ストラットフォード・フェスティバル
Stratford Festival

フェスティバル・シアター

カナダの演劇祭といえば、何といってもストラットフォード・フェスティバルであろう。このフェスティバルは、カナダのオンタリオ州のストラットフォードで4月から10月にかけて毎年開催されている。その名からも容易に推測できるように、この町はイギリスのシェイクスピアの生誕地ストラットフォード・アポン・エイボンに因んで名づけられた。そのため、多くの点で両都市は類似している。たとえば、どちらも中心都市から離れた郊外に位置し、町の中にはエイボン川が流れ、その近くに劇場がある。美しい自然に囲まれ、都会の喧騒を忘れて観劇を楽しめる場所である。

トロントのダウンタウンから直行バスで、約2時間往復20ドルという値段で行ける。それぞれの劇場前で下車でき、終演に合わせてピックアップしてくれる。そのため、トロントからは日帰りの観劇も可能である。今年度より、アメリカのデトロイトからも往復40ドルで直行バスが利用できるようになった。アクセスの利便性だけではなく、座席を選ばなければ30ドルほどで観劇でき、学生・シニア割引も用意されている。演劇ファンには魅力的な場所である。
フェスティバル開催当初の目的のひとつは、地域復興であった。ジャーナリストであったトム・パターソンが、生まれ故郷であるストラットフォードの経済を活性化させる手段として、フェスティバルを始めた。この地域活性化に加え、カナダのかつての宗主国、つまりイギリスの古典を演じることで文化的成熟をも目指した。

フェスティバルが最初に開催された1953年には、まだ劇場はなくテント内での上演だった。しかし、1957年に建設されたフェスティバル・シアターを皮切りに、現在はトム・パターソン・シアター、エイボン・シアター、そしてスタジオ・シアターという4つの劇場ができ、フェスティバル開催中は特に賑わいを見せる。

エイボン川沿いにあるフェスティバル・シアターは、4つの劇場の中で1826席と最も座席数が多い。この劇場は6角形の張り出し舞台が特徴で、その周りを取り囲むように扇形に客席が配置されている。ここでは、主にシェイクスピア劇やミュージカルが上演される。外に一歩出ると、劇場を見守るように立っているシェイクスピアの銅像と、咲き誇るさまざまな種類の花が、のどかな雰囲気を醸し出している。フェスティバル・シアター同様、エイボン川沿いにあるもう1つの劇場として、トム・パターソン・シアター(480席)がある。この劇場の舞台は大きく前に突き出し、その周囲に客席が配置されている。1971年に建設されたが、当時はザ・サード・ステージという名で、実験的な作品の上演が多かった。1991年にフェスティバルの創設者であるトム・パターソンの名を冠するようになり、古典から現代劇まで幅広い作品を上演するようになっている。そのトム・パターソン・シアターから中心街へと10分ほど歩いたところに、エイボン・シアターとスタジオ・シアターが隣接している。エイボン・シアター(1090席)は、フェスティバル・シアター及びトム・パターソン・シアターと異なり、額縁舞台である。エイボン・シアターもまた、現在は古典から現代劇、そしてミュージカルなどさまざまな作品を上演している。一方、スタジオ・シアター(260席)は2002年にフェスティバルが50周年を迎えたことを記念して建てられた比較的新しく小さな劇場で、その特徴は舞台と客席の距離の近さである。観客との濃密な空間が作り出されるこの劇場では、実験的な作品の上演が多い。

ストラットフォード・フェスティバルは、シェイクスピアの伝統を称揚しながらも、決してそこに固執することなく、多様な作品を扱い、観客を楽しませる工夫がなされている。2014年度は、『リア王』『夏の夜の夢』『アントニーとクレオパトラ』といったシェイクスピア劇はいうまでもなく、ミュージカル『クレイジー・フォー・ユー』や『ラ・マンチャの男』、さらにはノエル・カワードの『花粉熱』やベルトルト・ブレヒトの『肝っ玉おっ母とその子供たち』などとバラエティに富んだ。加えて、アメリカの演出家ピーター・セラーズが、わずか4人の俳優を起用して『夏の夜の夢』の演出を手掛けた『夏の夜の夢―室内劇―』と題した作品も上演された。

この他にもストラットフォードは、カナダの劇作家による作品も積極的に取り上げている。今年度はフランス語圏カナダのケベック州を代表する劇作家のひとりミシェル・マルク・ブシャールの『クリスティーナ、ザ・ガール・キング』という作品が上演された。英語圏カナダを代表する劇作家のひとりモーリス・パニッチも過去に3作品(『モービーディック』『侵入者』『ワンダーラスト』)をストラットフォードで上演している。

フェスティバル開催中は、演劇作品の上演だけでなく、さまざまな関連イベントが行われるのも魅力のひとつである。たとえば、ゲスト・スピーカーによる講演やディベート、さらに演出家や出演者の話を聞く機会もある。エイボン・シアターの近くにあるフェスティバル・エグジビションでは、衣装や小道具などが展示されているだけでなく、ガイド・ツアーも行われており、作品や出演俳優に関するエピソードなども聞ける。これらのイベントに参加することで、作品に対する理解をさらに深めることができる。

早くも2015年度のラインアップが発表され、13作品の上演が予定されている。『ハムレット』や『じゃじゃ馬ならし』といったシェイクスピア作品のみならず、ミュージカル、ギリシャ悲劇、さらにカナダの劇作家であるジョン・マイトンの『ポッシブル・ワールド』など、多種多様な作品が並ぶ。ストラットフォードは来年もまた多くの観客を惹きつけるに違いない。

神崎舞[大阪芸術大学非常勤講師]

<2014.11.5発行『ご臨終』公演プログラムより>