フィリピン

 意外なことに、フィリピンは演劇の国である。

 何と言っても日常からして劇的な事が起きるのである。
 朝、家をでると前の道路で豆を満載したトラックがひっくり返っていたり、国立劇場での稽古場に向かう途中でクーデターが起きたり、最終舞台稽古の前日に演出家が心臓発作で亡くなったり、クラシックのコンサートの最中に客席の壁の中に紛れ込んでしまった猫が鳴きわめいたり……等々、日本では起きないような事件が頻繁に起きる。

 フィリピン人自体もパフォーマンス能力が極めて高く、歌って、踊れて、芝居が出来るのは当たり前で、楽器も出来る。アカペラで四重唱など簡単にはハモれる。日本から来た演出家を稽古場に連れてゆくと“うまいなあ〜”とただ感心して無口になってしまう。

 ブローウェイやウエストエンドでは沢山のフィリピン人役者たちが活躍している。
 一般人も負けてはいない。普通の人でも司会などは誰でも出来るし、長く続いた独裁政権時代に、政府からの情報が信用出来ず、自分たちの問題を演劇的な手法を使用して多くに人に伝え、まるで国民オペラのような民衆革命を2回も起こした人たちだから。自分の事をきちんと説明出来たり、フィリピンの歴史や政治についても話せる。

 そしてマイクを持たせたら誰でもエンターテイナーとなってしまう。
 日本で言うところの町内会のような「バランガイ」には必ずと言っていいほどコミュニティシアターがあり、年に何回もあるフェステイバルの時にはオリジナルの舞台を上演する。

 フィリピンで長年にわたって教育に演劇を取り入れて来た成果なのか?
 本来持っているフェステイバル気質がそうさせるのか? 
 日本人と違った才能のある人たちなのである。

 そのような演劇的な才能をもつ国なのに、劇場は数えるほどしかない。まあ道路でもバスケットコートでも劇場にしてしまうのだから問題はないのかもしれない。

3つの劇場を擁し、5つのレジデンスカンパニーをもつ

●国立劇場=フィリッピン文化センター
 1969年、マルコス独裁政権華やかりし頃、イメルダ夫人の提唱によって作られた「カルチャー センター オブ ジ フィリピン」(=Cultural Center of the Philippines 通称CCPと呼ばれる)。
 開場して45年近くもたち、老朽化がかなり進んでいるが、未だにフィリピンでいちばんまともな劇場なのである。

■メインシアター
プロセニアムアーチ型
客席数:1821席
舞台の大きさ:18m×18m
プロセニアムの高さ:9m

■リトルシアター
プロセニアムアーチ型
客席数:421席
舞台の大きさ:13m×14m
プロセニアムの高さ:6m

■バトゥーテ
ブラックボックス型
客席数:250席上限
全体の大きさ:13.5m×9.5m
バトンまでの高さ:6.5m

 この3つの劇場をもち、ギャラリー、図書館、売店、食堂,各レジデンスカンパニー用のオフィスとリハーサルスペースが併設され、別棟にはプロダクションデザインセンターがあり、舞台装置の工作場、衣裳制作室、図面書きと模型を作る部署があり、各倉庫もある。
 レジデンスカンパニーとして

フィリピン・フィルハーモーニックオーケストラ
国立バレエ団
 バレエ・フィリピン
国立伝統舞踊団
 バヤニハン
国立劇団
 タンハラン・フィリッピーノ
国立合唱団
 マドリガル・シンガース
 
をもち、予算がないないと言いながらも、これから国立オペラ団ももつ計画も聞こえてくる。
 当初CCPで仕事をするようになって、私がいちばん驚いたのはこのレジデンスカンパニーである。その頃の日本はまだ劇場が劇団をもつという考えがなかったので大変うらやましく思えたものだ。
 オフィスは、ドラマ部門、ダンス部門、音楽部門、メディア部門等があり、劇場を管理するのは、TODと呼ばれるシアターオペレーションズデパートメント。

 CCPのもうひとつの大きな役割は、フィリピン中の劇団、ダンスグループ、コミュニティシアター、学校内にある劇団のすべてのネットワークの元締めとなっており、情報がすぐに手に入る。
 各地方のグループとCCPのレジデンスカンパニーとの共同公演や地方劇団のサポートも行っている。そのために、アウトリーチと呼ばれる専門の部署が照明機材や音響機材を携えて1年中旅公演をしている。これは日本にはないシステムで、たいしたものである。

 そのほか日本との違うところは、ガードマンの数が圧倒的に多い。厳しい荷物検査があり、以前携帯電話は入口で強制的に預けさせられた。現在でもカメラ、VTRの持ち込みは厳禁。基本的にCCPの公演は大小にかかわらず、すべての公演はメデイア部門が記録する。
 公演のある時には、必ず正面にある巨大な噴水が上がりマニラ湾の夕日を浴びてあたりは華やかになる。
 客入れ係は、アッシャーと呼ばれる専門の人たちがいて、美しい民族衣裳を着た美男美女が客席に案内し、もしその日の客席にナショナルアーチスト(国家芸術家)が来ていれば、フォロースポットをあてての紹介があり、国家斉唱がある。これはリハーサルでも必ず全員が立ち上がらなくてならず、調光室でもオペレーターが胸に手を当てて立ち上がり、国歌を歌う姿を見るとこの人たちは自分の国が好きで誇りをもっているのだなぁと、君が代問題を抱える国民としては純粋でいいなぁと思う。

 基本的にはタガログ語上演を推奨。月曜日は休館日。月に一度はペストコントロールと呼ばれる害虫駆除の薬の散布が全館であり、翌日が仕込み日だったりすると、かなりきつい匂いの中で仕事をすることになる。南の国ではすぐに虫がわくので、楽屋は飲食禁止。冷房が効きすぎているので観劇にはジャケットは必ず必要。文化として寒い方が高級であるという考え方がある。


 最後に、この国の演劇界の創造に関して大きな力になっているのが、この国でほぼ公認されているゲイ文化である。ゲイでない演出家を見つけるのは難しいし、劇作家、セットデザイナー、衣裳デザイナー、振付家……私はいつも男性と女性のふたつのジェンダーをもつクリエイティブな才能のあるゲイの舞台関係者と現場を共にする。私とは同性の部分もあるわけだから、仕事がしやすいのかも知れぬ。


松本“Shoko” 直み[舞台照明家]

<2013.10.8発行『エドワード二世』公演プログラムより>