芸術監督からのメッセージ
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オペラを愛するすべての皆様へ
2025/2026シーズンに新制作でお届けするのは、20世紀前半にドイツで初演され、センセーションを巻き起こした二つのオペラ――アルバン・ベルク『ヴォツェック』、そしてリヒャルト・シュトラウス『エレクトラ』――です。
今年没後90周年を迎えるベルクが完成させた唯一のオペラ『ヴォツェック』。夭折した作家ビューヒナーが、1830年代に実際に起きた殺人事件を題材に、社会の底辺で精神を病み、内縁の妻を殺して破滅していく男を描いた原作を、1世紀近く経ってベルクが無調音楽で作曲したオペラです。新国立劇場で初の新演出に臨むのは、巨匠リチャード・ジョーンズ。私は音楽監督を務めていたモネ劇場での『炎の天使』、スカラ座の『ムツェンスク郡のマクベス夫人』で一緒に仕事する機会に恵まれましたが、緻密でありながら、それをはるかに超越したエネルギーによって観る者を劇場空間の心理劇に引きずり込む手腕は、本当に圧巻でした。今回も狂気をテーマにした心理劇をリチャードがどう描いていくのか、私自身も大変楽しみです。ヴォツェック役はトーマス・ヨハネス・マイヤー、マリーにジェニファー・デイヴィス、鼓手長にジョン・ダザック、大尉はアーノルド・ベズイエンと当代随一と言える歌手が集まります。
『ヴォツェック』初演のほぼ15年前に初演されたのが、リヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』。愛する父を母とその愛人に殺された娘エレクトラが凄惨な復讐を果たすギリシャ悲劇の演出を、新国立劇場初登場の演出家ヨハネス・エラートが手がけます。彼はウィーン・フォルクスオーパーとウィーン・フィルのアカデミーでオーケストラ奏者として活躍し、その後演出家に転向したという異色の経歴の持ち主です。私はフランクフルト歌劇場で『Der Mieter(借家人)』というドイツ現代作曲家の世界初演を共に手がけましたが、プロの音楽家としてスコアを読み解いた上での彼の演出アプローチは、オペラという総合芸術に限りない力を発揮しました。音楽と言葉がまさに一体となった、シュトラウスとホフマンスタールのコンビの第一作目『エレクトラ』にご期待ください。エレクトラはバイロイト音楽祭にも出演しているアイレ・アッソーニ、母クリテムネストラは藤村実穂子、弟オレストにエギルス・シリンス、義父エギストは『ボリス・ゴドゥノフ』で陰惨な簒奪者グリゴリーを演じた工藤和真です。
レパートリー作品としては、シーズン開幕には“青春讃歌”『ラ・ボエーム』。おなじみの名指揮者パオロ・オルミ、ミミはマリーナ・コスタ=ジャクソン。彼女の豊かで多様な感情を表現する声が新国立劇場に響くのが楽しみです。ロドルフォ役のルチアーノ・ガンチ、マルチェッロ役のマッシモ・カヴァレッティら男声歌手たちのアンサンブルも必聴です。
『オルフェオとエウリディーチェ』は勅使川原三郎の演出で、音楽と空間が素晴らしい調和、舞踊も圧巻のプロダクション。作品全編を牽引するオルフェオ役に、アルト歌手のサラ・ミンガルドが初登場。カウンターテナーによる上演と比べると、あたかも別の作品かと感じるかもしれません。指揮は、オペラに魂を注いでいる園田隆一郎です。
『こうもり』は1874年に初演されましたが、ウィーンではその1年前に万国博覧会が開かれ、その直後に金融危機に見舞われました。このオペレッタは揺れ動く時代を反映しているといえます。指揮ダニエル・コーエン、トーマス・ブロンデル、サビーナ・ツヴィラクらに加え、私たちの誇るカウンターテナー藤木大地がオルロフスキー公として、皆様を煌びやかな夜会にお招きします。
『リゴレット』で主役を歌うのは、世界をリードする名バリトン、ウラディーミル・ストヤノフ。彼のリゴレットの内面的深さを自然と想像してしまいます。ジルダは年々大きな飛躍を続けている中村恵理。マントヴァ公は、『ルチア』のエドガルドを歌ったローレンス・ブラウンリー。指揮のダニエレ・カッレガーリと共に、役者が揃いました。
『ドン・ジョヴァンニ』は登場人物一人一人に個性を求められるだけに、ヴィート・プリアンテ、ダニエル・ジュリアニーニ、イリーナ・ルング、サラ・コルトレツィス……ソロの秀でた声、それが混ざり合う妙味を飯森範親の指揮がドラマと結びつけます。
