けるかもしれません。

KW 人生経験が重要ですね。己の関心は、人生の積み重ねで決まるかもしれません。

近年オペラの演出はより刺激的になっていますが、バイロイト音楽祭の総監督でもいらっしゃるワーグナーさんから見て、オペラ演出は今後どう発展していくと思われますか。

KW 自分以外の演出家をひとくくりにしてしまうことにもなりかねないので、答えるのが難しい質問ですが……。ドイツでは「レジーテアター」とよく言われますが、

そのような一語で片づけてしまうことは良くないと常々思うのです。でも最近ドイツでも、演出家がそれぞれの視点から演出しているということで「演出」の語が使われるようになってきており、とても喜ばしいと思っています。どの演出家もそれぞれ、作品に真剣に向き合って演出しています。作品に込めた演出家の情熱が、舞台を通してお客様に伝わるということはとても素晴らしいことだと思うのです。今後も、作品に熱心に取り組む演出家の姿勢が見える舞台、演出家の多様な視点による舞台がつくられるでしょう。その舞台をお客様が見て、さまざまに思いを巡らせることは素敵な体験だと思います。

お二人が情熱を込めて演出なさる『フィデリオ』、とても楽しみです。

KW 『フィデリオ』への新しい視点を開く舞台にできれば、と願っています。どうぞ楽しみにいらしてください。