マンスリー・プロジェクト情報


[演劇講座]
彼が舞台をハダカにしたワケ
―演劇史と近代史の交差点でワイルダーを見る―
講師:水谷八也(早稲田大学教授)
1月21日(金) 5階情報センター
1月22日(土) 中劇場ホワイエ

劇作家としてのソーントン・ワイルダーと言えば、『わが町』(1938)ばかりが注目され、その他の作品はあまり知られていません。『長いクリスマス・ディナー』などの一幕劇は時々上演されますが、それ以前の戯曲は、日本でもアメリカでも、一般的にはほとんど知られていません。

ワイルダーは子どもの頃から算数は不得手であった一方で、文学的には早熟で、古典を読み漁り、お芝居を書いたりしていました。彼の書いた戯曲が初めて活字になるのが、オベリン大学の文芸誌に発表したもので、その後イェール大学進学後も大学の文芸誌に、同様のスタイルの戯曲群を発表し続けます。それらは登場人物3人、上演時間3分という異様な形式のものでした。

当時の彼は、自分の書く戯曲を「圧縮」することで、ドラマの本質を浮き立たせることに熱中していました。時間を3分に限定していますが、実際の上演は想定していなかったので、ワイルダーの想像力は鎖を解かれた猟犬のように奔放にかけめぐり、舞台が宇宙や深海の中、また幕切れで何も存在しない中空に創造主の巨大な眼が浮かんでいたり、あるいは宇宙の巨大な漏斗から金貨の雨が降ってきたり、ほとんど「特撮」の世界です。これらの作品が扱うテーマは聖書の中のエピソードや「創作」をめぐる考察で、決して小さなものではなく、そのため圧縮の度合いは「強」で、内容はシンボルやメタファーが充満したとても濃密なものになっています。

これらの3分間劇の中から選ばれた12編と新たに書き下ろした4編を加えた16編が、『癒しの池、天使がさざ波立てるとき』として、1928年に出版されます。これがワイルダーの初めての戯曲集です。

1月のマンスリー・プロジェクトでは、「彼が舞台をハダカにしたワケ――演劇史と近代史の交差点でワイルダーを見る――」と題した解説とともに、公演中の『わが町』に出演のボーイズ&ガールズをゲストに迎え、この戯曲集の中から、冒頭の『詩人は生まれ…』と、『さて、僕の名前はマルコス』の2編を取り上げます。

ワイルダーは一切装置のない裸舞台での「演技」を好みました。彼は何もない空間に何を見たかったのでしょう。彼が十代から書いてきた3分間劇なども視野に入れると、「良いお話」を超えて、未だに終われない「近代」の問題が見えてくるかもしれません。

[水谷八也]


第5弾である演劇講座「彼が舞台をハダカにしたワケ −演劇史と近代史の交差点でワイルダーを見る−」が、1月21日(金)に5階情報センターで、22日(土)に中劇場ホワイエで開催されました。

絶賛上演中の『わが町』の翻訳者で早稲田大学の水谷八也教授が、作家ワイルダーが装置のない裸舞台での演技を好んだ背景を独自の視点から掘り下げました。

お客様は熱心に受講なさり、「水谷先生のユーモアある説明が楽しかった」「翻訳者の熱い想いが伝わってきた」「近代演劇をもっと勉強したくなってきた」「『わが町』はまだこれから観るのだが、観劇が非常に楽しみになってきた」などの感想をいただきました。

講師の水谷八也さん

『わが町』ボーイズ&ガールズのみなさん
(朝倉みかん、内山ちひろ、高橋智也、橋本咲キアーラ)

『わが町』ボーイズ&ガールズのみなさん
(斉藤悠、下村マヒロ、高橋宙無、水野駿太朗)