『椿姫』のカロリーナ・ロペス・モレノは、近年国際舞台に躍り出て、急速にキャリアを伸ばしているソプラノです。並外れた感情表現と称賛される彼女のヴィオレッタを聴けることは、喜ばしい限りです。アルフレードにアントニオ・コリアーノ、ジェルモンは名歌手ロベルト・フロンターリです。
『愛の妙薬』を作曲したドニゼッティは、たいへん貧しい家に生まれ、幼い頃から慈善音楽学校に通い教育を受けました。その後のドニゼッティの発展を見ると、早くからの教育が才能ある子に与えた影響はよほど大きなものがあったと思わざるを得ません。彼が20代から始めたオペラ作曲の40番目が『愛の妙薬』でした。アディーナ役のフランチェスカ・ピア・ヴィターレに、マッテオ・デソーレ、シモーネ・アルベルギーニの3人と彼らを翻弄するドゥルカマーラ役のマルコ・フィリッポ・ロマーノの愉快な争いにご注目。
『ウェルテル』はマスネの名作。ウェルテル役には、世界的スター、チャールズ・カストロノーヴォの新国立劇場初登場です。シャルロット役は、同じく世界的に活躍する脇園彩、指揮は、才能あふれるアンドリー・ユルケヴィチです。
新国立劇場2025/2026シーズンに皆様をお迎えすることを心から願っております。 - 大野和士
オペラ芸術監督 大野和士
オペラ芸術監督 大野和士

オペラを愛するすべての皆様へ
2025/2026シーズンに新制作でお届けするのは、20世紀前半にドイツで初演され、センセーションを巻き起こした二つのオペラ――アルバン・ベルク『ヴォツェック』、そしてリヒャルト・シュトラウス『エレクトラ』――です。
今年没後90周年を迎えるベルクが完成させた唯一のオペラ『ヴォツェック』。夭折した作家ビューヒナーが、1830年代に実際に起きた殺人事件を題材に、社会の底辺で精神を病み、内縁の妻を殺して破滅していく男を描いた原作を、1世紀近く経ってベルクが無調音楽で作曲したオペラです。新国立劇場で初の新演出に臨むのは、巨匠リチャード・ジョーンズ。私は音楽監督を務めていたモネ劇場での『炎の天使』、スカラ座の『ムツェンスク郡のマクベス夫人』で一緒に仕事する機会に恵まれましたが、緻密でありながら、それをはるかに超越したエネルギーによって観る者を劇場空間の心理劇に引きずり込む手腕は、本当に圧巻でした。今回も狂気をテーマにした心理劇をリチャードがどう描いていくのか、私自身も大変楽しみです。ヴォツェック役はトーマス・ヨハネス・マイヤー、マリーにジェニファー・デイヴィス、鼓手長にジョン・ダザック、大尉はアーノルド・ベズイエンと当代随一と言える歌手が集まります。
『ヴォツェック』初演のほぼ15年前に初演されたのが、リヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』。愛する父を母とその愛人に殺された娘エレクトラが凄惨な復讐を果たすギリシャ悲劇の演出を、新国立劇場初登場の演出家ヨハネス・エラートが手がけます。彼はウィーン・フォルクスオーパーとウィーン・フィルのアカデミーでオーケストラ奏者として活躍し、その後演出家に転向したという異色の経歴の持ち主です。私はフランクフルト歌劇場で『Der Mieter(借家人)』というドイツ現代作曲家の世界初演を共に手がけましたが、プロの音楽家としてスコアを読み解いた上での彼の演出アプローチは、オペラという総合芸術に限りない力を発揮しました。音楽と言葉がまさに一体となった、シュトラウスとホーフマンスタールのコンビの第一作目『エレクトラ』にご期待ください。エレクトラはバイロイト音楽祭にも出演しているアイレ・アッソーニ、母クリテムネストラは藤村実穂子、弟オレストにエギルス・シリンス、義父エギストは『ボリス・ゴドゥノフ』で陰惨な簒奪者グリゴリーを演じた工藤和真です。
レパートリー作品としては、シーズン開幕には“青春讃歌”『ラ・ボエーム』。おなじみの名指揮者パオロ・オルミ、ミミはマリーナ・コスタ=ジャクソン。彼女の豊かで多様な感情を表現する声が新国立劇場に響くのが楽しみです。ロドルフォ役のルチアーノ・ガンチ、マルチェッロ役のマッシモ・カヴァレッティら男声歌手たちのアンサンブルも必聴です。
『オルフェオとエウリディーチェ』は勅使川原三郎の演出で、音楽と空間が素晴らしい調和、舞踊も圧巻のプロダクション。作品全編を牽引するオルフェオ役に、アルト歌手のサラ・ミンガルドが初登場。カウンターテナーによる上演と比べると、あたかも別の作品かと感じるかもしれません。指揮は、オペラに魂を注いでいる園田隆一郎です。
『こうもり』は1874年に初演されましたが、ウィーンではその1年前に万国博覧会が開かれ、その直後に金融危機に見舞われました。このオペレッタは揺れ動く時代を反映しているといえます。指揮ダニエル・コーエン、トーマス・ブロンデル、サビーナ・ツヴィラクらに加え、私たちの誇るカウンターテナー藤木大地がオルロフスキー公として、皆様を煌びやかな夜会にお招きします。
『リゴレット』で主役を歌うのは、世界をリードする名バリトン、ウラディーミル・ストヤノフ。彼のリゴレットの内面的深さを自然と想像してしまいます。ジルダは年々大きな飛躍を続けている中村恵理。マントヴァ公は、『ルチア』のエドガルドを歌ったローレンス・ブラウンリー。指揮のダニエレ・カッレガーリと共に、役者が揃いました。
『ドン・ジョヴァンニ』は登場人物一人一人に個性を求められるだけに、ヴィート・プリアンテ、ダニエル・ジュリアニーニ、イリーナ・ルング、サラ・コルトレツィス……ソロの秀でた声、それが混ざり合う妙味を飯森範親の指揮がドラマと結びつけます。
『椿姫』のサラ・ブランチは、ロッシーニ・フェスティバルでのデビューを皮切りに、急速にキャリアを伸ばし、世界中の劇場に常時出演しています。彼女が得意とするヴィオレッタを聴けることは、喜ばしいかぎりです。アルフレードにアントニオ・コリアーノ、ジェルモンは名歌手ロベルト・フロンターリです。
『愛の妙薬』を作曲したドニゼッティは、たいへん貧しい家に生まれ、幼い頃から慈善音楽学校に通い教育を受けました。その後のドニゼッティの発展を見ると、早くからの教育が才能ある子に与えた影響はよほど大きなものがあったと思わざるを得ません。彼が20代から始めたオペラ作曲の40番目が『愛の妙薬』でした。アディーナ役のフランチェスカ・ピア・ヴィターレに、マッテオ・デソーレ、シモーネ・アルベルギーニの3人と彼らを翻弄するドゥルカマーラ役のマルコ・フィリッポ・ロマーノの愉快な争いにご注目。
『ウェルテル』はマスネの名作。ウェルテル役には、世界的スター、チャールズ・カストロノーヴォの新国立劇場初登場です。シャルロット役は、同じく世界的に活躍する脇園彩、指揮は、才能あふれるアンドリー・ユルケヴィチです。
新国立劇場2025/2026シーズンに皆様をお迎えすることを心から願っております。
大野和士
プロフィール
東京藝術大学卒業後、バイエルン州立歌劇場でサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。ザグレブ・フィル音楽監督、バーデン州立歌劇場音楽総監督、モネ劇場音楽監督、トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ交響楽団音楽監督を歴任。現在、新国立劇場オペラ芸術監督(2018年~)及び東京都交響楽団音楽監督、ブリュッセル・フィルハーモニック音楽監督。これまでにボストン響、ロンドン響、ロンドン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、フランクフルト放送響、パリ管、フランス放送フィル、スイス・ロマンド管、イスラエル・フィルなど主要オーケストラへ客演、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場、英国ロイヤルオペラ、エクサン・プロヴァンス音楽祭など主要歌劇場や音楽祭で数々のオペラを指揮。新作初演にも意欲的で数多くの世界初演を成功に導く。日本芸術院賞、サントリー音楽賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。フランス芸術文化勲章オフィシエを受勲。新国立劇場では『魔笛』『トリスタンとイゾルデ』『紫苑物語』『トゥーランドット』『アルマゲドンの夢』『ワルキューレ』『カルメン』『スーパーエンジェル』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』『ペレアスとメリザンド』『ボリス・ゴドゥノフ』『ラ・ボエーム』『シモン・ボッカネグラ』『トリスタンとイゾルデ』『ウィリアム・テル』を指揮している。本年8月に『ナターシャ』を、25/26シーズンは『ヴォツェック』『エレクトラ』を指揮する予定。